しゅーず×みきとPが歌い手/ボカロ曲の可能性を広げる? 「Highway Lover」から分析
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洗練されたサウンド、洋楽を意識したメロディ、都市で生きる人々の心象風景を描く歌詞。1980年代に流行したシティポップと呼ばれるポップスは、現在の日本の音楽シーンにおいても欠かせないジャンルの一つだ。2016年、ホンダCMに起用されたSuchmosの「STAY TUNE」のブレイクを機に、NulbarichやAwesome City Clubなどが、シティポップを現代的にアップデートして裾野を広げている中、ボカロ曲でも興味深い作品が登場している。本稿では、2019年5月31日にYouTubeにて公開された、歌い手・しゅーずの楽曲「Highway Lover」を紹介したい。
2009年10月3日、ニコニコ動画に投稿した「【歌ってみた】Ocean【しゅーず】」をきっかけに歌い手活動を始めたしゅーずは、「虎視眈々」「威風堂々」のようなセンシュアルなボカロ曲を中心に、バラードやジャジーな楽曲を妖艶に歌い上げる歌い手だ。そんなしゅーずが歌う、都会で生きる男女の報われない関係性をテーマとした「Highway Lover」は、2019年8月7日にリリースする、しゅーずの3rdアルバム『DEEPEST』収録曲としてボカロP・みきとPが書き下ろした楽曲だ。YouTubeの個人アカウントで、しゅーずは自身による初めての実写版MVを、みきとPはボーカロイド・巡音ルカが歌唱するボカロ版MVを公開している。しゅーずが、自身のアルバムへの書き下ろしをみきとPに依頼するようになったのは、2017年5月17日にリリースした2ndアルバム『Shoose Case』に収録されているアーバンかつアダルトなナンバー「セカンド・キス」からであり、「セカンド・キス」の世界観を踏襲したのが、「Highway Lover」なのだそう。なお、「セカンド・キス」の際にもしゅーずの歌唱版とあわせて巡音ルカが歌唱するボカロ版の公開が行われていた。
「セカンド・キス」同様に、リアルな筆致で女性を描くデジタルアーティスト・watabokuによるイラストを使用した「Highway Lover」のボカロ版MVは、イラスト、ボーカルともに「セカンド・キス」の発展形と見て取れる。夜のハイウェイを走るタクシーの後部座席に座った、コケティッシュな女性が見つめる先には、みきとPが実際にwatabokuと首都高を走りながら撮影したという映像が流れ、ボーカルを滑らかに、人間の肉声へと近づけることで、女性を一層、現実的な存在と化す。間違いなく、二次元と三次元の世界の融合が実現している。そこで、鮮明になったのは、ボーカルを”ボーカロイド”と表現するよりも、巡音ルカという一人の”女性の声”と表現した方が腑に落ちるということだ。リアルな筆致で描いた女性に、肉声に近い声を吹き込んだMVは、ボーカロイドの声に違和感を覚えなくなるような新時代の到来すら感じさせる。
また、「セカンド・キス」にも共通することではあるが、巡音ルカが歌唱するボカロ版は女性視点に、しゅーずの歌唱版は男性視点の楽曲にそれぞれ聴こえてくるのも興味深い。しゅーずの「Highway Lover」MVでは本人のシルエットが可視化されていることはもとより、しゅーずが女性を意識した歌い方に変えることなく、深みのあるセクシーな地声を活かしながら歌っていることが大きく影響しているのかもしれない。それは、ラップ調に進むAメロで顕著に表れている。“イケボ”とも評される声質を活かしたボーカルワークと艶麗な女性のイラストが相まって、しゅーずの個性が表現されているのだ。みきとPが、センスの高さを見せつけるアーバンなポップスをしゅーずに書き下ろしたのは、必然のことなのだろう。
しゅーずは、2ndアルバム『Shoose Case』の初回限定盤に、靴下屋の店主に扮したオリジナルシチュエーションドラマCDを同梱するなど、声優の如く声の魅力を活かした活動も行っている。しゅーずのように、個性を確立した歌い手の数だけ、ボカロPによる楽曲の表現幅も広がっていくに違いない。(小町 碧音)