Homecomings、映画『愛がなんだ』にどう寄り添った? 主題歌で描いた“うまく言えない”思い
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今泉力哉監督の映画『愛がなんだ』(原作は角田光代)が大ヒットを続けている。最初はそんなに期待された映画じゃなかったはずだ。だけどいま、テルコ(岸井ゆきの)とマモル(成田凌)の永遠に成就しない恋の話がどんどん人を夢中にさせている。
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5月某日、午前9時、すでに公開から数週目に入った平日早朝の上映にも関わらず、館内は今日もたくさんのお客さんで埋まっていた。シニア層目当ての早朝名作リバイバル上映ならいざ知らず、この時間帯に客層は若い女の子たちが大半。20代くらいが多い様子だけど、なかには制服を着た子たちもいる。学校はサボり? まあ、それは僕が心配するような話じゃない。大事なのは、彼女たちの多くがいてもたってもいられずにここに来ているような、ある種の思いつめた顔をしていたことだ。うわさに聞くところによると、何度もリピートしている人たちだっているという。
そんな気分がまるで目に見える湯気みたいにふつふつとしている上映前、映画のエンディングテーマであるHomecomingsの「Cakes」が何度も何度も繰り返し流れていた。こういう演出に対しては「宣伝もたいがいにしろよ」って気持ちになってしまうことも少なくないのだが、なぜか不思議とそんなイヤな感じがしない。畳野彩加の声と福富優樹の言葉、そして勢いを抑えながらも弾むリズムを持つHomecomingsのサウンドは、この場を丁寧に高める波のような役割を果たしていた。まるで初見の観客に訪れる「これから」と、すでにこの映画を何度も見てきたはずのリピーターたちの「思い出」を満ち引きさせるような。さらに言えば、その過去と未来との満ち引きは、映画のなかではなく現実の毎日を生きる人たちの「いま」に対してもゆっくりと作用している。それが口コミによる大ヒットという映画的な現象にも良い意味での相乗効果を引き起こしているんだろう。
「Cakes」という曲はHomecomingsというバンドにとってこれからの代表曲になってゆくであろうとても大事な曲だが、一聴するとその質感はびっくりするくらい平熱だ。せつない思いにそっと寄り添えるのかと思うと、すっと突き放される。確かな「いま」が欲しいだけなのに、はっきりとしているのはいつも「さよなら」だけ。いつだって「こうなったらいいのに」と夢見る思いは「なんでこうならないんだろう」に残酷なまでにしっぺ返しされる。だけど「そうせずにはいられない」。伝えたくてもうまく伝えられないのが(映画のなかでも容赦なく描写されている)人を好きになるという思いの強さだし、不器用さだし、不思議さだ。
Homecomingsというバンドをデビュー初期からずっと見てきてた身からすると、彼/彼女たちもこの『愛がなんだ』とどこかでシンクロしてしまっていたような強さと、不器用さと、不思議さを持ち続けていたんだなと思わざるを得ない。最近(というか、「Cakes」がきっかけで)Homecomingsを知った人たちには信じられないかもしれないが、このバンドはつい1年ちょっと前まで歌詞が英語の曲しかリリースしていなかったのだ。
彼らは英米のインディーバンドやアメリカの青春映画/学園映画(『ゴーストワールド』や『アメリカン・スリープオーバー』など)で描かれているティーンの現実や郊外での生活に強いシンパシーを表明してきたし、あえて海外文学的な「日本語訳」をつけることで、「音で聴いた言葉をあらためて読む」ことによって浮かび上がる表現の奥行きにこだわっていた。実際、そうしたアプローチをより徹底した1stフルアルバム『Somehow, Somewhere』(2014年)、2ndアルバム『SALE OF BROKEN DREAMS』(2016年)での英語詞はきちんと一曲ごとに物語を持ち、とても読み応えがあるものだった。
そんなHomecomingsが、初めて日本語詞での作曲に取り組み、1枚のアルバムとして結実させたのが、昨年リリースの3rdアルバム『WHALE LIVING』(2018年)。それまで基本的にはバンドの禁じ手にしていたはずの日本語詞での表現をするうえでは、シャムキャッツやスカートなど先輩にあたるインディーバンドの歌詞に対するアプローチも参考にしたという。だが、Homecomingsの日本語詞では、彼ら自身がそれまで取り組んできた日本語にすると直接的になりそうな言葉を英語詞で間接的にする描写や、アメリカ青春映画に多く見られる「セリフや説明では言い表されていない部分こそが何かを語る」ような「隙間」や「ためらい」を重視した演出へのシンパシーが、大きく成功をしていたと思う。言いたいことはあるんだけど、「伝える」ということと「言葉ですべてを言い表す」はイコールじゃないし、「伝える」と「伝わる」も一緒じゃない。ときには「伝わらない」ことが何か真実を「伝えてしまう」ことだってあるだろう。そんな表現手法を、英語詞で活動しているうちに彼らは身につけていたし、もしかしたら作詞作曲を担当する福富/畳野のコンビ(彼らは石川県の高校時代からの同級生でもある)はもともと直感的に知っていたのかもしれない。
「Cakes」の楽曲的な面での成功は、単に映画『愛がなんだ』があったから生まれた曲というだけでなく、Homecomingsが日本語詞でのアルバム『WHALE LIVING』を経て発表したシングル曲というタイミングだったことも重要だ。僕にとっても、そして『愛がなんだ』にとってもキラーな一行は「うまく言えないのは 息を止めてしまうから」だと思っている。「うまく言えない」ことは残念でせつないけど、思いが強すぎて「息を止めてしまう」人のかっこわるさに宿る不思議な愛おしさも、僕らは否定できない。考えてみるまでもない。「うまく言えない」ことが、この世界のあらゆる文学も絵画も映画も、そしてポップミュージックも生み出してきたんだよ。(松永良平)