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86歳のRBGが現代のポップアイコンになった理由 ギンズバーグ夫妻に学ぶ、新しい時代の男女の姿

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リアルサウンド

 アメリカ最高裁判所判事をつとめる86歳の女性、ルース・ベイダー・ギンズバーグ(以下RBG)が注目を集めている。日本では2019年3月に公開された『ビリーブ 未来への大逆転』(’18)は彼女の伝記映画であり、彼女にとって初めての裁判となる性差別訴訟を描いた作品だ。コメディー番組『サタデー・ナイト・ライブ』では、人気コメディアンのケイト・マッキノンが彼女のものまねを披露して笑いを誘った。名前の頭文字を取って「ノートリアスRBG」(90年代の有名ラッパー、ノートリアスB.I.G.をもじったニックネーム)と呼ばれる彼女は、長らく女性の権利拡大のために働いてきた尊敬すべき人物だが、ここに来て彼女が注目されたのは、大きく広がった「#MeToo」ムーブメントや、アメリカ国内の政治的変化にともなうマイノリティの権利に対する問題意識など、さまざまな要因があるだろう。映画化、洋服や雑貨などのマーチャンダイズ、そしてポップ・カルチャーのアイコンへと、勢いの止まらない彼女を知るための格好の作品が、日本で2019年5月から公開されたドキュメンタリー作品『RBG 最強の85才』(’18)である。

 『ビリーブ 未来への大逆転』は、親の介護費用の控除が認められなかった男性の裁判を題材としている。RBGが、彼女にとって初めての性差別にまつわる裁判の原告として男性を選んだこと。これは『RBG 最強の85才』の劇中でも指摘されていたが、非常に戦略的な選択だった。法律は「介護は女性の役割である」と規定し、女性のみを申請の対象としていたが、かかる法律によって男性が不利益を被っている状況が憲法違反であると認められれば、性差別は男性にとってもマイナスであり、性差別の解消は万人にとって利益があるという理想的な結論が導き出せる。女性が自分の名前でクレジットカードすら作れなかった1970年代、性差別の解消という大きなステップをこのように巧みなアイデアで踏み出したRBGは、きわめて知性的な運動家であったといえる。セクシャル・ハラスメントやドメスティック・バイオレンスといった深刻な問題も含めて広く議論されるようになった現代にあって、RBGのような模範的存在が果たす役割は大きい。

 では、男性の観客はRBGの存在から何を学び取るべきか。そう考えた際『ビリーブ 未来への大逆転』でアーミー・ハーマーが演じたRBGの夫、マーティン・ギンズバーグは、これからの社会における男性のあり方についての有意義な示唆となるだろう。彼の存在は、新しい時代の男性像としてひとつのロールモデルとなり得るのはないか。『ビリーブ 未来への大逆転』冒頭、子どもをあやす夫のショットには、彼の温厚でフェミニンなイメージが象徴されている。RBGがカーター大統領の指名でD.C.巡回区控訴裁判所の裁判官となった際、「妻が出世したから引っ越しました」と冗談を言いながら、みずからのキャリア(夫もまた、ニューヨークで名の知れた弁護士だった)を捨ててワシントンへ移り、妻を献身的にサポートした夫。彼は女性の知性や成功を脅威と感じない、大らかな性格の持ち主だった。妻が自分よりも成功しているという事実に対してよろこびを感じ、屈託なく応援できる。なぜ夫マーティンが、このような柔軟な感性を持ち得たのかと、男性の観客は感心させられるだろう。

 「男らしく」という虚しい呪縛に、多くの男性はとらわれている。とはいえ、「男らしさについて構築された有害な概念や、ジェンダー間の不均衡の力関係や、男性から女性への暴力といった犠牲を生んでいることは否定できない」(*1)。こうした社会を変化させるため、男性はひとまず「男性性とは何か」について省みる必要があるだろう。映画『クレイジー・リッチ!』(’18)で印象的だった、裕福な一家に生まれた女性アストリッドと、稼ぎの少ない元軍人の夫マイケルとの「格差婚」を想起してほしい。夫はつねに、圧倒的な富や名声を持つ妻に対して引け目を感じている。自分もビジネスで成功しようと努力してはみるものの、裕福な出自の妻からすれば雀の涙ほどの稼ぎを得るために四苦八苦しなければいけない状況に苛立ち、恥を感じる。かかる夫の劣等感を刺激しないよう、妻は高級ブランド品を買っても、自宅では夫の目につかない場所へそっと隠しておく。

 この夫婦にとって、夫の抱える男性性へのコンプレックスは非常に厄介なものである。夫が自分を「男らしい」と感じられないことが、夫婦間の不和の原因であるためだ。妻が高級腕時計をプレゼントした際に夫が見せる、苦悶の表情(俺はこれと同等のプレゼントを妻に贈ることなどできない!)。妻は夫のありのままを愛しているのだが、夫は忸怩たる内面を抱え苦悩している。ゆえに妻は、不倫関係へと逃げた弱き夫への最後通告として「あなたに『男らしさ』を感じてもらうのは私の仕事じゃない」(It was never my job to make you feel like a man)と口にせずにはいられない。もし彼がRBGの夫マーティンのように男性性の呪縛から自由であったら、格差婚など気にせず幸福に生きていたのかもしれない。男の沽券。何と虚しい言葉であろうか。しかしわれわれの社会はまだ、かかる男性性の空虚から自由になっていない。

 この社会が大きく変化していることは疑いようがない。価値観がうねりをともなって変化するその最中にいるのだ、という実感があるし、映画や音楽などのポップ・カルチャーにも、たゆまず変化していくあらたな価値観が如実に反映されている。そうした変化の象徴がRBGであり、愛すべき夫マーティンであることは間違いないだろう。女性にとってRBGが手本となり、目標となることは言を俟たないが、男性はぜひ、男性性の呪縛から自由な夫マーティンの姿に新しい時代の男性のあるべき姿を感じてほしいと願う。アメリカ最高裁判所判事という、考えうる限り最高のキャリアを歩んだ妻に対して「原則として妻は僕に料理の助言はしない。僕も法律の助言はしない。これで互いにうまくいく」と笑顔で語れる男性が増えれば、きっと社会はより穏やかで慈愛に満ちた方向へと変化していくはずなのだ。(文=伊藤聡)

※参考文献
(*1)レイチェル・ギーザ『ボーイズ 男の子はなぜ「男らしく」育つのか』(DU BOOKS)