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私と音楽 第10回 寺岡呼人が語る松任谷由実

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寺岡呼人

各界の著名人に“愛してやまないアーティスト”について話を聞くこの連載、10回目は寺岡呼人が登場。高校時代から憧れ続ける松任谷由実について語ってくれた。

投げキッスを返してくれたユーミン

僕が中学生の頃、「守ってあげたい」で第2次ユーミンブームが起きて、当時好きだった女の子が文集やメッセージボードにいつもユーミンの歌詞を書いていたのもあり、ずっと気になっていました。そんな中、僕が中3のときかな、男友達にユーミンのアルバムをダビングしてもらったんです。何度も聴くうちにどんどん興味が湧いてきて、貸しレコード屋さんに行って自分で初めてユーミンの3枚目のアルバム「COBALT HOUR」を借りて、それからますます好きになっていきました。

高2のとき、ユーミンのツアー「YUMING BLOOD」が倉敷に来ると聞いて、朝早くプレイガイドに並んで、ステージから遠い席でしたけどなんとかチケットを買うことができました。そのライブを観てから一層好きな気持ちが加速していった感じがありますね。初めて観たユーミンのライブは衝撃的でした。

会場に入ると、まずアクリルの床にデジタル時計があってカウントダウンしていくんです。客席から棺を持った人が現れて、“なんだなんだ!?”ってわけがわからず見回しているうちにナース姿のユーミンが舞台袖から登場。そこからドンと曲が始まって、もうアミューズメントパークに行っているような感覚というか。めくるめく世界に連れていかれて、気付いたら終わっていたみたいな感じでしたね。

終演後、楽屋口に人が溜まっていたので、友達と「ちょっと待っていたら来るかもね」なんて言っていたら、本当にユーミンが楽屋から出て来て。みんなが手を振っている中、僕は興奮しちゃったんですかね、なぜか投げキッスをしたんですよ(笑)。そうしたら、大勢の中から僕に向かってユーミンが投げキッスを返してくれたんです。もう、翌年のライブも観に行きました(笑)。

振り向いたら信じられない光景が

そんな僕がユーミンと初めてちゃんとお会いできたのは2007年。僕の主催しているイベント「Golden Circle」にご出演いただいたときですね。そのときに、ここ(寺岡のプライベートスタジオ)にも来てくれて「ミュージック」という曲を一緒に作ることができました。イベント出演のオファーもダメ元でしたんですが、出てくれることになったので「せっかくなので曲を作りたい」とお願いしたところ、ユーミンは「新曲って大事よね」と言ってくれて。それから1週間くらいかな、すぐにマネージャーさんを通じて曲ができたと連絡がきました。ちょうどここでゆずと作業をしていたので、2人もいる中、ユーミンが持って来てくれたラジカセで、サビを聴かせてくださり、全員で大感動したのを覚えています。

イベントでは、僕が初めて行ったライブで特に印象的だった「青いエアメール」をぜひやっていただきたくて、その気持ちもお話ししました。すると、「じゃあ寺岡くんと私だけでやったらいいじゃない」とおっしゃられて。本番は僕のアコギ1本だけでユーミンが歌うという……もう、こんなに指が動かないんだというくらい緊張しましたね。

そのあとライブに出演いただけたのは2013年の「Anniversary For Yuming ~Golden Circle Vol.17~」。ユーミンの40周年をお祝いするイベントを企画して、いろんなゲストの方に出ていただきました。ユーミンの1st アルバムから3rdアルバムまでの演奏に参加しているキャラメル・ママにも出演をお願いしました。

