Awichと唾奇は自身のリアルをラップに昇華する カップリングツアー目前、両者の魅力を解説
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沖縄を拠点にするアーティスト・Awichと唾奇がカップリングツアー『Awich×唾奇 Supported by Reebok CLASSIC』を6月14日から東名阪&沖縄で開催する。これを機に、今回の記事では二人の魅力を解説していきたい。
Awichが特に注目されるようになったのはYENTOWNに所属してからだろうか。2017年に発表し各所からの絶賛を集めたアルバム『8』では、Awichはナチュラルで、セクシーで、クールで、ストロングな女性像を披露した。「WHORU? feat. ANARCHY」の〈媚びないエロス〉はAwichを象徴するパンチラインだ。情報過多社会におけるリスナーには、“キャラ設定”は通用しない。特に“リアルであること”が重要なヒップホップにおいては。もちろん背景には、Chaki Zuluを中心に制作されたハイクオリティで多彩なサウンドが、Awichの言葉の強度をさらに強めたのは言うまでもない。
日本には女性シンガーがたくさんいて、みんなそれぞれ歌がうまいし、ルックスもかっこいい。だけどそれ以上でも以下にもなれず、その他大勢の中で埋もれてしまうことが少なくない。Awichが飛び抜けた存在になり得たのは、強烈なバイタリティの持ち主であることも一つの要因だと言える。
ここでは彼女のライフストーリーにも触れておきたい。Awichは高校時代のアメリカ留学を経て、トラップの本場・アトランタの短大に進学する。そこで、のちに夫になる男性と知り合いAwichは20歳で妊娠し、翌年出産した。Awichの言葉を借りると「悪いことをいっぱいやっている人だった」という夫は14歳も年上で、世界最大の刑務所と言われるライカーズ刑務所で8年の刑期を終えた直後だったというが、住んでいた地域がアトランタの中でも治安が悪かったこともあり、Awich自身も車に乗っている時に銃撃されたことがあるという。Awichの生活において死は常に身近にあったのだ。夫と二人でインディアナポリスに移住したAwichは大学に進学して、学位を取得。しかし翌月に夫が射殺されてしまう。それを機に彼女はシングルマザーとして沖縄に帰還。アメリカで暮らしていた時は、同じ銃撃で大切な人を亡くした人が周りにたくさんいたとインタビューでも話している(Awichインタビュー「共感は国境を越える。辛い思いしてる人も、楽しみたい人も聞いてほしい」 / 「愛がすべて」ラッパーAwichが語る、タフな生き様)。
彼女が心身ともにどれほどのダメージを受けたのか、想像もつかない。しかし長い時間をかけて彼女は自分と向き合いカムバックした。Awichからすれば、自分に対して陰口を叩く人間なんて〈マジお前誰?〉程度にしか思えないのだろう。だがその堂々としたスタンスこそが彼女の魅力だ。これで曲がダサかったら説得力も薄くなるが、AwichはChaki Zuluという最強のプロデューサーやYENTOWNの仲間と出会い、自身の経験を歌った楽曲とパフォーマンスの数々でアーティストやリスナーを魅了し続けている。
唾奇の名前を知ったのは、CHICO CARLITOのアルバム『Carlito’s Way』に収録された「一陽来復 ft.CHOUJI,唾奇(Beats by Sweet William)」だった。「ツバキ」という音の響きとは裏腹な「唾」と「奇」という漢字の毒々しさに驚いた。そして唾奇は、美しいメロディに乗せてハードなリリックを陽気にラップする。この曲で彼が自分のバースで歌う〈ヤクザのパイセン/シャブ食ったMy Men〉というワードが気になって、すこし沖縄のことを調べてみた。その中で『ヤンキーと地元 解体屋、風俗経営者、ヤミ業者になった沖縄の若者たち』(筑摩書房)という本を知った。そこには沖縄における地元という概念、先輩との関わり、その背景にある沖縄の経済的厳しさが描かれていた。
