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芦田愛菜が担うナビゲーターの重要性 観客を未知の世界へと誘う『海獣の子供』の挑戦

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リアルサウンド

 夏休みに向けて公開されるアニメーション映画は、その年を代表するような勝負作が並びます。かつてはスタジオジブリをはじめとして、興行収入100億円越えを狙ってくるような作品が集まっていました。今年は偶然かもしれませんが“水”を題材にした魅力的な作品が並びました。夏を意識したのか、『天気の子』も予告編で雨が印象的に使われていますし、『きみと、波にのれたら』も海を舞台にした作品です。アニメーションで様々な水の表現を見比べることができることになりました。

参考:『海獣の子供』なぜ賛否を巻き起こす結果に? 作品のテーマやアニメーション表現から考察

 そういった視点で観ると、『海獣の子供』の水の表現は、海や水そのものをリアルに描写するのではなく、描き手の心を通して表現されているなと感じました。それがとてもSTUDIO 4℃らしいと言いますか、代表作『鉄コン筋クリート』のように、独特のアングルで魅せてくれます。松本大洋さんや五十嵐大介さんの漫画の止まった絵だからこそ成立している美しいものを、動いていても成立させる描写力がありました。

 まず私が驚いたのは、琉花が職員室で先生と話をするシーンです。この場面では、画面に埃を映しているんです。太陽の光が入ってくる加減と扇風機を回すことで、琉花の髪が揺れ、それだけでなく埃が空中に舞っています。その人間と道具以外の、そこにあるもの全ての動きが琉花の感情を表現していました。この映画のテーマのひとつである「生命」を、人間や動物、魚などだけではなく、映るものすべてにエネルギーが宿るように描いています。

 上映時間は111分ですが体感時間としては、90分弱のような、または120分を超えているかのようでした。例えば、プールや海に行って泳いでいたら、すぐに1時間の休憩の笛の音が聞こえたり、あっという間に陽が落ちて肌寒くなったりと、時計が刻む時間ではなく、水の温度や太陽の高さと共に感じる時間があると思うんです。この映画でも、多くのシーンが水の中が舞台となっているせいか、地上から見ているのとは違う時間の流れがあります。

 映画の始まりから、主人公の少女・琉花が歩くシーンが執拗に長く映されます。冒頭でも家を出てから学校に歩いて行くまでの姿を丁寧に描かれていました。歩いたり走ったりという「アクション」を見せ場にしているかのようです。その後、琉花が地面のない、水の中へと行くことへの対比となっていて、「ここ」とは異なる重力を観客に意識させていると思いました。

 本作は物語よりも感覚に重きが置かれています。“感じる”映画の難しいところは、観客が置いてけぼりになりがちなことです。例えば、『鉄コン筋クリート』は、クロとシロという少年が主人公なんですが、観客がその2人に感情移入がしやすいかというと、そうではありません。それよりも舞台となる町やそこで生きる2人と住人たちの生き方を観察する、世界観を楽しむ作品だったと思います。それが原作者、松本大洋さんの素晴らしさだったし、映画でも見事に活かされていました。

 私にとって90-00年代の刺激的な映画はまさにそういうものだったんです。起承転結で完結するでもなく、主人公の明確な成長を描くのでもなく、映画を通して「世界」を問うような作品がミニシアターという場で、ひそひそと集まった観客たちとで共有するような時代でした。当時はそういう映画に対して「分かりにくい」という批判もありましたが、絶対的に支持する観客はある一定数いたし、観客の側も「分からなくても観る(ブームに付いていく)」という意識があったと思います。『鉄コン筋クリート』は06年の公開ですが、アニメーションでそんなことに挑戦している、という印象が強く残っています。

 あれから12年が過ぎ、映画の状況も大きく変わりましたが、『海獣の子供』は挑戦的な姿勢を崩さない一方で、芦田愛菜さんがキャスティングされていることが重要だと思いました。先ほども述べたように芦田さん演じる琉花は地に足がついている少女として描かれていますが、近年の受験の成功といった本人のイメージが相まって、とても浮世離れしていない、しっかりとした存在として映るのです。

 本作の肝となる不思議な兄弟、海と空が現れると、作品の世界観が一気に広がりますが、その時、観客に寄り添っているのが、芦田さんの声でした。彼女が異世界に触れ、驚き、感動していることがちゃんと分かるから、私たちは置いてけぼりにされません。絵だけを見ると少女も少年たちも同じようなタッチで描かれていますが、声に関しては明確に差をつけています。極めて現実的な琉花と対比させるかのように、海と空の声は浮世離れしています。『鉄コン筋クリート』は観客をただただ圧倒させる映画で、あの時代だからこそ作れた作品だったと思いますが、本作は芦田さんがスクリーンと観客の間を繋ぎ、ナビゲーターのような役割を担ってくれています。私は改めて芦田さんは「引っ張る」役者なんだな、と実感しました。

 少女は世界に触れるかのような壮大な体験をした後、ちょっとした(だけど大切な)成長を見せてくれます。その時、私は大きな円の中にいたかのような気持ちになりました。きっと見返す度に、発見のある作品だと思います。私の感想も数年後にはまた違ったものになりそうです。それこそが本作の大きな特徴なのでしょう。

(構成=安田周平)

■松江哲明
1977年、東京生まれの“ドキュメンタリー監督”。99年、日本映画学校卒業制作として監督した『あんにょんキムチ』が文化庁優秀映画賞などを受賞。その後、『童貞。をプロデュース』『あんにょん由美香』など話題作を次々と発表。ミュージシャン前野健太を撮影した2作品『ライブテープ』『トーキョードリフター』や高次脳機能障害を負ったディジュリドゥ奏者、GOMAを描いたドキュメンタリー映画『フラッシュバックメモリーズ3D』も高い評価を得る。2015年にはテレビ東京系ドラマ『山田孝之の東京都北区赤羽』、2017年には『山田孝之のカンヌ映画祭』の監督を山下敦弘とともに務める。最新作はテレビ東京系ドラマ『このマンガがすごい!』。