『きのう何食べた?』が描く、生活としての恋愛と見えない壁 シロさん&ケンジが“尊い”理由
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西島秀俊と内野聖陽がダブル主演を務めるドラマ『きのう何食べた?』(テレビ東京系列)が“尊い”。
都内・2LDKの部屋に暮らす40代の男性ふたり。ひとりは小さな法律事務所で働く弁護士・筧史朗(西島)。もうひとりは美容師の矢吹賢二(内野)。シロさんこと史朗は、近所の安売りスーパーでお得な材料を買ってふたり分の夕食を作り、ひと月の食費を2万5千円に抑えることを喜びとしている。そのため、近所に住む主婦の佳代子さん(田中美佐子)と食材をシェアするのも忘れない。
一方のケンジは指名客を抱えるベテラン美容師で、職場での悩みは店長・三宅(マキタスポーツ)の浮気。三宅は店の顧客と関係を持ち、そのことに彼の娘や妻も気づいているらしい。サロン内の微妙な空気にケンジの胃は痛む。
『きのう何食べた?』では、恋人であるシロさんとケンジを軸に、ふたりの職場関係者や共通の友人、家族などのエピソードがやわらかな空気とともに描かれる。そこでは交換殺人はもちろん、不治の病や企業乗っ取りといった大きな“事件”は起こらない。『何食べ』で展開するのは誰もが過ごす日々の風景と、毎回必ず出てくる料理と食事の時間だ。
その何気ないふたりの日常が私たちの心に刺さるのはなぜだろう。
ここで思いだして欲しい2作のドラマがある。1作は昨年、テレビ朝日系列で放送され、社会現象ともなった『おっさんずラブ』。そしてもう1作は先日までNHKのよるドラ枠でオンエアされていた『腐女子、うっかりゲイに告(コク)る。』。
『おっさんずラブ』で描かれたのは、究極のファンタジー。不動産会社勤務のごく普通の30代男性・春田(田中圭)が、ある日突然、部長の黒澤(吉田鋼太郎)に“告白”され、同僚・牧(林遣都)や上司・武川(眞島秀和)もふたりの恋愛バトルに参戦。その様子を誰も不思議に思わないどころか、黒澤の妻(大塚寧々)は、離婚してまで男たちの恋愛を応援しようとする。
その『おっさんずラブ』の対極にあるのが『腐女子、うっかりゲイに告(コク)る。』。ドラマの冒頭が高校生の純(金子大地)と40代男性・佐々木(谷原章介)のベッドシーンという、NHKの攻めの姿勢が見て取れたこの作品では、自身がゲイなのを自覚しながら、そのことを受け容れきれない10代の苦しみや葛藤が切々と描かれていた。
究極のファンタジーと、思春期から青年期の切実で痛みに満ちたリアルな青春。対極でありながら、この2作に共通するのは「恋愛が生活ではなく非日常であること」だ。
『おっさんずラブ』は登場人物たちがつねにフルスロットル。パラレルワールドかと錯覚するレベルの世界を皆がわちゃわちゃと駆け抜けていく。また、『腐女子~』の主人公・純と既婚者・佐々木との関係もどこか非日常的にうつる(その真剣さや痛みは別として)。
かわって『きのう何食べた?』のシロさんとケンジの場合、恋愛=生活である。ハーゲンダッツの値段、まな板の使い方、洗い物の順番、深夜に食べるバナナケーキ……共に過ごす日常を積み重ねることで、次第にふたりの関係も深まっていく。
生活を共にする中で恋愛モードを継続させるのはそれなりにしんどい。恋愛という行為自体がもともと非日常的なもので、言ってみれば脳内に特殊な物質が分泌されるトランス状態だからだ。
だが、『何食べ』のシロさんとケンジは恋愛と生活とを自然な形で両立させている。一歩間違えればふたりの関係がすぐに終わってしまうと互いに理解しながら“共に食べる”ことを生活の中心に置き、日々を大切に生きる。その姿が“尊い”。
そして、まだ社会的にはその形が100%容認されてはいないふたりの関係に深く絡んでくるのが家族……特に親とのアレコレである。ドラマにたびたび登場する史朗の両親、特に母・久栄(梶芽衣子)は手ごわい相手だ。
久栄の手ごわさはゲイである史朗を否定するのではなく「大丈夫、私は分かっている」と、違う方向に走り出してしまうこと。彼女はドラマの冒頭でシロさんに対し、電話越しにこう語る。「史朗さんが同性愛者でも犯罪者でも受け容れる覚悟はできている」と。これはダメだ。息子をかばい、受け容れているというテイで、じつは無自覚に同性愛を犯罪と同化している。その無意識による刃(やいば)は、社会が彼らに向ける刃そのものである。
第8話でケンジの友人、テツさんこと本田鉄郎(菅原大吉)と、ヨシくんこと長島義之(正名僕蔵)が登場した際には、テツさんが訥々と「自分の両親に財産はビタ一文渡したくない」と言い切り、彼の穏やかな口調の奥に肉親との激しい葛藤が見て取れた。
人間が生きる上での根源的行為=“食べる”ことを物語の芯に置き、ふたりの穏やかな日常と、そこに立ちはだかる見えない壁とをリアルに描く『きのう何食べた?』。確かに視聴率は3%台と高くはないが、テレビ東京の見逃し配信ページでは、同局として過去最高の再生数を誇っている。これは、視聴者がながら見をするのでなく、じっくり作品と向き合いたいという現れだろう。
と、考察めいたことも書いてきたが、それらを抜きにしても、シロさんとケンジの食事シーンを見ると心があたたかい気持ちで満たされる。じつは『何食べ』の1番の尊さは、ふたりが食卓を囲む時の幸せオーラに満ちたあの笑顔にあるのかもしれない。(文=上村由紀子)