なんと30数年ぶりにこのイベントで復活してくれて、そのときのリハーサルは忘れられないですね。ユーミンが「寺岡くんプロデューサーなんだから、私の横においでよ」って言って。「COBALT HOUR」を僕の横でユーミンが歌って、後ろでキャラメル・ママが演奏したんですよ。林立夫さんのドラムと鈴木茂さんのギター、松任谷正隆さんのピアノ、細野晴臣さんのベース……中学生のときに聴いていたあの音が鳴っている。すご過ぎてなかなか見られなかったんですけど、だんだん演奏もノッてきて僕も思わず振り向いて見たら、信じられないような光景が広がっていて。これはもう、本当にプロデューサー冥利に尽きましたね。コンサートで観る以上にぜいたくなリハーサルでした。

リアルだけどファンタジーな世界

ユーミンの魅力というとたくさんありますが、1つはライブにも楽曲にも、どこかファンタジーの要素があるということだと思います。例えば、GパンとTシャツとギターを持って歌えばそれで成立するアーティストもいるけど、ユーミンはそうじゃない。でも、ただ豪華なステージをやっているというのではなくて、そこに意味を感じるんですよね。

それに、ユーミンの書く言葉はどこかリアルでどこかファンタジーだから、得も言われぬ不思議な感覚になれるし、それぞれの解釈で自由にユーミン物語を作ることができる。例えばアルバム「時のないホテル」に収録されている「セシルの週末」は、登場人物の女の子は両親の仲が悪くて、ちょっとグレているという設定で。でも日本人なのか外国人なのかはわからない和洋折衷感がある。そういう、“ファンタジーだけどリアル感がある”ような世界観が、全然しらけさせないんですよ。だからユーミンの曲は宮崎駿さんの映画に使われたりもするのかなという気がします。

もう1つ僕がよく思うのは、ユーミンのメロディや詞には、色彩や温度、 “風景”が見えるということ。例えば「雨のステイション」は、聴くとすぐに6月の湿気た風が吹いてくるように感じられる。歌詞には書いてないんですけど、空の色が見えるような感じもするんですよ。あと「かんらん車」。これはずいぶん前に閉園した二子玉川園がモデルらしいんですけど、見たこともない遊園地なのに「さびついたかんらん車」がある、その寂しさが手に取るようにわかる歌詞が素晴らしいですよね。

ほかには「14番目の月」というアルバムもすごく好き。その最後の曲「晩夏(ひとりの季節)」は夏の終わりの曲なんですが、急に夕暮れになっちゃうようなあの特有の寂しい感じをすごく感じることができるんです。その次にリリースされたアルバム「紅雀」ではまた一気に雰囲気が変わって、地味目な印象になるんですが、これもまたメチャいいんです。このアルバムの暗い感じが、当時広島から東京に出て来て一人暮らしを始めたばかりの二十歳そこそこの自分にはすごく響いたんです。免許を取ってから一晩中楽器車を走らせている時期があって……仕事が終わって夜9時くらいから1人でユーミンを聴きながら車であて所もなく走ったり、朝の4時くらいに歌詞に出てくる観音崎に行ったりしたこともありました。ちょっと危ないヤツみたいですよね(笑)。

その時期に車に乗りながら涙が出るほど感動した名曲が「何もなかったように」。「14番目の月」のB面1曲目の収録曲です。ユーミンのアナログ時代のA面B面にはドラマがあるんですよ。“A面の最後がこれ、裏返しての1曲目がこれ”っていうのがすごく考えられているなと思うし、曲間とかにもかなりこだわっていたんだろうなと思います。サブスクで聴くのもいいですが、これはできればカセットテープに録音して、若い人たちにもA面B面に分けて聴いていただきたいですね。

日本一じゃないかというくらい超ロックな人

ユーミンの魅力を言葉で上手に説明できてなかった頃、初めて会ったプロデューサーさんが松任谷正隆さんなんですが、当時、松任谷さんに言われてビックリした言葉があったんですよ。「この曲の色は何色?」って。そのとき「確かに俺、ユーミンの曲に色を感じていた」って気付いて。自分の中でモヤっとしていたいろんなものがつながっていった感じがしたんですよね。当時、僕はアレンジってどういうことかよくわかってなかったんですけど、なんとなく理論的に積み上げていく作業なのかなと思っていて。でも、松任谷さんはどちらかというと絵を描くように、映画を作っているようにアレンジしていくし、それを直感的にやっている感じがあった。そこにすごく影響を受けたと思います。

