マ・ドンソク祭りの幕開け! 『無双の鉄拳』は“ヴァイオレンス・ファンタジー欲”を満たす快作だ
映画
ニュース
かつて闇社会で「雄牛」の異名で恐れられた男がいた。その二本の剛腕は万物を粉砕し、標的を仕留めるためなら常識を軽々と無視して突き進む。一度キレたら誰にも止めらない。大きく、太い。まさに猛牛の如き男。しかし、あるとき彼は運命の女と出会い、その巨大な暴力を封印した。かつての雄牛は人生の伴侶と共に、平凡な夫婦として小さな幸せを追って生きている。そんな夫婦を(よせばいいのに)ヤクザの魔手が襲う。ヤクザは男から(よせばいいのに)最愛の妻を奪い、(よせばいいのに)金を送り付けて「これで奥さんを売れよ」と挑発する。そして、男はキレた。その男、ドンチョル(マ・ドンソク)は、その巨体に宿した雄牛の暴力を解放する!
新たなストレスフリー映画の快作が登場だ。私を含む多くの一般人は普段の生活の中で、腕力の足りなさを実感する場面が多いだろう。重いものを運ぶとき、嫌な人と出会ったとき、理不尽な目にあったとき……「もしも拳一つで問題を解決できたら?」男女を問わず、誰もが一度は考えるのではないか。もちろん現実の暴力は良くない。違法行為だ。しかしフィクションの中で憂さを晴らすのは合法である。こうしたヴァイオレンス・ファンタジーを求める声があるからこそ、私たちは2メートルくらいある悪漢を一方的にボコボコにするロック様ことドウェイン・ジョンソンに喝采を送り、特殊部隊が警護する病院を1人で破壊するジェイソン・ステイサムに拍手するのだ。
本作『無双の鉄拳』(2018年)も、こうしたヴァイオレンス・ファンタジーの受け皿となる作品だ。主人公は妻を誘拐されるが、持ち前の圧倒的な腕力と常軌を逸した行動力で妻の奪還へと猛進してゆく。大まかなストーリーは、いわば暴力わらしべ長者。1をボコボコにすれば2に辿り着き、2をボコボコにすれば3へ進み……こうしてゴールまで向かうわけだ。立ち塞がる諸問題(地下カジノでヤクザ軍団に囲まれるなど)に対して、普通なら「それは無理では?」となりそうな無茶苦茶な解決策が次々と提示されるのだが、そこは主役を演じる俳優のパワーで乗り切っている。何せ本作の主役は全世界が納得する上腕二頭筋を持つ男マ・ドンソクなのだ。劇中、ドンソクの剛腕でヤクザ集団が3つくらい秒で壊滅するのだが、そりゃこんなガタイの人に勝てるわけないよと納得するしかない。基本的に雑魚ヤクザはドンソクのパンチ一発で失神KO。2~3人では勝負にならない無双ぶりで、英語タイトルの「Unstoppable」に偽りなし。途中『ジュラシック・パーク』(1993年)へのオマージュと言うか、ドンソクを恐竜か怪獣として捉える名シーンも見事だ。もちろん敵対するヤクザもやられっ放しではない。ドンソクに対抗して、スピーディーな蹴りで襲い来るキッカー・ヤクザ、ドンソク以上のガタイを持つビッグ・ヤクザといった秘密兵器を投入してくる(こうしたバラエティに富んだ「ボス戦」もあるので、パンチ一辺倒のアクションではないのでご安心を)。こうした強敵たちにはドンソクも苦戦を強いられるのだが、そこを気合い一発、腕力一発でひっくり返すのもこれまた爽快。特にビッグ・ヤクザへのフィニッシュ技は絶句ものだ。
……と、ここまでドンソクの暴れっぷりだけを書いてしまったが、非暴力の日常パートも魅力的である。特にドンチョルの妻ジス(ソン・ジヒョ)のキャラクターが良い塩梅だ。日々の生活に追われ、ドンソク演じるドンチョルにもけっこう厳しく当たる。やや間の抜けたドンチョルに時に呆れ、時に怒る。本気で怒る。この関係性の描き方が絶妙で、ジヒョに正論で怒られるとき、あのドンソクが小さく見えるのだ。これはドンチョルの「雄牛」としての覚醒を際立たせるのに一役買っているといえるだろう。そんなふうに本気でケンカをすることもあるが、それでも根底ではお互いに深い信頼で結ばれている。まさに理想の夫婦だろう。こうした応援したくなる夫婦像を見せてくれるからこそ、我々は遠慮なくヴァイオレンス・ファンタジーをドンソクの背に見ることができるのだ。ちなみに敵は名作『アジョシ』(2010年)の極悪兄弟の弟で有名なキム・ソンオ。安心安定の外道っぷりで、これまた映画を盛り上げてくれている。
本作はマ・ドンソクの豪快なアクション、ドンソクを含む俳優らの好演で、観客のヴァイオレンス・ファンタジー欲を十分に満たしてくれる映画に仕上がっている。ちなみに今年はマ・ドンソクの当たり年であり、近くドンソク演じる元ボクシングチャンピオンの体育教師(どんな教師だ)が生徒のために陰謀に立ち向かう『守護教師』(2018年)、そして大ヒット作の続編『神と共に 第二章:因と縁』(2018年)が相次いで公開される。これからドンソク祭りが起きることは必至だろう。本作はその先陣に相応しい。見終わったあと日頃のストレスが消え、軽くなった肩で風を切りたくなるような、心なしか自分が強くなったような気になる1本だ。(文=加藤よしき)