『腐女子、うっかりゲイに告る。』純と紗枝に芽生えた感情とは何だったのかーー各々の未来に進んだ最終回を観て
映画
ニュース
「僕をちゃんと見てくれて本当にありがとう」
純(金子大地)は、紗枝(藤野涼子)の瞳を見つめて、そう言った。それは「愛している」とか「大好き」だとはちょっと違うかもしれない。でもずっと孤独だった純にとっては、もしかしたらキスをすることよりも、セックスをすることよりもずっと特別で、かけがえのない感謝と愛の言葉だったような気がする。
『腐女子、うっかりゲイに告(コク)る。』(NHK総合)が最終回を迎えた。深い衝撃と慟哭に打ち震えた第5話、革命の熱狂に湧いた第7話に比べて、最終話はずっと穏やかで。でもそれは嵐が去った後の、眩しい光に満ちた朝日のようで。きっと多くの視聴者が、画面の中で生きる登場人物たちを慈しむように、祝福するように、その結末を噛みしめたことだろう。
「人間は、自分が理解出来るように世界を簡単にして分かったことにするものなのさ」
そんな鋭い投げかけとともに始まった本作は、一貫して他者を理解することを描き続けてきたように思う。ずっと誰にも理解されない苦しみを抱えていた純だけど、純もまた多くのことをよくわかってはいなかったし、わかろうともしていなかった。
たとえば幼なじみの亮平(小越優輝)。純が同性愛者であることを知っても、亮平は決して純を軽蔑したりはしなかった。ただひとつ亮平の中で揺れているものがあったとしたら、純が自分を恋愛対象として見ていたら、ということ。それも恋愛対象として見られることが不快なわけじゃない。自分はどこかで純を傷つけてしまっていたかもしれない、その無自覚さに亮平は心を痛めていた。
そして純は言う。「亮平のことは大好きだけど付き合いたいと思ったことは一度もない」と。その言葉に亮平は大喜びする。でもそれは自分が恋愛対象ではなかったことに安心したからではない。自分のことを純が「大好き」だと言ってくれたからだ。口が悪くてそっけない純は、そんなふうに気持ちを明かしたことなんてなかった。亮平にとってはゲイであることのカミングアウトよりも、「大好き」だと言ってくれることの方が、大切で、意味のある告白なんだ。そんなシンプルなことも、純はわかってはいなかった。
他者を理解することは難しい。ほとんど不可能と言っていいのかもしれない。それでも、他者と共に寄り添い生きていくためには、理解していくことを放棄してはいけない。そのためにできるたったひとつのことが、自分はどういう人間なのか、何が好きで、何を想い、何を考えているのか、伝え続けていくことだ。
誰より通じ合えたつもりでいたファーレンハイト(声・小野賢章)のことを本当にはわかっていなかったり。別の星の住民くらいにかけ離れていたように思えた小野(内藤秀一郎)が実はQUEENが好きという共通点でつながっていたり。人にはいろんな側面があって、自分に見えているものなんて、ほんの一部。世界を簡単にして理解したつもりでいたら、何も見えてはこない。摩擦を恐れず、空気抵抗を厭わず、踏み込んだから見えてくるものが、きっとある。だからこそ、面白いのだ、人と人が生きるということは。
それを純に教えてくれたのが、紗枝だったのだろう。紗枝はいつだって純をわかろうとしてくれた。そして自分のことを知ってもらうために、まっすぐぶつかってきてくれた。あのBL本の大量攻撃も、終業式での一大演説も、腐女子であることをひた隠しにしていた頃の紗枝なら考えられないこと。でも紗枝は伝えたかった。自分が傷ついてもいいから、純に伝えたかった。あなたが好きです、ということを。生まれてこなければ良かったなんてことはない、ということを。
純と紗枝の中に芽生えた感情は、恋とは違ったのかもしれない。確かに純は紗枝を抱くことはできなかった。でも「勃つ」とか「勃たない」とか、そんな世の中の普通に当てはめなくたっていいじゃない。たとえ世間のそれとは違ったとしても、確かにふたりの気持ちは結ばれていたと思いたい。
だって、あんなに暗い目をしていた純が、紗枝と出会ってから、よく笑うようになったから。それも、とびきり優しい笑顔を。ずっと受け入れられなかった自分を、紗枝のおかげで受け入れることができた。そんな相手、人生の中でそう出会えない。たとえ離れて暮らしても、どれだけ時間が流れても、お互いに特別な存在なんだと思う、純と紗枝は。
ラストシーン、純は新しい友達の前で何と自己紹介するつもりだったのだろう。あのあとに続く言葉が「ゲイです」でも「QUEENが好きです」でも、何でもいい。少なくとも彼が自分を偽らずに生きていけたら、それがいい。
そして、純がいつか本当に大好きな人と出会って、結ばれて、結婚式を挙げる日が来たら、そのときは紗枝がお祝いのスピーチをしてほしい。きっと紗枝のことだから腐女子ネタ満載のスピーチになるだろう。それを聞いて笑っている亮平がいて、呆れながら肩をすくめている小野がいて、母の陽子(安藤玉恵)が目を赤らめながら拍手をしている。どこか別の場所でマコト(谷原章介)も家族と幸せな時間を過ごしながら、純の幸せを願っているかもしれない。そんな未来を夢見たくなるほど、純たちと過ごした日々は、僕にとっても愛しい、愛しい時間だった。(文=横川良明)