夕見子目線のもう一つの『なつぞら』 “2人目のヒロイン”に注目が集まる理由
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広瀬すず主演の第100作目NHK連続テレビ小説『なつぞら』。明るく健気でみんなに愛される「いかにもな王道朝ドラヒロイン」なつ(広瀬すず)とは対照的な描かれ方で、一部視聴者の共感を得ているのが、なつが引き取られた北海道の柴田家長女・夕見子(福地桃子)だ。
幼少時には、突然連れられてきたなつに自分の服をあげろと言われ、「嫌だ!」「ズルい! その子が可哀想なのは私のせいじゃないもん!」と本音で怒り、猛抗議したり、牛乳を嫌い、家業の酪農も嫌い、やりたくないことはハッキリと言ったりする。
しかし、決して意地悪ではなく、正義感が強く、なつが同級生たちに嫌なことを言われると、代わりに怒ったり、自分の本音を見せないなつに対して苛立ちや戸惑いを見せたりもしていた。
なつをいつでもあたたかく見守り、当たり障りない言葉をかける幼馴染の男の子たちに比べて、夕見子の発言は率直かつ辛辣だが、これはなつをいちばん近くでよく見ているからこそ。
家の手伝いをせず、自分は好きな本を読んでいる夕見子はワガママで自分勝手に見えるが、このスタンスも、元来の「自分の思ったことをはっきり言う」「やりたくないことはやらない」性格に加えて、なつが訪れた影響が大きいだろう。
なにせ、なつが柴田家に来てからというもの、いつでも話題の中心になるのは、なつばかり。酪農を一生懸命手伝うなつを祖父・泰樹(草刈正雄)は溺愛し、なつが来てから登下校時に手を振ったり、バターづくりの夢を語ったりする。なつの登場により、これまで見せたことのないデレぶりを見せ、生きがいを見つけたようにすら見える。
人間の性格・性質は、もともと持っているものだけでなく、環境や立場によって形成される部分が多分にある。「家の中では母親に威張っているのに、学校では地味キャラ」とか「陰キャラ同士でははっちゃけているのに、ウェイ系がそばにくるとおとなしくなる」とか「家の中では一人前に扱われないが、友達にはしっかりしていると言われる」などは、よくあるケースだろう。そうした「立ち位置」と「キャラクター」は、家の中においては、親の性質と、きょうだい関係によって形成されることが多い。
そして、『なつぞら』の場合、なつがやってきた環境の変化で、立ち位置が最も脅かされるのは、当然ながら夕見子だ。
なつとは性別が異なり、「家長」になるはずの長男・照男(清原翔)や、末っ子でしっかり者の妹・明美(平尾菜々花)のポジションは変わらないが、性別も年齢も一緒の夕見子は、「ザ・主役」のなつの登場で大きく割を食うことになる。
なつが良い子であればあるほど、周囲には比較されてしまうし、だからと言って、なつと競い合うように唐突に良い子になるのも違う。お菓子を買ってきたこと・笑顔だったことだけで、祖父だけでなく従業員に驚かれてしまう夕見子が、家の中でキャラ変をするのは並大抵のことじゃない。
でも、どこにいても主役として輝くなつの存在によって、自分が陰の役割にまわったとしても、そこでなつに意地悪したり、不貞腐れたりしないのが、夕見子の賢さ・強さである。
これまで何も考えずに思ったことを言い、やりたいことをやってきた夕見子は、なつの登場により、大いに戸惑い、思考するようになった。だからこそ、誰よりもなつのことをよく見ているし、よく理解している。
祖父のために演劇をやろうとするなつには、「あんたのそういうところ、ホントつまんない。やるんだったら、自分のためにやんなよ!」と背中を押してあげるし、なつの思いを知るからこそ、なつのノートをのぞき見する母・富士子(松嶋菜々子)を嗜めもする。
北大受験を志した理由については、「ホントは北大なんて行かなくても良いんだけどね」と言い、なつの前で本音を漏らす。
「だって負けたくないし!」「そんなの無理だとか、女のクセに無理だとか、そういう世間の目にさ」
戦災孤児の辛い経験から、最初は他人の顔色を見て必死に生きてきたなつは、柴田家でたっぷりの愛情を注がれ、明るく健気に育った。だからこそ、夕見子のこの言葉の意味が、なつにはよくわからない。その一方で夕見子は、なつという眩しい存在の登場によって、たくさん葛藤し、ときには屈折もし、思考し続けてきたことが、次のセリフからうかがえる。
「私は、なつみたいにわかりやすく戦ってないから。なつはどこに行ったって戦ってるっしょ? 私にはなーんもないから、自分が生きる場所は自分が選べるような人間になりたいのさ」
祖父をはじめとして、家族の目がなつに注がれ続けることを、同性で同い年の夕見子が何も感じないわけはない。家の中での自分の立ち位置を考え、葛藤してきた結果、勉強すること、自立することを考えたのであろう。
本音を言えないなつの気持ちを察し、背中を押してくれる夕見子。しかし、ワガママに見えて、その実、客観性が強く物事を俯瞰で見ているタイプの夕見子が、「〇〇嫌い」「△△したくない」という否定の論法でなく、前向きに自分の生き方・生きる道を模索するようになったのは、なつの存在があってのものだろう。
ちなみに、他者の気持ちには敏感な夕見子は、幼い頃から、なつと天陽(吉沢亮)が互いを思い合う気持ちにすぐ気づき、冷やかしていた。しかし、おそらく本人はまだ恋を全く知らなさそうなところも、実に夕見子らしい。
なつのカウンター的なヒロインとして視聴者の共感を集める夕見子が今後、どんな学問や人に出会い、どう変化していくのか。夕見子目線のもう一つの『なつぞら』に期待したい。
(田幸和歌子)