岡田准一主演『ザ・ファブル』にも抜擢 江口カンが語る、映画初監督作『ガチ星』を経て感じたこと
映画
ニュース
映像ディレクター、映画監督として多くの賞を受賞し、ドラマから映画にもなった『めんたいぴりり』や、6月21日公開の岡田准一主演映画『ザ・ファブル』を手がけるなど多岐に渡る活動を続ける江口カン監督。そんな江口監督の商業映画デビュー作『ガチ星』のBlu-ray&DVDが、6月5日にリリースされた。
参考:『さよならくちびる』は“本気”の音楽映画に 小松菜奈×門脇麦が歌う、エモーショナルな楽曲の魅力
本作は、戦力外通告を受け、パチンコや酒に溺れ、妻子と離れて不倫をするなど自堕落な元プロ野球選手・濱島浩司が、再起をかけてプロ競輪選手へと挑戦する姿を描く。江口監督自身が「作風なんていらない」と語る通り、独特の雰囲気で公開当初から話題を呼んでいた。
リアルサウンド映画部では、本作のBlu-ray&DVD発売を記念して、CMと映画の違い、福岡を中心にした活動、今後の展望など、江口監督にじっくりと話を聞いた。
ーー公開から日数が経って、改めて『ガチ星』をどんな作品だと思いますか?
江口カン(以下、江口):おかげさまで、じわじわと長く劇場でもかけていただいて、いろんな場所に舞台挨拶に行ったのですが、その際に改めて劇場で観たりするんです。で、これは手前味噌で本当に申し訳ないんですが、毎回「すげー面白いな」って思います(笑)。好きなんでしょうね、この作品が。僕の1本目の映画なので、やりたかったことや好きな要素も詰まっているし、自分で観て面白いのは当たり前なのかもしれないですが、客観的にも楽しめる作品だと思いますね。
ーー江口監督の最新作となる『ザ・ファブル』も鑑賞したのですが、『ガチ星』と比較してみると、作風も大きく違いますよね。
江口:僕は、CMを撮っていた時から「作風なんていらない」って思っていました。作風なんて、ずっと作っていく中で誰かがそれを俯瞰した時に、なんとなく滲み出ていると感じる共通項でしかないと思うので、全く意識していないんですよ。
ーー江口監督は、CMと映画という2つのメディアを跨いで活動しています。監督ご自身ではどのように区別していますか?
江口:まず違うのは、撮影時間の長さですね。CMを100m走とするならば、映画やドラマはマラソン、連ドラになるとトライアスロン……と体力の使い方が大きく変わってきます。CMは大体1日か2日で撮り終わるから、全力でとにかくやりきればいいと思ってやっているんだけど、長編映画になってくると、自分の気持ちや体力を、どうやってこの日の撮影に向けて持っていこうかとかは考えますね。役者やスタッフもそうだと思いますが。
撮り方や考え方の部分に関しては、賛否両論ある前提で話しますが、僕は「映画的」という言葉に疑いを持っていて。「映画的」ってなんなの?って思うんです。だから、映画かCMかという考えではなく、アングルやサイズも含めて、目の前のテーマに一番マッチした撮り方をしようとしか考えていないですね。そこを「新しくて面白い」と言ってくれる方もいるし、中には「『映画的』じゃない」なんて皮肉を言う方もいます。それに関しては、僕は気にしていないというか「面白ければいいじゃん」と思っています。
ーー『ガチ星』で40代での再度の挑戦というものをテーマとして取り上げたきっかけは?
江口:自転車好きというのもあって、競輪学校のドキュメンタリーを観ていたんです。戦力外通告を受けた元野球選手の20代後半の人が、競輪選手に挑戦するというドキュメンタリーだったんですが、周りの生徒はみんな10代の若い人たちばかりで、その選手はすごく辛そうな、苦しそうな顔をしていて、ずっとそれが印象に残っていたんです。おそらくその姿に、自分自身を重ねていたのかもしれないです。CMが主戦場でずっと長いことやっていたんですが、映画を撮ってみないかという話が出ては消えて出ては消えて……というのが続いていて。おそらく自分の中で、年齢的な焦りみたいなものも出始めていたんでしょうね。6年ほど前だから、当時45歳くらいだったんですが、「その歳くらいで撮れないと、これから先(映画を撮るのは)なかなか厳しいよ」みたいなことを言う人も結構いたんです。自分では気にしていないつもりだったけど、年齢というものが壁になってくるんだというのをじわじわ感じ始めていた時期でした。
ーー安部賢一さん演じる主人公・濱島浩司は、息子との待ち合わせをよそにパチンコに行ってしまったり、喧嘩っ早いところもあったりと、言ってしまったらかなり「ダメな人」ですよね。
江口:そうですね。
ーーここまで「ダメ」さを徹底的に追求しようと思った理由は?
江口:僕自身は企画の段階では、ここまで「ダメさ」を押し出してはいなかったんです。だけど、脚本の金沢(知樹)くんが「この主人公をめっちゃダメなやつにしませんか?」って言ってきて、それは面白いなと。海外ドラマの『24 -TWENTY FOUR-』で、ジャック・バウアーの娘のキムっていう僕が好きなキャラクターがいるんだけど、こいつが本当にイライラさせるんですよ(笑)。こいつが動かなければ事件が収束するのに、こいつが動くもんだから話がややこしくなるっていう(笑)。こういう人ってドラマの中にいるとすごく話が面白くなるなと思って、世界一イライラさせる主人公にしようと濱島というキャラクターが生まれたんです。
そのことで結果的に、数多あるただのスポ根や再生の物語とは違う、この映画ならではの特徴ができたかと思います。「ずっとイライラする」「全然浮上しない」っていう(笑)。ただ、浮上しない中で時々ちょっと浮上したかと思えば、やっぱり浮上しない……という繰り返しを、飽きないものにしなきゃいけないということは意識しながらやっていました。浮上しないということが、物語が動かないということにならないようにしようと。
ーーキャスティングにおいて意識したことはありますか?
