プラッド、アンソニー・ネイプルズ、マトモス……小野島大が選ぶエレクトロニックな新譜12選
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2カ月のご無沙汰でした。今回もエレクトロニックな新譜からお届けします。
マイアミ生まれ、ニューヨーク拠点のDJ/プロデューサー、アンソニー・ネイプルズ(Anthony Naples)の3作目『Fog FM』 (自身がデザイナーのJenny Slatteryが設立した<Incienso>と、2018年に始動した自身のセルフレーベル<ANS>とのダブルネームでリリース>)は、アメリカのディープハウス〜テックハウスをリードする若き鬼才の本領を発揮した素晴らしい傑作です。これまで以上にフロア対応のグルービーなダンストラック中心の作りで、緻密な上モノ、デリケートなエフェクト、音色の練り込みと録音のバランスの良さ、鳴りの良さも特筆もの。ダンスミュージックの快楽をとことん味あわせてくれる逸品の登場。間違いなく彼の最高傑作でしょう。
ベルリンのトリオ、ブラント・ブラウアー・フリック(Brandt Brauer Frick)の3年ぶり5作目となる作品『Echo』(Because Music)。いわゆるクリック〜マイクロハウス的なミニマルテクノとドラム、クラシカルなストリングス、ピアノ、ハープ、ホーンといった生楽器を絡ませたオーガニックテクノ、あるいはモダンチェンバーエレクトロニカとも言うべき、とてもユニークな音楽をやっています。前作『JOY』はボーカリストとの全面コラボでしたが、今作はインスト中心。スティーヴ・ライヒ的なミニマリズムと人力ダンスミュージックのグルーヴが渾然一体となったエモーショナルでドラマティック、かつポップで洒落たサウンドは、これまで以上の完成度と感じました。テクノやエレクトロニカに興味のない人にこそ聴いてもらいたいですね。
これまたベルリンから。女帝エレン・エイリアン(Ellen Allien)の2年ぶり8作目『Alientronic』(BPitch Control/Octave-Lab) 。文句なしの力作で、ダークでハードでアシッドなフロア仕様のテクノとしては、これが現在の最高峰でしょう。研ぎ澄まされたエレクトロニックビーツの切っ先の鋭さと太さは、まさにフロア仕様。大音量で聴きましょう。
ケルンのミニマリスト、ケルシュ(Kölsch)のDJミックスアルバム『Fabric Presents Kölsch』(Fabric)。ミックスものとはいえプレイしている曲はすべて自分の曲、それも新曲なので実質的なニューアルバムと言っていいでしょう。これまで<Kompakt>からリリースされた3枚のアルバム同様、非常にモダンで洗練されたテックハウスを展開しています。カラフルでメロディアスで、時にエモーショナル。起伏に富んだ構成と多彩なアレンジで飽きさせない60分。見事です。
アメリカ・テネシー出身のホリー・ハーンダン(Holly Herndon)の通算4作目、<4AD>からの第2作目が『Proto』(4AD/Beatink)。米スタンフォード大学の博士課程に在籍しながらエクスペリメンタルなエレクトロニックミュージック/メディアアートを追求する才媛です。本作は人工知能(ホーリー自身の赤ん坊のAI)との共演という作品。共有や共感を前提とした定型的なポップミュージックや制度的なダンスミュージックからは100万光年離れた野心的な作品ですが、美しいメロディもあり、斬新なアイデアと突拍子もない展開もあり、未来的だが太古の世界に遡行していくような不可思議なタイム感もとても魅力的で、妙な人懐っこさもあります。おっさんの私は昔のローリー・アンダーソンを思い出しました。ライブ・パフォーマンスが面白い人のようで、ぜひ来日を期待したいところ。
なおアルバムには収録されていませんが、昨年リリースされたジェイリンとの共作曲も強烈です。
90年代後半から<Ata Tak><Mille Plateaux>などの先鋭レーベルでリリースを重ねてきたドイツの鬼才ステファン・シュワンダーの別名義ハーモニアス・セロニアス(Harmonious Thelonious)は、今年になって12インチシングルやミニアルバムを立て続けにリリース。『Petrolia』(Marmo Music)は、12インチシングルながら6曲入り27分の長尺です。アフロトライバルなビートとインド音楽や中近東音楽にも通じるサイケデリックでヒプノティックな上モノが融合したレフトフィールドなミニマルハウス。Ata Tak出身らしい、ねじ曲がったノイエ・ドイチェ・ヴェレ感もご機嫌です。
