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BUCK-TICK、気高く瀟洒なステージによる饗宴 『ロクス・ソルスの獣たち』最終公演

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リアルサウンド

「しあわせに、しあわせに、しあわせに……」

 ラストの曲を歌い終えると、櫻井敦司(Vo)はそう優しく呟いてステージを去った。『ロクス・ソルスの獣たち』と銘打たれた2日間に渡る饗宴は、5月26日、ここに終演を迎えた。幕張メッセ国際展示場9~11ホールにて行われた大規模な本公演は、BUCK-TICKが孤高の存在であり、いかに気高く瀟洒なバンドであるかということを、これでもかというほどに見せつけられた夜だった——。

(関連:“バクチク現象”は今も続いているーー『BUCK-TICK 2018 TOUR No.0』追加公演を見て【写真】

 祭壇に祀られた鏡のような、ステージ後方中央に構えた大きな丸型のモニタースクリーン。映し出された森の奥深くへと誘われると、いつのまにか無機的な風景へと変わる。ステージ上ではメンバーがそれぞれの配置につき、最後に登場した漆黒の羽根を纏った櫻井が大きく手をかざすと「獣たちの夜」で宴は始まった。

 伸びた背筋でビシッと的確なビートを刻むヤガミ・トール(Dr)と堅実なプレイでボトムを支えていく樋口豊(Ba)が後方に悠然と構える。両翼には下手の今井寿(Gt)、上手の星野英彦(Gt)。外側に広がるギターのネックとともに鶴翼の陣形、これぞ“鶴舞う姿”のBUCK-TICKである。

 花道に躍り出る今井のロックギターのセオリーを無視したフレーズが炸裂する。一切ブレずに説得力のあるビートを紡ぐ樋口兄弟と、寡黙に斬れ味の鋭さを見せる星野がいるからこそ、この自由奔放でトリッキーなプレイが映えるのだ。そんな今井の奏でる獣の嘶きのようなギターに導かれながら「GUSTAVE」へと続く。

「ようこそ。……いらっしゃい。さぁ、パーティーを始めましょう。レディース&ジェントルマン。ウェルカム、ウェルカム、ウェルカム……」

 今井の空間系エフェクトを駆使した妖しい音色に乗せ、櫻井の一人芝居で始まった「Lullaby-Ⅲ」、そして「謝肉祭 -カーニバル-」ではマイクスタンドに這わせたベネチアンマスクを相手に、淫らに微睡んでいく。
 
 遡れば90年代、バンドブームに変わって、CMやドラマのタイアップやカラオケブームへと移り変わっていく日本の音楽シーンで、海外におけるオルタナティブロックの隆盛やデジタルミュージックの時流をいち早く嗅ぎとり、独自なものに昇華していたのが、BUCK-TICKだった。メインストリームとは遠い、飽くなき音楽探求の中で生み出されていく斬新極まりない新譜がリリースされるたびに驚愕し、得体の知れない衝撃を覚えたものだ。そうした90年代の楽曲が続いた中盤のセクションはまさに彼らの真骨頂というべきものだった。

 それは今井の奏でる「白鳥の湖」の旋律を模した逆回転ギターフレーズで始まった。イギリスのOn-U Soundを彷彿とさせる重苦しいダブの「キラメキの中で…」では、浮遊するギターと禍々しいボーカルがノイズの空間を咆哮する。そこから、ジャングルビートと滑るベースによって仄暗いトリップホップ「相変わらずの「アレ」のカタマリがのさばる反吐の底の吹き溜まり」へと、堕とされた。不可思議な文字列をボソボソと謳う今井と、スクリーンに映し出された水の中で不穏なメロディを妖艶に歌う櫻井。鮮やかな金魚と同じ真っ赤な口紅を引いた櫻井があたかも水槽の中に居る光景である。しかし、ほくそ笑みながらこちらを蔑むような表情に、閉じ込められているのは我々の方なのではないだろうか……、蠢くリズムと重低音に深く沈められながら、そんな不思議な感覚に見舞われた。

 打ち鳴らされる金属音のリズムとサイレンの如く鳴り響くけたたましいギターリフでオーディエンスを捲し立てていく「ICONOCLASM」。そして極めつけは反復するシーケンスと獰猛なリフの応酬、「タナトス」だ。怒涛のように音の洪水が押し寄せる破壊的なナンバーでありながら、どこか無慈悲で飄々と奏でる様が逆に狂気を感じさせる。いわゆる“キラーチューン”と呼ばれるような楽曲を淡々と悠揚迫らず演奏するバンドがBUCK-TICKの他にいるものか。ヘヴィなグルーヴやラウドなアンサンブルといった、普通のロックバンドが追い求めるようなベクトルには彼らが居ないことを改めて思い知らされる。