江口:台詞が少なめなので、「普段は静かだけどキレたら激しい」というギャップが面白い人と、どこかイライラしたものを持っている人がいいなと思いながら見ていました。まず、濱島のライバル・久松孝明を演じた福山(翔大)くんに関しては、純粋さと、ナイフのようなシャープさがあって、最初に見た時からほぼこの人だと決めていました。濱島の妻を演じた林田(麻里)さんは、キレ方で選びました。オーディションでは、理由なく瞬間的にどれくらいキレられるかを見ていたんですが、悔しさと悲しさが入り混じったキレ方がすごくいいなと思いました。安部さんは、何度も他のインタビューでネタにしているんだけど(笑)、お父さんが競輪選手で、自分も一時期競輪選手を目指していたという話も聞いていたので期待していたんです。だけど、とにかくベタな芝居をするんですよ。ええかっこしいなのかな。だから徹底的にかっこつけるのを排除して、10kgくらい太らせもしたし、かっこ良さをどうやって彼から剥ぎ取るかというのを一生懸命やっていました。
ーー撮影を通して、安部さんの変化は感じましたか?
江口:現場でも、彼の中にあるええかっこしいな部分がなかなか脱ぎ捨てられないので、ずっと厳しくやっていました。ですが、1回「あ、ちょっといいな」って思った時があって。「わかった!」って言って久松の病院から出て変な動きをして走り出すシーンがあるじゃないですか? あの時は、彼は脱ぎ捨てたなと思いながら見ていました。あのシーンの直前にパチンコ屋のシーンがあって、その時にチャラチャラした芝居をしていたので、すごく怒ったんですよ。「人間が何かに気づいたり、上の段階に到達するためには“狂い”が必要なんだ」「狂えるのか?」という話をした直後にあの走り出すシーンを撮ったんですが、あの動きは狂っていてよかったですね。
ーー「チャラチャラした芝居」というのは?
江口:安部さんだけじゃなく、他の役者さんでもあることなのですが、別の映画で観た、誰かのすごくかっこいい芝居の真似をやっちゃうんでしょうね、無意識に。それがつまらなかったんです。
ーー江口監督は『めんたいぴりり』でも福岡を中心に撮影し、『ガチ星』でも北九州の小倉を舞台にするなど、出身地である福岡での撮影に強いこだわりを感じます。
江口:ことさら福岡を宣伝したいみたいなことではなく、『めんたいぴりり』をやるちょっと前から、福岡と自分という切っても切り離せない関係については考えていたんです。好きで住んでいるというわけでも、何かに抗うわけでもなく、今も福岡に住んでいるだけと言ったらそれまでなんですが、だからこそ福岡は題材として常に置いておこうと思って、韓国との関係のことだったり色々調べ始めていた時期だったんです。福岡は、自分にとって逃れられないものとしてありますね。
ーー『ガチ星』を観た人に、「こういう風に感じてほしい」という思いはありましたか?
江口:映画にした時点で、僕はその映画の登場人物の人生を肯定したことになると思っていて。『ガチ星』のテーマには、例えば年をとってからの再挑戦だとか、人生が「終わってる」なんてことはないんだ、ということもあるんですが、頑張ればいいって分かっていても、人間はなかなか頑張れないわけじゃないですか。
ーーまさに主人公・濱島もなかなか頑張れない人間です。
江口:それをあの徹底的な「ダメさ」として表現しているんです。じゃあ「ダメ」な人の人生は「ダメ」かっていうと、必ずしもそうじゃないという気はしています。嬉しいことに、いろんな場所で上映させてもらう中で、本当に自分の人生と重ねてくれるお客さんにすごくたくさん出会えたんです。例えば、ある女性は「自分も競輪学校行ってました」「濱島が説教される監禁部屋みたいな所で自分も説教されたことがあるんですよ」って言いながらボロボロ泣きだして。どうしたのかなと思ったら、「練習中に転んで脳挫傷を起こして、競輪選手になるのを諦めた。そんな自分がこの映画を観て、競輪選手は諦めたけど違うことでもがかなきゃいけないんだって思いました」と言ってくださったんです。
熊本では、4年ほど前にロードバイクで転んで脊椎損傷を起こして以来、車椅子の生活を余儀なくされている方が観てくれて、Facebookで連絡してきてくれたんです。その方も、「今の自分の目標はもう1回歩くことなんだ。そんな自分に、もがけって言ってくれるこの映画は最高だ」って言ってくれて、こっちの方がちょっと感動しちゃいました。
そういう映画にしたかったかどうかは分かりません。もちろんそういうポジティブなものになればいいなとは考えていたと思うんだけど、やっぱり作っている時は言葉にできない感情を表現したくて作っているので。だから、この作品で何を言いたいのかうまく説明できないんだけど、逆にお客さんから言われて初めて「あ、そういう作品になったんだな」とは思いましたね。
ーー江口監督の今後の展望は?
江口:冒頭に言ったみたいに僕自身は作風とかってあまり意識していないんですが、『ガチ星』『めんたいぴりり』『ザ・ファブル』……と改めて振り返ってみると、どれも全然違う作品だなと自分でも思います(笑)。これからもその時々で興味あるものを撮っていきたいというのがまず一つです。あと、今までの3作品って規模もそれぞれ全然違うんですよ。大きい規模の映画にしかできないこともあるけど、有名な人が出ていない『ガチ星』みたいなものは定期的に作っていきたいなと思います。(取材・文=島田怜於)