唾奇のいた場所がこの本に描かれた状況と同じということではないが、彼のラップを聴いたり、インタビューを読んだりする限りはそう遠くない環境で生きてきたように思えた。詳細は『ヤンキーと地元〜』を読んでいただきたいが、沖縄には貧困に生きる人たちがどん詰まりから抜け出せない構造がある。唾奇にとってヒップホップは自身の置かれた状況を劇的に変えるための手段だったのかもしれない。
唾奇の曲を聴いていると、よくレゲエを思い出す。レゲエは陽気な音楽で、日本でも「夏といえば……」といった認識がされている。そのイメージは間違っていないけれど、別の側面もある。ジャマイカは非常に治安が悪い。私自身が現地に行って直接取材をしたわけではないため偉そうなことは言えないけれど、関連書籍を読んだり映画を観たりした上で、レゲエの背景にはさまざまな悲しみや葛藤があることを知った。それを乗り越えての、あの陽気な音楽なのだということを。
唾奇は以前ライブのMCで「俺の不幸で踊ってくれ」と言っていたそうだ(CDジャーナルインタビューより)。ラップは歌よりも言葉の数が多い分、個人の生き様や、感性の豊かさがリリックに表れやすい。それがよく言われる“言葉の重さ”で、故にリアルであることが求められる。彼は前述の記事で「俺のリリックの内容でドープなトラックでやると、さらに重たくなっちゃうんですよ」とも話している。唾奇の曲にはポップなメロディやアレンジの曲が多いため、構えずに聴けるし、楽曲の生まれた背景を知らなくても十分に楽しめる。しかし、言葉の裏にはさまざまな感情がある。だからこそ人の心に届くし、もう一度聴きたい、また聴こうと思わせるのではないだろうか。
カップリングツアーというと、近年ではAKLOとZORNがジョイントツアーを開催していた。同じヒップホップでも両者のスタイルはかなり異なっていたが、ライブではそれぞれのファンが違うスタイルを認め合って、とんでもなく爆発的な盛り上がりを見せていて、ヒップホップの精神であるリスペクトとユニティを体験することができた。Awichと唾奇のツアーは果たしてどんな内容になるのだろうか? やはりスペシャルなコラボセッションなどもあるかもしれない。互いをリスペクトして違うスタイルがユニティする瞬間は本当にヒップホップだ。しかも二人はめちゃくちゃリアルなアーティスト。歌って、踊って、アガって、泣いて。こちらが想像する以上に、濃厚な音楽体験を届けてくれるはずだ。
■宮崎敬太
音楽ライター1977年神奈川県生まれ。「音楽ナタリー」「BARKS」「MySpace Japan」といったインターネットサイトで編集と執筆を担当。2013年に巻紗葉名義でインタビュー集『街のものがたり 新世代ラッパーたちの証言 (ele-king books) 』を発表した。2015年12月よりフリーランスに。柴犬を愛している。
■ツアー情報
『Awich×唾奇 Supported by Reebok CLASSIC』
6月14日(金)名古屋 CLUB QUATTRO
6月15日(土)梅田 CLUB QUATTRO
6月29日(土)恵比寿 LIQUIDROOM
6月30日(日)沖縄 音市場
<Awichバンドセット>
Vocal : Awich
Piano : 丈⻘(SOIL&”PIMP”SESSIONS、J.A.M)
Bass : 秋田ゴールドマン(SOIL&”PIMP”SESSIONS、J.A.M)
Drums : みどりん(SOIL&”PIMP”SESSIONS、J.A.M)
Manipulator : 社⻑(SOIL&”PIMP”SESSIONS、J.A.M)
Percussion : 小林うてな ※沖縄公演は除く
Chorus : Meg
Chorus : 綿引京子
<唾奇バンドセット>
Vocal : 唾奇
Drums : 荒田洸(WONK)
Bass : 井上幹(WONK)
Sax : 安藤康平(MELRAW)※沖縄公演は除く
Keyboard : George(MOP of HEAD)
Guitar : 小川翔 ※沖縄公演は除く
MPC : Disk Nagataki
MPC : hokuto
時間:開場 18:00/開演18:45
料金:前売 ¥5000+D代別
チケット:各プレイガイドにて5月18日10:00から一般発売開始
■関連リンク
Awich公式HP
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