東京国際映画祭プログラミング・ディレクターに聞く今年のポイント
日本最大の映画祭、東京国際映画祭が今年も開催される。39回目を迎える今年は久松猛朗氏が新たにフェスティバル・ディレクターに就任。新体制での開催となる。
瀬々敬久監督の映画『SUKIYAKI 上を向いて歩こう』がオープニング作品に、ヨン・サンホ監督の『コロニー/群体』がクロージング作品として上映され、映画祭の中盤に特別上映されるセンターピースに山崎貴監督の『ゴジラ-0.0』が登場。映画祭のメインプログラムであるコンペティション部門は映画監督のロルフ・デ・ヒーアが審査委員長を務め、厳選された作品群が上映される。
そのほか、国内外の人気作が揃う「ガラ・セレクション」部門や「アジアの未来」「Nippon Cinema Now」など数々の部門が今年も設けられ、注目作が一挙に上映され、誰でもチケットを購入して気軽に映画祭を楽しむことができる。
毎年驚かされるのが作品の幅の広さ! 海外の映画祭を沸かせた先鋭的な作品もあれば、往年の名作や親子で楽しめる映画も上映される。今年はどんな映画が上映されるのか? プログラミング・ディレクターを務める市山尚三氏に話を聞いた。
『ゴジラ-0.0』は期待以上にすごい作品だった
── 本年度のオープニング作品は『SUKIYAKI 上を向いて歩こう』、クロージング作品は『コロニー/群体』に決定しました。
市山 『SUKIYAKI…』は瀬々敬久監督の作品ですし、岡田准一、松坂桃李、仲野太賀というすごい3人が揃っているので、ずっと期待していました。クオリティの高い作品になるとは思っていましたが、予想を超える作品で、観終わった後、すぐにオープニング作品として上映したいと思いました。戦後の日本で、この先、どうなるかわからない状況の中で、才能のある若い人たちが出会い、曲が生まれ、海外に出ていく。設定だけですでに面白いんですけど、完成した映画はそれ以上の面白さがある作品でした。
オープニングを日本の作品にしたので、クロージング作品は海外の作品を、と考えていました。『コロニー/群体』は今年のカンヌ国際映画祭で観た中で最も楽しんだ作品でした。上映が深夜の12時からで、座席が空いていたのかわからないんですけど、なぜかパク・チャヌク監督とか海外の映画祭のディレクターたちと同じ座席で観ることになって(笑)、深夜ですし、これでもし眠くなったりしたらマズいな、と思ったりもしたのですが(笑)、眠くなるどころか、観ている間、どんどん眼が冴えていく圧倒的な面白さで、個人的には今年のカンヌで一番盛り上がった作品かもしれません。
『ゴジラ-0.0』が選ばれたのは、何よりも僕がゴジラを好きだからですね(笑)。ただ、好きな分、ゴジラ映画を観る眼は厳しいんです。子どもの頃に最初に観たのが『モスラ対ゴジラ』(1964)なんです。それからずっと観てきましたから、作品によっては厳しい評価にもなりました。でも、山崎貴監督の『ゴジラ-1.0』は本当に素晴らしい作品でした。
── 『ゴジラ-1.0』は、第36回(2023年)のクロージング作品として上映されました。
市山 東京国際映画祭での上映が世界最速でしたから、まだ誰も観ていない状況ではあったんですけど、これは映画祭のクロージングにする価値があると思って選びました。東京の映画祭で、日本で生まれたゴジラ映画を上映することに何かしらアイコン的な意味合いを感じたり、ファンの盛り上がりを期待しているのでは?と思う方もいるかもしれません。でも、そういうことは一切なくて、純粋に作品の完成度だけで選出しています。
逆にゴジラ映画だというだけで上映するのは本当に良くないと思うんですね。もちろん、ゴジラの新作を上映することになれば、観客は集まると思うのですが、作品の完成度が高くなければ、作品を選んだ映画祭が批判されることにもなります。だからこそ、もし批判されたとしても映画祭として自信をもって擁護できる作品でなければクロージングやセンターピースには選ぶことはできないんです。
『ゴジラ-1.0』が本当に良かっただけに、かなり期待値が高かったのですが、『ゴジラ-0.0』は期待以上にすごい作品だったので、試写を観て、これは東京国際映画祭でぜひ上映したい、上映しないわけにはいかない、と思いました。山崎貴監督のゴジラは作品そのものの完成度が高いと思いますし、作品がこれまでの『ゴジラ』シリーズ全体に対するチャレンジにもなっていると思うんです。その点でも今回も本当に良いと思いましたし、正直、観る前から良い映画なんだろうなとは思っていましたけど……予想以上で驚きましたね。
日本映画が海外に出ていくきっかけに!
