稲垣吾郎の声に酔いしれるチャンス到来 『クリムト展』音声ガイド、13年ぶり声優業の挑戦
音楽
ニュース
2019年は、稲垣吾郎の声に酔いしれるチャンスが豊富だ。まずは、東京・東京都美術館(4月23日~7月10日)、愛知・豊田市美術館(7月23日~10月14日)で開催される『クリムト展 ウィーンと日本1900』。スペシャルサポーターに就任した稲垣は、初の音声ガイドに挑戦している(参照:【クリムト展】 スペシャルサポーター稲垣吾郎さんからメッセージ!)。
(参考:稲垣吾郎、ソロ曲「SUZUNARI」は半生を表す集大成に? MVを観て感じたこと)
稲垣とクリムトは、ベートーヴェンというキーワードで繋がっている。今回のクリムト展では、ベートーヴェンの第9に着想を得て制作された34メートルの壁画「ベートーヴェン・フリーズ」の原寸大複製が展示されている。一方、稲垣は舞台『No.9-不滅の旋律-』でベートーヴェン役を演じ、再演を前に昨年春ウィーンに訪問。その際、クリムトの作品を鑑賞したのだ。実体験が伴うと、人の声には説得力が増す。
また、言わずもがな稲垣の落ち着いたトーンの語り口は、クラシックな空間との相性がいい。なめらかな声色で、軽やかな聞き心地。それでいて脳内で甘味を感じながら、ほんのり渋みが広がっていく。稲垣の声を形容しようとすると、なぜか彼の好きな赤ワインを彷彿としてしまう言葉が並ぶ。これほど甘美な声を持ちながら、これまで音声ガイドを手がけたことがなかったというのは驚くばかり。
そして、もうひとつ驚いたのが、現在公開中の映画『海獣の子供』で、声優に挑んだのが実に13年ぶりだということだ。本作は、周囲に思いをうまく伝えることのできない14歳の少女・琉花を主人公に、ジュゴンに育てられたという少年・海(うみ)と空(そら)との出会い、そして海を舞台に繰り広げられる不思議な“ひと夏”を描く体感型ムービー。
物語のテーマは、「生命の神秘」「命の誕生」「宇宙」…… と言葉にしてしまうと、ひどく壮大に感じられるが、 誰もが考える「自分とはどこから来て、どこに行くのか」という身近なもの。14歳という子供でも大人でもない、あるいは子供でも大人でもある思春期。誰もが自我の目覚めとともに、自分が何者なのかを考えたことがあるはずだ。自分と世界とを区切る境界線に戸惑い、繊細に傷つき、全力で生きるなかで見えてくる、言葉にならない何かを感じ取ることを楽しむ作品だ。
『鉄コン筋クリート』『ムタフカズ』のSTUDIO4℃らしい躍動感溢れる映像美、そして久石譲による幻想的な音楽、米津玄師による主題歌……と、各界の才能が集結。声優陣も主人公の琉花を芦田愛菜が、琉花の母親・加奈子を蒼井優が演じるなど、豪華キャストで話題だ。稲垣が演じたのは、琉花の父親・正明役。
本編を見る際には、“稲垣吾郎が演じている正明”と意識していたにも関わらず、登場した稲垣の声は、肩透かしを食らうほど自然に登場人物の中に溶け込んでいた。だが、やはりその奥に耳をすませば、たしかに稲垣の持つ甘さと渋さを見つけることができる。
声優としてのブランクを感じさせることのない演技は、もしかしたら正明のキャラクターが、どこか稲垣自身に投影できるからかもしれない。水族館に勤務し、妻と娘と別居中の正明は、久しぶりに会った家族にも、おびただしい数の深海魚が打ち上げられた風景を前にしても、娘がなかなか帰ってこなくても、うろたえることはない。
バタバタするのを嫌い、非効率的な状況にイラチ(イライラ)する、そんな稲垣と重なって見えた。日ごろから稲垣が纏う、そのフラットな姿勢が世間一般的な生活感を薄め、ファンタジー作品のキャラクターとの相性がよかったのではないだろうか。
奇しくも、稲垣がSMAPとしてデビューしたのが14歳のとき。主人公・琉花が海の中で宇宙を感じたのと同じ年に、芸能界という世界に飛び込んだのだ。思ったことがうまく伝わらないことも、大きな渦に飲み込まれそうになりながら、自分が何者かをもがいたのではないか……と、琉花と稲垣少年を重ねて想像するのも、鑑賞後のもう一つの楽しみ方かもしれない。
ベートーヴェンとクリムト、『海獣の子供』と14歳のデビュー……そんなふうに作品と人生の出来事とがリンクしてしまうのは、国民的スターならではの引きの強さなのか。それとも、 何か不思議な力がはたらいているからなのか。そんな答えのない問いを、稲垣の声を聞きながら思いを馳せてみる“ひと夏”もまた、おつではないだろうか。
(佐藤結衣)