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ダースレイダーが語る、闘病生活を支えた音楽 「The Rolling Stonesは最高のリハビリソング」

音楽

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リアルサウンド

 日本のヒップホップ/ラップシーンの中で、特異なスタンスを築き上げてきたラッパー・MCのダースレイダー。フランス・パリ生まれのロンドン育ちで、東京大学を中退してラッパーに。自身のレーベル<Da.Me.Records>の運営やMCバトル大会の主催などにも注力し、シーンのご意見番としてメディア出演や執筆を行うなど、多岐に渡る活動を行ってきたが、2010年のイベント出演中に脳梗塞で倒れ、左目を失明。余命5年を宣告されるーー。

 『ダースレイダー自伝 NO拘束』(ライスプレス)は、そんな彼の波乱の人生を、過酷な闘病生活を軸にしながらも、軽妙な文体でハートフルに描いた一冊だ。彼を取り巻くミュージシャンたちとのコミュニケーションや、闘病中に聴いていた数々の音楽作品から、その音楽愛が立ち上がってくる一冊でもある。

 現在は自らが率いるバンド・THE BASSONSをメインに、司会や文筆家としても精力的に活動しているダースレイダー本人に、本書の狙いやその音楽観について話を聞いた。(編集部)

僕にとって必要だったのが音楽の力

--改めて『ダースレイダー自伝 NO拘束』を執筆した経緯を教えてください。

ダースレイダー:2010年に脳梗塞で倒れて、意識が戻ったときに、自分の身に何が起こってるかを正確に把握するために日記をつけようと考えたのがきっかけです。本にも書いていますが、自分から発声するのが非常に難しくて。周りの言ってることは聞こえるけど、自分から何かを言おうとすると泡吹いちゃったりするんです。言いたいことが伝わらないので、これは書いて記録していく必要があるなと。その時は出版する考えはなかったのですが、退院してしばらく経った後に、本書巻末に収録されたカレーについてのエッセイ「ごはんレスよ!!」のイラストを担当していただいているRimoに誘われて、ライスプレス社の立ち上げパーティーに行ったんです。そこで、何か本を作れないかという話をいただいて、ちょうど連載の枠が空いていたファッション誌『SENSE』に闘病記を書かせていただくことになりました。それらをまとめたのが本書です。

ーー本書は闘病記ですが、ユーモラスな筆致や挿入されたディスクレビューによって、とてもポジティブな読後感を与えられる一冊に仕上がっていると感じました。

ダースレイダー:ラッパーの闘病記なので、「病気・病人」というマイナスなイメージではなく、明るく楽しいものにしたいという意図がありました。病気自体はしんどいけれど、そこを耐え抜いてたどり着いた後に得られる何かしらのパワーはあるのではないかと。僕は闘病中に落語を聞いていて、立川談志さんは「辛いを経ないと人間になり損ねる」という話をしていたんです。それが励みになったので、本書を通してそういう考え方を共有したいと考えました。そして、困難を乗り越えていくために、僕にとって必要だったのが音楽の力だったので、聴いていた音楽のディスクレビューも挿入しました。

ーーディスクレビューで、The BeatlesやThe Rolling Stones、ボブ・ディラン、The Doorsなど、オーセンティックなロックの名盤が多く選盤されていたのが意外でした。

ダースレイダー:僕は同世代のラッパーからすると、かなり異端な趣味だと思います。ヒップホップはアウトサイダーが聴く音楽というイメージがあると思うのですが、僕はその中でもさらにアウトサイダーな奴で(笑)、どちらかというとバンドマンの方が趣味が合うかもしれません。もともと、ギターも弾けないし歌も歌えないから、将来は『rockin’on』みたいな音楽雑誌の編集やライターをやろうと考えていたくらいで。でも、ヒップホップと出会って、これならキーやコードがわからなくてもできると考えて、ラッパーを目指すようになったんです。入院時に、改めて昔のロックの名盤を聴いたのは、弟が10代の頃によく聴いていた音楽をiPodにたくさん入れてきてくれたからなんですけれど、自分の中で原点回帰のような体験にもなりました。後半では、ヒップホップ仲間がCDウォークマンを買ってきてくれて、僕の家にあるCDをごっそり持ってきてもらったので、ヒップホップの名盤が多くなりました。入院中はとにかく暇なので、毎日十数枚のアルバムを熟聴していました。