 音楽性も同様だ。前衛的とか先鋭的とか、はたまた実験的であるとか。そんな風に言われた楽曲と音楽であるが、あれから30年近く経った今でも印象はまったく変わらない。それは彼らが時代の先を行っていたというよりも、いつの時代も常に別次元に居たのだと、深く思うのである。あの頃の変わらぬままの誇り高き矜持は、デビュー30周年を迎えた2017年にリリースされた「BABEL」のダークで荘厳な響きとともに、その圧倒的な存在を以ってここに叩きつけられた。

 〈我は BABEL〉と高らかに、魅惑の低音ボイスを轟かせる孤高のバンドのフロントマン、まさに“魔王”というべき櫻井が、打って変わり優しく伸びやかで天鵞絨のような美声を聴かせた「Moon さよならを教えて」。月を仰ぐように、ステージ上の両脇に伸びた長い階段を今井と対になって腰掛ける。「Tight Rope」ではゆらゆらと両腕を揺らめかせ、綱渡りをしていくかのように歌い舞う美しい姿に会場が酔いしれた。

「次は、みなさんお馴染みのテレビのキャラクターでございます。ご縁があってエンディングテーマにしていただきました」

 櫻井の言葉に合わせるよう今井が『ゲゲゲの鬼太郎』の聴き慣れたフレーズを弾くと、突き刺すようなバイオリンの調べで始まった「RONDO」。ホログラムと3D音響を駆使したおどろおどろしい世界がくるくると廻る。

 悪魔、いや、獣のサーカス音楽隊というべき「DIABOLO」で宴は大団円を迎える。ギターを高めに構えた今井が、音階から外れていくような素っ頓狂なフレーズを奏でながら花道を闊歩する姿は道化師のようだ。

「ありがとう……またね」

 櫻井の艶めいた一人芝居で本編の幕は閉じた。

 アンコールは場内騒然となった客席側からの登場、センターステージにて披露されたアコースティックセットという誰もが予想していなかったものだった。BUCK-TICKにはアコースティックテイストを取り入れた楽曲は存在するものの、演奏形態として試みるのは初。しかも演奏されたのはアコースティックにはほど遠い「スズメバチ」。ノイジーなグラムロックナンバーを小粋なアレンジで小気味好くキメていく。豹柄のコートに赤髪の今井がアコースティックギターを掻き鳴らすシルエットは、いい意味でミスマッチ。プレイのみならずファッションでも奇抜な“ハズシ”でキメてくる彼らしい。「形而上 流星」はシンプルなアレンジが歌を際立たせ、まさに〈死ぬほど美しい〉情景を創り出した。

 今井の、久しぶりの一角獣の被り物に湧いたダブルアンコール。「さくら」で場内いっぱいに舞い散った花びら越しに崇高なBUCK-TICKの姿を見る。

「30年を迎えてみなさんに祝ってもらって31年目、まぁ、長いですね……。でもみなさんが楽しんで笑ってくれるんで、また次もいいもの作ろうなんていう気にさせてくれます」

 櫻井が感謝の意を述べると暖かい拍手に包まれた。最後の最後は「HEAVEN」。

「どうかみなさん、しあわせに、しあわせに、しあわせに……」

 楽曲が描く真っ白な世界をおおらかに歌い終えると、丁寧に三度、そう言い残し、ステージを去った。ギターのフィードバックノイズを置き去りにして。

 最新シングルから十数年ぶりに演奏された楽曲まで、新旧満遍なく組まれたセットリストであったものの、バンドを彩ってきた代表的なシングル曲や、ライブのテンションを一気に煽っていくような軽快なナンバーは1曲もなかった。一見、初心者に優しくない内容であるように思うが、それが実に彼ららしくもあり。媚びず流されず我関せず焉、BUCK-TICKというバンドの魅力を知るに相応しいものであるように思う。耽美で退廃的で妖艶で……なのに、なぜかキャッチーでもある。これがジャンル分け不可能、いや、不要か。これこそが、BUCK-TICKが他に例えようのないBUCK-TICKたる所以である。(冬将軍)