稀代の実業家にして文化人、原三溪の全貌に迫る『原三溪の美術』展開幕
アート
ニュース

『原三溪の美術』展
実業家として知られる原三溪が生前所蔵した、国宝や重要文化財に指定される名品25点以上を含む美術品や茶道具約150点と、三溪自筆の買入覚などの資料をあわせて展示する『原三溪の美術 伝説の大コレクション』が、横浜美術館にて本日より開幕する。
原三溪 (1868~1939)は、明治から昭和初期にかけて、横浜で生糸貿易や製紙業などで財を成した実業家だ。加えて、生涯で5千点もの品を収集した古美術コレクターであり、多くの数寄者と交流した茶人であり、近代日本美術を支えたパトロンであり、そしてまた、自ら書画をよくしたアーティストでもあった。
同展では、“コレクター”、“茶人”、“アーティスト”、“パトロン”という三溪の4つの側面を各章に仕立て、三溪の文化人としての全体像を読み解いていく。
第1章は『三溪前史ー岐阜の富太郎』と題し、岐阜で生まれた三溪が、上京して原家の家業を継ぐまでの青年期を紹介。南画家だった祖父や伯父から、幼少の頃より絵画や詩文を学んだという三溪の、16歳の時の作品からは早熟した技量がうかがえる。
第2章『コレクター三溪』では、明治36年に当時35歳の三溪が、大蔵大臣であった井上馨から破格の1万円で購入した《孔雀明王像》に注目したい。当時の給与所得者の平均年収が約300円という時代。新聞に掲載されるほど話題となり、コレクター・三溪の名を世に知らしめる出来事となったという。
同章では、仏教絵画から始まり、近世の画家による禅画、江戸時代の狩野派、琳派、円山・四条派、文人画といった幅広いコレクションを紹介。これらは、三溪が執筆し、刊行を予定していた所蔵名品選『三溪帖』の草稿を元に厳選した作品を中心に展示されており、まさに三溪の審美眼を表す名品揃いといえる。
第3章では“茶人”としての三溪に焦点を当て、三溪愛用の茶道具や茶会の際の取り合わせを、茶会記や茶会にまつわる逸話などとともに紹介する。初めて仏教美術を茶の湯に取り入れるなど、伝統的な作法に拠らずに自由な趣向で懐石や茶の湯を楽しんだことが伺える。
第4章では『アーティスト』としての三溪を紹介。幼少の頃から書画に長けていた三溪は、多忙な事業の傍ら、自らの書画を親しい友人に贈呈することを楽しんだという。最も多く描いた白蓮の絵は、余技の域を超え、気負いのないのびやかな画風にその人柄が偲ばれる。
また、彼の最大にして最高の作品と言えるのが、横浜・本牧三之谷に築いた広大な庭園、三溪園だ。古建築を移築して復元、造園した回遊式日本庭園は、自らの想像の場のみならず、作家支援の現場となった。
そして、“パトロン”としての側面にフォーカスする最終章では、三溪が寄与した日本美術院の画家たち、下村観山や横山大観、小林古径、速水御舟などの作品を紹介する。こうした若い画家たちに対し、三溪は金銭的な支援にとどまらず、三溪園に招いて豊富な古美術の収集品を実見する場を与え、夜を徹して芸術談義を交わすなど、教育的な支援にも及んだという。
驚異の目利きであり、自由闊達な茶の境地を拓いた数寄者であり、余技の域を超えた書画家であり、そして、近代日本美術形成の重要な一端を担った美術家支援者だった三溪。彼自身も一堂に観ることが叶わなかった名品を味わうとともに、その稀代の文化人としての偉大さを知ることができる、貴重な展覧会だ。
【関連リンク】
『生誕150年・没後80年記念 原三溪の美術 伝説の大コレクション』
フォトギャラリー(12件)
すべて見る