ーー闘病時にそれらの音楽にどんな風に励まされたかが、とても率直に書かれていて、パーソナルなディスクレビューとなっているのも新鮮でした。

ダースレイダー:誰もが知る名盤ばかりなので、そこは意識したポイントです。歴史的な背景とか、その作品の影響などについてはすでに溢れるほどレビューが出ているので、その時の自分の状態で改めて一から向き合うつもりで聴き込みました。The Rolling Stones『刺青の男(Tattoo You)』の「Start Me Up」は、東京ドームのライブを観に行ったときに一番最初に演奏された楽曲でした。僕自身、「また最初からやってやるぞ!」という気持ちになれた楽曲で、最高のリハビリソングになりました。いわゆる名盤の評価はすでに定まっているので、リスナーはその評価に自身の判断を委ねてしまいがちだけれど、自分にとってどう素晴らしいのかを考えることも重要で、入院中はそのことに改めて気付くことができました。自分にとってボブ・ディランはどんな存在なのかを考えましたし、ジム・モリスンのボーカルがどうしてこんなに染みるのかも、自分なりの理由を見つけることができました。一人さみしく過ごす病院の夜に、The Doorsほどハマる音楽はなかなかありません。まさに夜の音楽です。

ーー本書で選ばれている作品は、リスナー一人ひとりに語りかけるようなメッセージ性があるものが多いように感じました。

ダースレイダー:「俺に向けて歌ってくれている」と感じられるかどうかは大事だったと思います。入院中は、シーンがどうとか、みんなでどうしようかという世界から切り離されているので、「お前はこうだぜ」と語りかけてくれる作品が最も響きました。FMラジオというよりAMラジオというか。ボブ・マーリーが「Get Up,Stand Up」と歌っているのも、「お前、ゆっくりでいいから立ち上がれよ」と言われているような感覚で。ポップスとして普遍性を持つ作品には、誰もが自分に向けて語りかけられていると感じられる要素があるのかもしれません。正確なバイオグラフィーに基づいて、「誰々がギターを弾いて、こういうスタジオでレコーディングされて」といった事実性を記述するレビューも大事だけれど、それとは正反対のアプローチで書いたからこそ、気付くことも多かったです。本書は、ここで紹介した作品を聴きながら読むと、より情景が浮かんでくるのではないかと思います。

日本のラッパーが落語家から学ぶことは多い

――中盤以降、Jungle Brothersの『Done by the Forces of Nature』からはヒップホップのクラシックも多数紹介されています。

ダースレイダー:ヒップホップに関しても一度、原点回帰がしたかったので、ド定番から聴いていきました。Wu-Tang Clanの『Enter the Wu-Tang 36 Chambers』は、それまでロックを聴いていた自分とヒップホップを結びつけた作品でもあって、過激な内容ですが、これが聴けるなら回復していけるだろう、みたいな予感もありました。A Tribe Called Questの『The Low End Theory』は、メンバーのファイフ・ドーグが40代半ばで亡くなっているので、その意味で自分の人生と照らし合わせながら聴くことができたし、ビギー(The Notorious B.I.G.)の『Ready to Die(死ぬ準備はできた)』なんて、タイトル通りリリースした直後に彼は銃殺されてしまうのだから、人ごとには感じられませんでした。「ビギー、わかるぜ」という感じ。ヒップホップに関しても、病床で聴いたことによって、僕自身の音楽観が刷新されたと感じました。

——はっぴいえんど『風街ろまん』や井上陽水『陽水II センチメンタル』などの邦楽に関しては?

