ベルリン最高賞「シノニムズ」日本初上映、監督が語る素っ裸の男に託した思い
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「シノニムズ」
第69回ベルリン国際映画祭で最高賞に当たる金熊賞に輝いた「シノニムズ」が、本日6月23日にフランス映画祭2019 横浜で日本初上映。イスラエル出身の監督ナダヴ・ラピドが、神奈川・イオンシネマみなとみらいで行われたQ&Aに出席した。
フランスを衝動的に訪れたイスラエル人・ヨアヴが、自国を捨てパリで暮らしながら帰化しようともがく姿を描いた本作。本人が「かなり自伝的な要素が多い」と語るように、映画にはラピドの実体験が色濃く反映されている。テルアビブ大学で哲学を学んだのち3年半にわたって国境付近におけるハードな兵役生活を送ったというラピド。「イスラエル人の多くがそうであるように、その後は何事もなかったように普通の生活に戻りました」と当時を述懐し、「1年経った頃のある日、自分の魂を救うためにはイスラエルを去り2度と戻るべきでないのでは、という衝動に駆られました」と明かす。
その10日後にラピドはフランスに降り立ち、具体的なプランもないままパリで暮らし始めた。「ヘブライ語はしゃべらないと決め、イスラエル人の自分は死んだものとして、フランス人になるという思いで2年半パリで暮らしました。とても不思議な生活で、とにかく生き残るのに必死。ヨアヴと同じようにフランス語を覚え、いろんなアルバイトを経験しました」と映画のもとになった経験を語る。
その後イスラエルに戻り、サム・スピーゲル映画テレビ学校で映画制作を学んだラピド。本作を作ったきっかけについては「イスラエルという国に疑問を持ち、自問自答が足りないと思ったから」と説明する。映画に登場する大使館警備員の人物像に触れながら「自分を取り巻く環境、自分が住んでいる場所の問題点を指摘するのは極めて自然なこと。しかし、彼らは自分たちは自分、他国の人々は敵であるという単純な二分化をしてしまっている。決してイスラエルを批判して解決策をもたらす映画ではありませんが、精神的に国家に対して何も疑問を持たない現状に警鐘を鳴らしているつもりです」と話した。
映画は、イスラエルだけでなくフランスという国の価値観にも疑問を投げかける。ラピドは、ヨアヴが帰化を目的にほかの移民と一緒に社会教育を受けるシーンに触れ「自由、平等、博愛といったフランスの価値観こそが、もっともユニバーサルで正しいものと思い込んでいるフランス人を皮肉的に描いています。これまで持っていた価値観を捨ててフランスに染まれば、社会は移民の人々を受け入れるのか。フランスが掲げる理想の矛盾を突いているんです」とコメントした。
映画は冬のパリに到着したばかりのヨアヴが空き家のシャワーを借りている際、衣服を含め持ち物すべてを盗まれるシーンから幕開け。周囲に助けを求める素っ裸のヨアヴが、最終的にバスタブで凍え死んだかのように見える描写について、ラピドは「イスラエル人であることをやめた1人の男が、一切のものを取り払う。その後、典型的なフランス人カップルに助けられて素敵なベッドの上で目を覚ます。これまでの地獄から、思い描いた天国に新たに生まれ変わったことを象徴的に描きました」と解説。そして「彼が自殺を図ったかのようにも、これまでを断ち切りたいがために衝動的な行動をとったようにも見えます。アイデンティティを捨てた彼の極端な変化を冒頭で描くことが必要でした」と付け加えた。
「シノニムズ」の日本公開は現状未定。トム・メルシエール、カンタン・ドルメール、ルイーズ・シュヴィヨットがキャストに名を連ねている。
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