── 今年から「Nippon Cinema Now」部門に賞が新設され、TIFF-WIP(TIFF ワーク・イン・プログレス)が始まるなど、日本映画の海外進出を後押しする流れが強化されている印象があります。
市山 「Nippon Cinema Now」は海外の映画祭プログラマー、中でもアジア映画や日本映画を追っているプログラマーの方たちが、毎年たくさん来場します。コンペティション部門やアジアの未来でも日本映画が上映されることはありますが、日本映画の現状を把握してもらうにはそれだけでは足りないんです。この部門である程度、まとまった本数の作品を上映することで、日本映画が海外の映画祭で上映されたり、海外での配給が決まるきっかけにはなっていると思います。
ただ、近年は世界の映画祭の傾向のひとつとして、世界で最初の上映、つまりワールドプレミアの作品を求める映画祭が増えているんです。そうなると、この部門で上映された作品は、海外の映画祭では上映されないケースも出てくるので、プログラマーから“公開前の映画を観ることはできないか?”という要望をここ数年、たくさん受けていて、今年から“TIFF-WIP(TIFF ワーク・イン・プログレス)”を始めることになりました。
── 資料によると、このプログラムは、完成前の日本映画を、海外の主要映画祭のプログラマーやセールスエージェント、配給会社、出資者など国内外の映画業界のプロフェッショナルに紹介するものです。
市山 ここで上映されるものは、完成前なので一般のお客さんが観るものとは違うものではあるんですけど、ここでの出会いがきっかけになって海外の映画祭での上映が決まることも出てくると思います。日本映画が海外に出ていく機会を増やし、日本と海外との共同制作をこれまで以上に推進するための試みは、映画祭としても長年にわたって強化しています。「Nippon Cinema Now」に賞を新設したのも、作品を上映するだけでなく、その中のいくつかの作品が受賞したり、審査員からコメントを受けることで、海外のプログラマーやバイヤー、観客から注目される機会が増えると思うからです
世界の映画祭での日本映画の存在感は?
── ここ数年、濱口竜介監督や深田晃司監督、小田香監督など、海外で高評価を集める監督が続々と登場しています。
市山 今年は主要な映画祭に出品されている日本映画が多いんです。ベルリン国際映画祭のコンペに『花緑青が明ける日に』が出品されて、カンヌのコンペは濱口監督の『急に具合が悪くなる』、深田監督の『ナギダイアリー』と是枝裕和監督の『箱の中の羊』の3作が入って、岨手由貴子監督の『すべて真夜中の恋人たち』が、ある視点部門で上映されました。ヴェネチア映画祭でもコンペに2本(是枝裕和監督『ルックバック』と、塚本晋也監督の『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』)入っていて、三池崇史監督のドキュメンタリー(『襲名』)が特別上映されています。なので、日本は明らかに東アジアの中で一番目立っていると思います。
韓国映画はイ・チャンドンとかホン・サンスとかナ・ホンジン、ヨン・サンホなど特定の監督の映画は上映されているんですけど、日本ほどの本数は出ていっていない。それに今年は国際映画祭で中国映画の存在感が薄い。単に海外でも評価の高い監督の作品がたまたま制作されなかっただけで、来年になると状況はまた違うと思うのですが、今年は三大映画祭のコンペティション部門に中国映画がない。それに韓国映画は年次の高い著名な監督は活躍しているんですけど、若い世代が育ってきていないという印象があります。
かつては日本も4K(北野武監督、黒沢清監督、是枝裕和監督、河瀨直美監督)ってよく言われていて、それ以降の世代が出て来ないと海外で言われていた時期があったんですけど、濱口監督や深田監督が海外の映画祭で評価されたことで状況が大きく変わって、さらに若い世代が出てきています。こうなった理由はもちろん、ひとつではないんですけど、日本では著名な俳優が新人監督やインディーズ作品であっても出演するケースが多いんですね。西島秀俊さんや池松壮亮さんは、良い脚本や監督であれば、規模の小さな作品であっても出演しますよね。映画制作では、そのような有名な俳優が出ていることで作品が成立するきっかけになったり、資金が集まるきっかけになることは多いんです。俳優やその事務所が若い監督の作品に協力的、というのは日本独自の現象だと思います。
韓国や中国ではこのようなことはあまりなくて、若手の監督が有名な俳優に出演をオファーすると、本人の意思とは関係なくエージェントが出演料を高く提示して成立しないケースが多い。韓国だと今はネット配信の力が強くて、有名な監督もスタッフも俳優もみんな配信作品に流れていってしまって、映画をつくる環境が良くない、という話を聞きます。
もちろん、それだけが理由のすべてではないんですけど、いま、日本映画が良い循環の中にあるのは間違いないと思いますし、東アジアの中でこのような状況にあるのは日本だけだと思います。
東京国際映画祭としては、すでに海外で活躍している監督には、マスタークラスやトークイベントに参加してもらえるとうれしいですし、何よりもこれから海外に出ていく新しい才能をバックアップしたいと思っています。
新部門「CROSSCUT ASIA+」が目指すもの
── 今年から国際交流基金(JF)と共催の新部門「CROSSCUT ASIA+(クロスカットアジア・プラス)」がスタートします。東南アジアと日本のプログラマーが毎年、異なるテーマに基づいて作品を選定する、と発表されています。この部門は毎年、プログラマーが変わる、ということでしょうか?
