“西島秀俊+エプロン”が救世主に!? 『きのう何食べた?』などで見せる癒し系へのシフトを振り返る
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令和の時代が始まり、世間が祝賀ムードに染まったのもつかの間。TVから流れてくるトップニュースは無情な殺傷事件や悲惨な交通事故、幼児虐待など、気の滅入る出来事ばかり。そんなときに気分転換のために見るドラマで暴力シーンなんて流してほしくない。もっと言えば、セクハラ、パワハラの場面も勘弁して。なんなら朝ドラで家族のいさかいが起こっているだけでも、しんどいから。
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仕事としてドラマ周りの取材をしている筆者でもそう感じるのだから、一般の視聴者はなおさらだろう。この4月クール、メンタルを削られた我々が安心して見られるドラマは、ダントツで『きのう何食べた?』(テレビ東京系)ではないかと思う。男性同士のカップルの日常を描くドラマと書けば異色作のようだけれど、弁護士のシロさん(西島秀俊)が日々の食事を手作りしながら恋人のケンジ(内野聖陽)と共につつましく暮らす様子は、ひたすら尊い。シロさんはロマンチストのケンジに冷たい態度を取るが、指輪をプレゼントするなど、最終的には彼の望みを叶えてあげている。そんなツンデレぶりがクスッと笑えるし、癒やされるので、毎週金曜の深夜にこのドラマを見ている人も多かったのではないだろうか。
令和元年のお疲れ気味の視聴者に笑いと癒やしを提供している西島秀俊。彼の俳優としてのキャリアは27年にも及ぶ。北野武や黒沢清、外国人監督とも組んできたフィルモグラフィーを簡単にひとまとめにすることはできないし、テレビドラマでも朝ドラや大河ドラマをはじめ、多彩なジャンルの作品に出演している。ただ、ひとつのイメージが強かった時期と言えば、2010年代に入ってから。『チーム・バチスタ2 ジェネラル・ルージュの凱旋』(関西テレビ/フジテレビ系)で再注目された後、『ストロベリーナイト』(フジテレビ系)で刑事の菊田を演じ、『ダブルフェイス』(TBS系/WOWOW)、『MOZU』(TBS系/WOWOW)、『CRISIS 公安機動捜査隊特捜班』(関西テレビ/フジテレビ系)と続けてハードボイルドなサスペンスに出演した。当時は視聴者の間にも「西島秀俊と言えば、刑事か公安」というイメージが定着していたもの。
ところが、今は「西島秀俊と言えばエプロン」である。2013年ごろからCMでエプロン姿の主夫に扮していたが、公安路線からエプロン路線にはっきりと切り替わったのは2017年のドラマ『ブランケット・キャッツ』(NHK)だろう。演じたのは7匹の猫と暮らす家具職人で、つっけんどんで無愛想ではあるけれど、人の好さが透けて見えていた。今年1月クールの『メゾン・ド・ポリス』(TBS系)では、定年退職した警察官が共同で暮らすシェアハウスの雑用係・夏目を演じた。夏目は元警視庁一課のやり手刑事で、まだ若いのに退職したのはいかにも訳あり。新人刑事のひより(高畑充希)に協力して捜査をするときも非情な一面を見せる。しかし、シェアハウスでは掃除などをするのでエプロンを着用。まさに公安テイストと主夫テイストがミックスされた絶妙なキャラクターだった。
そして、毎回、自宅でごはん作りをする『きのう何食べた?』でも当然、エプロン着用である。いったい【西島秀俊+エプロン】という図には、どんな魔力があるのだろう。もともとのイメージが公安だからこそ、エプロンを付けているとギャップが出て、“エモさ”が発生する。そういうことだろうか。『メゾン・ド・ポリス』の公式サイトのインタビューでは、西島本人が「どんなに強いことを言っても、エプロン姿という(笑)。柔らかく見えるというのは演じる上では助かることもありますけど(笑)」と語っている。この「柔らかく見える」ことこそがポイントで、公安路線ではしんどくて見ない視聴者も、エプロン路線では安心して見てくれるのだろう。
そして、映画『名探偵ピカチュウ』(日本語吹き替え版)でピカチュウを演じたところで、 西島秀俊が発する“エモさ”がピークに達した感がある。CGになったピカチュウはモッフモフの黄色い毛並みで、顔をクシャっと歪めるときもキュートな、まさに生きたぬいぐるみ。だが、「おっさんで名探偵」というキャッチコピーがあるとおり、中身はおじさん。図々しく、自信過剰で情けない。女子にあごをなでられて「オオオ、気持ちいい」と声を震わせるなど、「俺は真実を知りたいだけだ!」と叫んでいた公安路線のクールなイメージと比べれば「ここまでやるか」と驚くほどのギャップ。しかし、この吹き替えキャストは、モテ要素のない完全なるおじさんだったら、成功しなかっただろう。年齢的にはおじさんだがかっこよくて愛嬌のある西島秀俊が演じるから、そのイメージがプラスされて、かわいい!と騒いでもらえるのだ。
映画の最新作『空母いぶき』では、信念を貫く艦長役。秋公開の『任侠学園』では暴力団の幹部を演じるが、そこでも強面な顔だけではなくソフトな笑顔も見せる。ツンデレキャラがハマり、はにかんだ笑顔で魅了する、そんな在り方が、海外の俳優に例えるなら、35歳を過ぎてから世界的にブレイクし50歳で米アカデミー賞を獲得した英国人俳優コリン・ファースのようだ。年齢を重ねても、いや、むしろ年を取れば取るほど「かわいい」と言われて愛される。それは演技だけではどうにもならない、天性のものだろう。4月クールのドラマでは、彼と年齢の近い俳優が“いいひと”を演じているが、なりきれていないのを見ても、西島秀俊のような人は他にはいないことを実感する。主演作がこれだけ続いているのも納得。つまり、彼が付けるエプロンは、“いいひと”コスプレをするために取って付けたものではなく、もともと彼が持っていたものなのだ。(小田慶子)