ダースレイダー:はっぴいえんどは弟がiPodに入れてくれたもので、改めて聴いて「こんなにかっこいいのか!」と衝撃を受けた作品です。その後、70年代のニューミュージックをディグるきっかけになりました。陽水は小学生の頃に好きで聴いていたのですが、久しぶりに初期の「帰れない2人」を病院で聞いたら、なかなかグッとくるものがありました。RCサクセションは、「帰れない2人」からの流れで聴いてみたら、「いい事ばかりはありゃしない」とか、肩をそっと叩いてくれるような楽曲がたくさんあって、改めて好きになりました。

——落語にもハマったと書かれていますね。

ダースレイダー:落語は全然通っていなかったんですけれど、ライターの高木”JET”晋一郎くんが「暇だろうから」と大量に持ってきてくれて。目が見えなくても再生ボタンさえ押せれば聴けるから、ずっと聴いていたんです。そうしたら、落語家のリズム感や声の強弱の付け方などの達人的な技術の洗練にすっかり魅了されてしまったんです。しかも、それを小難しくやるのではなく、人情噺でほっとさせたり、笑わせたりと、ちゃんと大衆芸能として完成されている。日本語ラップは、日本語をいかにヒップホップのリズムに乗せて伝えるかということが肝要なのですが、そこにも通じるものがあるし、日本人のラッパーが日本語による音楽の可能性を考える上でも、ここから学ぶことはものすごく多いと感じました。落語は日本にしかないのだから、これは海外のシーンに対しても武器になるかもしれません。

両親の背中を追っている部分は確かにある

——本書にはダースレイダーさん自身が手書きで書いたリリックなども掲載されています。

ダースレイダー:手書きのリリックを本の中に放り込んだのは、この本を踏まえて僕のライブなどを観てもらえると、よりいっそう僕のやっていることが明確に伝わると考えたからです。僕はラッパーとして世間に物申しているので、そのメッセージがどういうものなのかを伝える副読本にもしたかった。セルフレビューも、作品を制作した背景などについてを中心に記しています。『狼~ガレージ男の挽歌』は入院中に仕上がった作品で、これを手渡されて聴いた時は「よし、必ずライブで歌うぞ!」という気分になって、リハビリを頑張るモチベーションになったので、その意味では自分の作品にも助けられました。

——本書を含めて、ダースレイダーさんの闘病の経験がそのまま作品になっているということが理解できましたし、そこに勇気付けられる人は少なくないと思います。ダースレイダーさんの波乱の人生については、読者の皆さんには本書を参照していただくとして、ご両親の影響も現在のダースレイダーさんの特異なスタンスを形作っていると感じたのですが、その辺はどう捉えていますか?

ダースレイダー:両親が早くに亡くなったのは悲しかったけれど、恵まれた家庭ではあったと思いますし、意識的にせよ無意識的にせよ、両親の背中を追っている部分は確かにあると思います。パリで生まれてロンドンで育ったというのも貴重な経験だったし、本書にも書かれているように、画家だった母親の教育方針もすごく印象に残っています。母親は僕が15歳の頃に亡くなったので、一緒にいた期間は普通よりも短かったけれど、その分、僕ら兄弟に濃密な体験をさせようとしてくれていました。人との出会い、いろいろな感情、様々な場所での経験を積んだことは、大きな糧になっているし、僕自身が子育てをする中でも常に意識していることです。

 ジャーナリストでコメンテーターとしても活躍していた父親は、間違いなく激務だったはずですが、母親の死後はちゃんと家事をしてくれて、僕ら兄弟を育ててくれました。父親が病院で良い治療を受けられなかったがために、僕は病院というものに対する不信感が募り、皮肉なことに僕自身の糖尿病の発見を遅らせてしまったのですが、それもまた人生ではあります。気がつけば、良くも悪くも父親の影を追っていますね(笑)。ともあれ、本書はもちろん「病気になろう」と勧めるものではなくて、あくまでも米国のラッパーが綴る過酷な日々の描写から勇気を得るように、擬似体験として、僕の闘病から何かを感じて欲しいと願って書いたものです。病院こそが僕のフッド(地元)で、これが僕なりのヒップホップなので、それを感じてもらえたら幸いです。

(取材・文=松田広宣)

■書籍情報
『ダースレイダー自伝 NO拘束』
価格:¥1,600+税
発行・発売:ライスプレス株式会社
判型:四六判
頁数:212頁