市山 初の試みで、まだ今年も終わっていないのでわからないのですが、おそらく毎年、プログラマーは変わると思います。日本の映画界は監督をする若い人はどんどん出てくるんですけど、プログラマーをやる人がこれまであまりいなかったんです。とは言え、僕も含めて現在の映画祭のプログラマーの中には年齢が高い人も増えているので(笑)、本当は若い人に引き継いでいきたいという想いがあるんです。そこで「CROSSCUT ASIA+」を続けていく中で国際映画祭のプログラマーになる若い人を増やしていければ、という気持ちもあるんです。
作品を選ぶ人が変われば、映画祭そのものも変化するわけで、人材育成的な意味もあります。今回も何人かの方に企画書を出していただいて、日本の上田真之さんと、インドネシアのラスリーンさんにお願いすることになりました。おそらく来年以降もおふたりを選んで一緒にプログラムを組んでもらうことになると思っています。
会場に足を運べば、なにか面白いものが観られる!
── 東京国際映画祭は会期中に上映される作品も多く、そのジャンルも多種多彩。エンタメ大作もあれば、アート映画も過去の名作もあります。
市山 毎年、作品として良いか?だけを基準に選んでいますから、コンセプトや何かしらの傾向があるわけではないのですが、今年はどの映画祭でも戦争を扱った作品は多いと思います。扱っているのは第二次世界大戦だったり、スペイン内戦だったりするんですけど、現代の戦争を描くというよりは、歴史を振り返りながら「なぜ人間は戦争をするのか?」「なぜ、人は争うのか?」を描いた作品が多い。個々の監督に聞いたわけではないので、分からないんですけど、おそらくは現在の世界情勢だったり、起こっている戦争が影響しているのだと思いますし、映画祭に行くことで不思議とその時の傾向が見えてくることはあると思います。
ただ、映画祭ってそれだけではないんです。この間、私が製作を担当したSABU監督の『Arrested Memory(原題)』がヴェネチア国際映画祭に出品されたのでヴェネツィアに行って、東京国際映画祭のこともあるので三泊ですぐに帰ってきたんですけど(笑)、上映に立ち会ったら、すごく盛り上がったんですよ。この作品は戦争や世界情勢とは関係のない、記憶をなくした刑事の話なんですけど、すごい盛り上がった。だから映画祭に来る観客の中には、映画を通して現代の社会について考えたい人もいれば、単純に楽しい映画を観て帰りたい人もいる。いろんな人がいるんです。
『Arrested Memory(原題)』がなぜヴェネチア映画祭に選ばれたのかは、ディレクターのアルベルト・バルベラに聞いてみないと分からないんですけど、おそらく映画祭にはこういう映画も必要だと思ったのではないかと。深刻な作品ばかり上映していると映画祭が窮屈で陰気なものになってしまうから、こういうハッピーエンドの映画も必要で選ばれたんじゃないかと思うんです。
東京国際映画祭も同じで、アート映画でかためようとか考えたこともなくて、シリアスな映画もあれば、コンペティション部門に娯楽映画が入っていてもいいと思っています。続けて観に来てもらうと、シリアスで考えさせられる映画があって、その次にアクション映画があって興奮する。これが映画祭におけるプログラミングの妙ですよね。だから、会場に来てもらって何本か観てもらえば、いろんな映画がある。なにか面白いものが観られる。そのぐらいの気持ちで来てもらえればうれしいです。
プロフィール
市山尚三(いちやま しょうぞう)
1963年生まれ。松竹、オフィス北野をベースに主に海外の映画作家の作品をプロデュースする。主な作品にホウ・シャオシェン監督の『フラワーズ・オブ・シャンハイ』(1998)、カンヌ映画祭審査員賞を受賞したサミラ・マフマルバフ監督の『ブラックボード』(2000)、カンヌ映画祭脚本賞を受賞したジャ・ジャンクー監督の『罪の手ざわり』(2013)等がある。また1992年から1999年まで東京国際映画祭の作品選定を担当。2000年に映画祭「東京フィルメックス」を立ち上げ、ディレクターを務めた。2013年より東京藝術大学大学院映像研究科の客員教授。2019年、川喜多賞受賞。2021年、東京国際映画祭プログラミング・ディレクターに就任。
開催概要
期間:10月26日(月)~11月4日(水)
会場:日比谷・有楽町・丸の内・銀座地区ほか