ほかにもユーミンからの影響はあり過ぎて、自分のDNAになってしまっているという感じがします。なので、ハッキリどこにこんな影響があるとは言えないんですが、1つ言えるのは、ユーミンのロックな姿勢に憧れているということ。いまだに毎年のように80本ライブをやって、毎年行っている苗場コンサートは来年40周年だそうです。ユーミンが出てきた当時はニューミュージックと呼ばれていましたけど、今はボブ・ディランの「ネヴァー・エンディング・ツアー」のように、ずっとライブをやっていて、これってマインドとしては完全にロックじゃん。 休むこともできるけど、ずーっと動き続けて、ダイナモのように回りながらどんどん新譜を出してライブをしているこの姿勢って、日本のアーティストの中で一番じゃないかと思うほど超ロックだと思うんですよね。

最新ツアーを観ても、ここ数年で一番声が出ているしキレも変わらない、今が一番いいとすら思ったんです。その上、昔の曲も全然古くならないんです。懐かしいというよりも、本当に今聴いてもカッコいいなと感じる。なので、あと50年くらい活動してくださるような錯覚をしてしまうんです。これからも、ユーミンにはどんどん道を切り開いていってほしいなと思います。やり続けることは孤独な戦いだと思うし、誰もやったことないことをするのは勇気がいることだとは思いますけど。ユーミンのこれからの青春というか、少女性が戻るような作風も見てみたいと思います。だけど、ユーミンならきっとレイドバックしていくわけじゃなく、新しい驚きを見せてくれると思っています。

若い人に聴いてほしいラブソング

最後に、今の若い人たちにぜひ聴いてほしいラブソングを3つ選びたいと思います。

1つ目は「魔法のくすり」で、この歌詞はすごいです。「男はいつも最初の恋人になりたがり 女は誰も最後の愛人でいたいの」とか、「さめたふりをして ふいうちをかけて 欲しいものは欲しいと云った方が勝ち」とか。当時はあまりなかった素直で力強い女性賛歌というか、“頑張れ女の子!”という曲なので、今、恋をしている若い人たちにぜひ聴いてもらいたいなと思います。

2つ目は「A HAPPY NEW YEAR」。クリスマスソングはいっぱいありますが、ニューイヤーの曲って少ないですよね。「今年も最初に会う人が あなたであるように」っていう、「会いたい」じゃなくて「あるように」って祈る言い方が素晴らしいなと思う曲です。

3つ目は「経る時」。ずっと情景を描写する歌詞が続くんですけど、ひと言「あんなに強く愛した気持も 憎んだことも今は昔」っていう2行のフレーズだけで、別れがあったということを伝えてくる。こういうラブソングがあるのか……と衝撃を受けた曲です。

ということで3つ選びましたが、好きな曲が多過ぎて、たぶんこのリストは毎日変わってしまう(笑)。なので、これは今日(取材日)のオススメ3曲、ということで。

寺岡呼人

1968年2月7日生まれ。自身のアーティスト活動と並行してプロデュース活動を行い、ゆず、矢野まき、ミドリカワ書房、植村花菜「トイレの神様」、グッドモーニングアメリカ、八代亜紀など多彩に手がける。また、2001年に自身を中心とした3世代が集うライブイベント「ゴールデンサークル」を立ち上げ、松任谷由実、小田和正、仲井戸麗市、桜井和寿、奥田民生、斉藤和義、back numberなど多くのアーティストが参加。現在、再結成を果たしたJUN SKY WALKER(S)ベーシストとしても活動。2018年には、ソロアーティスト25 周年を記念して奥田民生、斉藤和義、浜崎貴司、YO-KING、トータス松本とカーリングシトーンズを結成した。

取材・文 / 高橋裕美 撮影 / 阪本勇