ギレルモ・スコット・ヘレンのユニット・プレフューズ73(Prefuse 73)の新作『Fudge Beats』(Lex Records)。15曲も入っているのに収録時間は41分。ワンアイデアを発展させたような短く簡潔なトラック揃いですが、全曲のタイトルに「Beat」という言葉が入るように、才気漲る多彩なビートメイクが聞き物。音が転がっていくような軽快な曲調、キュートな音色と、プレフューズらしさが全開の一作です。キラキラしたシンセの音色が印象的な「Japanese Mall Beat」という曲もあり。
米ボルチモアの鬼才デュオ、マトモス(Matmos)の11枚目のアルバム『Plastic Anniversary』(Thrill Jocky)。毎回新しいアイデアや奇抜な試みを忘れない人たちですが、今回はタイトル通り、すべて「プラスティック」から生成された音を元に制作されたとのこと。そこには環境問題へのメッセージも込められているわけですが、そう言いながらも頭でっかちな実験音楽や観念音楽にならず、愛嬌やユーモアを忘れず、無類のポップさとある種のキュートさがいつも感じられるのが彼らの良さ。もうかなり長いキャリアがたつのに、過去の自分たちのなぞりに陥らないのが素晴らしい。
日本人クリエイターによる作品を2つ。神奈川出身の女性DJ/プロデューサーChrumi(クルミ)の1stアルバム 『Quiet Liquor』(SPECTRA)。幼いころからクラシックピアノを学び、やがて電子音楽に興味を持って、ダンスミュージックの世界に転進してきたという26歳。しっかりとした、ですが決して俗っぽくならない情感溢れるメロディと緻密に積み上げられた上モノが美しいテックハウスです。後半になるとジェフ・ミルズばりのBPM140超えの高速ハードコアミニマル(ピアノが絡むのが新鮮)に急展開する構成も気が利いています。極端に偏らないバランスの良さが持ち味で、将来はクラシックの素養を活かして劇伴など活躍の場を広げていきそう。
続いて、名古屋の電子音楽家Yuuya Kunoのソロプロジェクト、ハウス・オブ・テープス(House Of Tapes)。2013年以降8枚ものアルバムリリースを重ねている多作家で、1年2カ月ぶりの新作『Colorful Life』(PROGRESSIVE FOrM)(PROGRESSIVE FOrM)は9枚目のアルバムです。非常に音楽的な幅が広くアレンジのバリエーションも豊かで、叙情的なエレクトロニカやアンビエント、テックハウスから、変則ビートが強烈な曲、ロック的な疾走感を持った曲など、いろんなタイプの曲が収められ飽きさせません。思いついたアイデアを片っ端からぶち込んだような彩り豊かで盛りだくさんの内容は、作り手のサービス精神を感じます。
ベテランの作品を2つ。英国テクノ〜エレクトロニカのベテラン、プラッド(Plaid)の『Polymer』(Warp/Beat)。堅牢にして緻密、磨き抜かれた音色、アレンジの洗練、揺るぎのない個性とシンメトリカルな美しさ。前身であるブラック・ドッグ(The Black Dog)から数えてキャリア30年の古株ですが、ある種の瑞々しい新鮮さも保っているのは驚くべきことです。これまで以上にエモーショナルでドラマティック、かつ躍動的で、クライマックスの3曲の盛り上がりは素晴らしい。彼らの最高傑作と言えます。
デトロイトテクノ第二世代の代表格ジョン・ベルトラン(John Beltran)の新作『Hallo Androiden』は、福岡を拠点とするレーベル<Blue Arts Music>からのリリースです。美しく淡く叙情的でアトモスフェリックなサウンドは深みと奥行きがあって、抜群の完成度。素晴らしく感動的なアルバムで、長い彼のキャリアでも特筆すべき作品と感じました。
なお、石野卓球が6月12日から5週連続で新曲をリリース中で、これを書いている時点で2曲が配信済ですが、いずれ1枚のアルバムにまとめられるとのことなので、その時に改めて取り上げることにします。
ではまた次回。
■小野島大
音楽評論家。 『ミュージック・マガジン』『ロッキング・オン』『ロッキング・オン・ジャパン』『MUSICA』『ナタリー』『週刊SPA』『CDジャーナル』などに執筆。Real Soundにて新譜キュレーション記事を連載中。facebook/Twitter