吉岡里帆の繊細な“一人二役” 『パラレルワールド・ラブストーリー』で静かに新境地へ
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交差する二つの世界を描いた映画『パラレルワールド・ラブストーリー』で、それぞれの世界において“違う女性”を演じている吉岡里帆。一人二役的なこのポジションで彼女は、それぞれ異なる魅力を開花させると同時に、その技量の大きさをも示している。
本作で吉岡が演じるのは、主人公・敦賀崇史(玉森裕太)の恋人である。しかしそれは、“ある一つの現実”でのこと。並行して描かれる“もう一つの現実”では、崇史の親友・三輪智彦(染谷将太)の恋人だ。どちらで演じるのも津野麻由子という人物だが、彼女の持つ性質は、微妙に異なる。同じ人物ではあるのだが、厳密には異なる人物といえる役どころなのだ。つまり、一般的にイメージされる“一人二役”とはまるで違う。これはかなり難しいことなのではないだろうか。吉岡に要求されることは、ヘアースタイルや衣装などの明確な変化や、麻由子の性質の違いを喜怒哀楽に乗せる大胆な表現などではなくて、もっと細やかな、もっと微々たる変化なのである。たとえばそれらは、崇史と智彦それぞれに向けた眼差しの強度や、両者のアクション(仕草)に対するリアクションに見て取れる。「パラレルワールド」を題材とした、ネタバレ厳禁の大がかりな仕掛けが用意されている作品ではあるが、観客がこの迷路を抜け出す糸口は、彼女にこそあるのかもしれない。
さて、吉岡といえば、若くして引く手数多のトップ女優の一人に躍り出ているという事実に、どなたも異論はないだろう。映画やドラマだけでなく、CMや街頭ポスターで彼女を見かけぬ日はないことが、それらを実証しているはずだ。しかしながら彼女は、幸運なシンデレラガールなどではなく、かといって、アイドルやモデルでのキャリアがあるわけでもない。なにをもってしてキャリアのスタートを定義づけられるかは不明瞭なところだが、彼女は早くから役者という職業を志していたようである。
その彼女のキャリアを遡ってみると、初期には小劇場演劇や、自主制作映画といったところでの活躍が目立つ。ここで、作り手と演者との、うまい距離感なども体得したのではないだろうか。「演じる」ということの下地はもちろん重要だが、演劇や映画といったクリエーションには、協調性が不可欠である。現在の吉岡へのラブコールが鳴り止まない実情を鑑みると、そのあたりの評価も高いことがうかがえるのだ。
吉岡はNHKの連続テレビ小説『あさが来た』で注目を集めると同時に『ゆとりですがなにか』(2016/日本テレビ系)で民放連続ドラマに初レギュラー出演。『カルテット』(2017年/TBS系)でインパクトを残すとその後、『ごめん、愛してる』(2017/TBS系)でヒロインを務め、『きみが心に棲みついた』(2018/TBS系)で連続ドラマ初主演を務めている。このほんの数年での彼女の活躍ぶりを振り返れば、それは大躍進としか言いようのないものだということが分かる。作品を見るだけでは判然としないが、“はんなり”とした声や表情とは裏腹に、よほどのハングリー精神の持ち主なのではないだろうか。そんな彼女の度胸の大きさは、笑福亭鶴瓶がゲストを迎えて即興ドラマを繰り広げるバラエティ番組の舞台版、『スジナシ BLITZシアター』でも確認することができる。
しかしながら、『健康で文化的な最低限度の生活』(2018/カンテレ・フジテレビ系)や『音量を上げろタコ!なに歌ってんのか全然わかんねぇんだよ!!』(2018)といった作品で演じた、頼りがいのない、自信のないキャラクターにはいまいちハマりきれていない印象があった。というのも、彼女の快活で滑らかな発話は、どうしてもその手のキャラクターと上手く結びついていなかったように思えるのだ。もちろん、裏を返せば発話が美しいというのは役者として素晴らしい。発話の技量の良し悪しは、そのまま役者としての評価にもつながる。これに関しては、やはり演出の問題なのだろうか。
しかしこれらの演技で、力のある女優だという思いを強くさせられたことに異論はない。そして『パラレルワールド・ラブストーリー』では、彼女の演技の下地に、先に触れたような繊細さもが加わっている。静かに歩みはじめた、吉岡里帆の新境地だろう。今後も彼女の出演作の公開が続くが、本作での好演によって、それらがますます楽しみなものとなるに間違いない。
(折田侑駿)