ケイト・ブランシェット、サプライズ登壇の役所広司に共演オファー!? 「第39回東京国際映画祭」DFFトークショー&記者会見
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東京国際映画祭「ディスプレイスメント・フィルム・ファンド」記者会見より
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すべて見る10月26日より開催中の第39回東京国際映画祭。10月30日(金)にはヒューリックホール東京にて、ディスプレイスメント・フィルム・ファンドの共同創設者であるケイト・ブランシェットをはじめ、モハマド・ラスロフ(『センス・オブ・ウォーター』監督)、シャフルバヌ・サダト(『スーパー・アフガン・ジム』監督)、特別ゲストの役所広司が登壇したトークショーが開催された。さらに東京ミッドタウン日比谷ホールでは、ブランシェット、両監督に加え、ロッテルダム国際映画祭マネジング・ディレクターのクレア・スチュワート、ファーストリテイリング取締役グループ上席執行役員の柳井康治が出席する記者会見も行われた。
株式会社ユニクロが創設パートナーとして支援する「ディスプレイスメント・フィルム・ファンド(Displacement Film Fund / DFF)」は、ブランシェットとロッテルダム国際映画祭のヒューバート・バルス基金が共同で創設。避難を余儀なくされた映画制作者、または避難民としての経験を描いた実績のある映画制作者の活動を支援・助成することを目的としている。
ケイトは設立に関して、「数年前にグローバル・レフュジー・フォーラムという難民フォーラムで、国を追われて避難を余儀なくされてしまった、本当に素晴らしい作品を生み出す映画監督たちがたくさんいることを知りました。そんな映画監督たちに仕事をするチャンスを与えたいということで、このファンドを立ち上げました。今回短編という形にしたのは、短編だと実験的なこともできますし、制約が少ないからです。今回、本当に素晴らしく才能に溢れた5つの作品が生まれました」と答えた。
モハマド監督は「「イミグレーション(※他国からその国へ定住するために移り住むこと)というのはひとつのチャンスだと思います。私たちはそれにより色々な文化と人に出会い、自分と全く違う世界に触れることができます。問題は、自分の意志でないところで、移民になってしまうということです。それにより人生が一変してしまいます。移民になって生まれた疎外感は、一体どこから来ているのか考えたことが、作品のベースとなっています」、シャフルバヌ監督は「私は今までの人生を通して、難民として生きてきました。帰れる家がない私にとって、本当の家は自分自身の身体でした。ですが今までアフガニスタンなどで経験してきた性差別、あるいは家父長制度の影響で自分に自信を持つことができませんでした。19歳か20歳の時にフランスに行き、女性が胸を張って歩いている様子を見て、感銘を受けました。自分の家と言える体を心地よいと思えないのは本当にひどいことです。そんな気持ちから、『スーパー・アフガン・ジム』を作って自分にとっての最初で最後の我が家であるべき体についての思いを語っていきました」と訴えた。
特別ゲストとして登壇した役所は、「PEACE FOR ALL」のTシャツを着用。購入すると全額難民への支援になることを紹介し、ラスロフ監督とシャフルバヌ監督の作品については、「『センス・オブ・ウォーター』は本当に静かで、そして男女の愛と苦悩を描きつつ、主人公の深い心の傷を浮かび上がらせる素晴らしい作品で、美しかった。5作品をひとつの映画だと思ってみると、シャフルバヌ監督の作品は、バランスをとる重要な役割を果たしていると思いました。かつてニュースで報道されていたカブールの街は、長い戦争で深い傷を残した街並みでした。あの街で人々がダイエットのために奮闘している姿を見ると、本当に微笑ましくて平和で。そして人間の底力を感じました」と語った。
それを受けケイトは「私たち、いつ一緒にお仕事できますかね」と笑顔で語りかけ、「このような名だたる俳優の方からコメントをいただき、ありがたいです。今日ここにいらっしゃる方々のリアクションも、本当に興味があります。この作品群はサンパウロやロンドンの国際映画祭でも上映されました。このディスプレイスメント自体が、世界的なチャレンジであると思っております。なるべく多くの方々にこの作品群を体験していただきたいです」と締めくくった。
東京ミッドタウン日比谷ホールにて行われた記者会見では、登壇者が東京国際映画祭でのDFF関連イベントの開催実現に感謝を述べた。DFFの創設に関してはロッテルダム国際映画祭マネジング・ディレクターのクレア・スチュワートから「ケイトさんがロッテルダム国際映画祭のヒューバート・バルス・ファンドの活用を提案したことをきっかけに話が始まりました。政治的な理由やインフラのない国で避難生活を送る人たちを支援するファンド(基金)を作ろうという話になり、同ファンドがマネージングパートナーとなってプロジェクトがスタートしました。2025年1月のIFFR(ロッテルダム国際映画祭)での上映をはじめ、ユニクロなど多くの創設パートナーが支援に加わりました。ロッテルダムでの第1弾作品の上映やオランダ企業からのサポートを経て、2026年のカンヌ国際映画祭でも次の5人の監督が発表され、非常に短期間でありながら、関係者の多大なる情熱と協力によって実現しました」と説明した。
ブランシェットは、DFFの国内外での上映と重要性について「ロッテルダム、サン・セバスチャン、ロンドンなどで上映が行われてきました。“ディスプレイスメント(祖国を追われることなど)”は世界的に考えなければいけないことで、共通のチャレンジであり、世界中で67人に1人がディスプレイスされているという現実があります。柳井さんと話し合い、こうした作品こそメインストリームに持っていくべきだと考えました。ディスプレイスメントを単に有害な報道や物語として捉えるのではなく、描かれるひとりひとりが母親、妻、弁護士、医師などそれぞれの職業や個別の生活を持っているということを表現しています」と続けた。
さらに「作家たちに完全に自由を与え、どんな題材を取り上げても良いとしました。ディスプレイスメントの話題だけでなく、それを理解した上で他の様々なストーリーを語っても構わないという方針で制作されています」と付け加えた。
『センス・オブ・ウォーター』を作るきっかけや、込めた想いについてモハマド監督は「3年前にイランを強制的に離れて亡命を余儀なくされ、ファンドからこのプロジェクトの話を持ちかけられたのは、海外生活を始めて1年半ほど経った頃でした。母国を離れて、自分自身の気持ちや思考を相手に伝える上で“言葉”が非常に大切な問題であると気づきました。映画人にとって映画を作る際の最大の材料は言葉であり文化です。言葉には単なる意味を超えて、気持ちをそのまま相手に伝える表現としての役割があるが、翻訳したり別の言葉に訳したりすることで、母国語に含まれるニュアンスや語感、忠実さが失われてしまう恐れを常に感じています。こうした背景から、ファンドからオファーがあった際、まさに自分が今関わっている問題を描こうと思いました」と語った。
『スーパー・アフガン・ジム』を監督したサダトは「私はイランに生まれて、戦争に伴う移住先や母国(アフガニスタン)の双方で、差別や女性としての生きづらさに直面し、自分の居場所を見いだせずにいました。別のロマンチックコメディの撮影中、直前に降板した主演の代役として、急遽私が主演を務めなければならず、その時に客観的に自分を見つめ直したことで、“自分は壊れていない”と気づき、大きな自己受容を得ました。その映画の編集作業中にファンドからの話があり、自分が見つけた“身体の中に居場所を求める”という感覚は、自身だけでなく世界中の多くの女性、特にアフガニスタンの女性たちが経験している普遍的なものであると気づきました。このファンドを機に、居場所を失った人たちの物語や思いを映画を通じて伝えていきたい」と語った。
会場のマスコミから「来日中のアカデミーのCEOビル・クレイマー氏が、難民の監督や製作者の作品もオスカーなどのカテゴリーに出品できるようルールが変更されたと言っていたことについて」の質問が飛ぶと、ブランシェットは「アカデミーがルールを変え、世界中でキャリアを続けられなくなっている人たちやディスプレイスメントを描く作品を認めてくれたことは、小さなことに見えて非常に深い意味があります。映画業界は共同制作(コ・プロダクション)や文化的外交が行われており、各国の政府間でもそのような協力関係が進んでほしいです」と答えた。
その返答を受けてマスコミから「こうした新しいカテゴリー(難民や避難している人たちを対象としたもの)ができたら、監督は出品したいか、ユニクロとしてそれをサポートしますか」と続き、シャフルバヌ監督は「自分自身が“ディスプレイスド”というカテゴリーにラベル付けされることに対しては複雑な気持ちがあり、映画を通じて人と人をつなぐことや、私たちは皆似ていると感じられる点が素晴らしいと評価しつつも、自身の作品が特定のカテゴリーに縛られることへの葛藤も感じています」と複雑な心境を吐露した。
柳井康治は「ユニクロとしてもプロモーションに協力し、20数年難民支援も続けています。ブランドとして、国籍や人種に関係なく全ての人がアクセスできる存在でありたいと考えており、ディスプレイスメント・フィルム・ファンドの素晴らしい作品がアカデミーのような場所で認められることを積極的に応援したい」と答えた。
<開催概要>
『第39回東京国際映画祭』
11月4日(水)まで
日比谷・有楽町・丸の内・銀座地区ほかで開催中
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