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Free Soul 25周年記念特別企画 『Heisei Free Soul』(平成フリー・ソウル)橋本徹インタビュー

音楽

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リアルサウンド

 シリーズ通算120作以上を数え、25周年を迎えた大人気コンピレーション『Free Soul』。8月7日にリリースされた『Heisei Free Soul』は、令和初のシリーズ最新作ということもあり、元号が変わるのを機に平成元年(1989年)から各年を象徴する名作が全31曲収録されている。本作の収録曲は、時代を彩った名曲の数々を、平成とともに歩んできた『Free Soul』ムーブメントとともに一望することもできるセレクションとなっている。今回は、セレクト曲を辿りながら「CDの時代とクラブミュージックの隆盛の始まり」でもあった平成の時代背景と音楽の変遷について橋本徹に語ってもらった。(編集部) 

平成とともに歩んできたFree Soul

――今回、橋本さんの最新コンピレーション『Heisei Free Soul』が発売されますが、まずは今年で25周年を迎えるFree Soulがどういうものなのか教えてください。

橋本:僕は大学4年生のときが平成元年(1989年)だったんですけど、当時からバイト代を貯めてレコードを買って聴くのが好きでした。その後、就職してからもレコードに給料のほとんどをつぎ込んで、音楽好きとしての生活が続いていたんですが、その中で既存の音楽メディアではあまり紹介されないけれども自分の好きな音楽、愛聴盤や愛聴曲がたくさん溜まってきたんですね。そんな中で、出版社に就職していたこともあり、自分の好きな音楽や映画、デザインを紹介する『Suburbia Suite』というフリーペーパーを90年暮れに始めました。古くて知られていないけど、今の自分たちのセンスにフィットする好きな音楽を、ディスクガイドやFM番組、クラブでのDJパーティーなどで紹介しているうちに、92年から93年にかけて大きなブームになって。

――『Suburbia Suite』は、いろんな意味で当時としては画期的でしたよね。

橋本 いわゆる“Zine”の先駆け的な存在でもありましたし、音楽的にもジャンルや新旧を自在に横断するというのが、とてもフレッシュに映ったと思います。レコードを紹介する文章の軽やかなタッチなんかもね。最初は60~70年代の映画音楽やソフトロック、ブラジリアン~ボサノバ、ジャズやラテンが中心だったんですけど、リアルタイムで聴く音楽シーンでは当時ブラン・ニュー・ヘヴィーズやジャミロクワイが台頭してくるんです。

――90年代前半はUKソウルやアシッドジャズがすごく盛り上がっていましたよね。ソウル・Ⅱ・ソウルはもちろんマッシヴ・アタックとか。

橋本:どちらもブリストルのサウンドシステム、ワイルド・バンチからの流れですね。80年代末の東京、もっと言うと僕が大学生の頃に興味を惹かれたのは、そういったソウル・Ⅱ・ソウルなどUKソウルの源流ですね。それと英国ならではの“ジャズで踊る”ムーブメントとモッドカルチャーがクロスするあたり。Free Soulはそういう音楽と同時代性や兄弟関係を感じる70年代ソウル周辺の音楽の魅力を仲間と分かち合えたらという思いで、1994年の春にDJパーティー、ディスクガイド、コンピレーションCDをスタートさせました。

――三位一体という形ですね。

橋本:それが東京ならではのとても大きなムーブメントになっていきました。当時の日本の音楽シーンを見ても、オリジナル・ラヴ『風の歌を聴け』がオリコンチャートで1位、小沢健二の『LIFE』が大ヒットしたり。

――リイシューでもシュガー・ベイブの『SONGS』がCD化されたり。

橋本:そうですね。時代や街の空気感がグルーヴィーでメロウなソウルミュージック周辺と共振する雰囲気でした。そのときの気持ちを受け継ぎながら、東京で生活する自分が、連続する物語のように作り続けてきたのがFree Soulのコンピレーションシリーズです。90年代においては、爆発的な人気があったDJパーティーやディスクガイドの影響力が強く、それを通して自分と同世代やちょっと下の人たちは楽しんでくれたと思うんですけど、やっぱり長く続けていくと、形に残るものとして次の時代に向けて残っていくコンピCDの存在は大きいと強く感じます。最近のリスナーの方は、むしろCDの方でFree Soulを知ってくれてるんじゃないかというくらい役割は大きいですね。

――今年で25周年、総タイトル120枚以上の一大シリーズと呼べるものになっていますね。

橋本:当初はDJパーティーでかかっている曲を中心にオムニバス形式でプレゼンテーションしていましたが、一時期からソウルミュージックとその周辺の音楽の全体像を伝えるという意味でレーベル編やアーティスト編をリリースしたり、90sや2010sのディケイドで切ってみたり、ハワイ、ジャマイカ、ブラジルといった地域で切ってみたりと、いろんなサブラインも登場しています。

――そんな中、平成という時代を総括するような『Heisei Free Soul』がリリースされます。

橋本:Free Soulは平成とともに歩んできたという実感があるので、ちょうど元号が変わるタイミングで各年に生まれた象徴的な名作をまとめたものが作れて嬉しく思います。年によってセレクトの基準は複合的で、単純に個人的な思い出と結びついている曲もあれば、誰もが知るヒット曲が入っている年もあるし、DJパーティーの人気曲はもちろん、東京ならでは、渋谷ならではという、ある種の世代やライフスタイルに愛された曲が入っているケースもあります。

――いい感じにバラけながらも統一感がある全31曲ですね。

橋本:実は楽曲の許諾を揃えるのが大変だったんですけどね。レコード会社の担当者の方には本当にご苦労をおかけして(笑)。本来は令和初日の5月1日にリリースする予定だったんですが、選曲に妥協はできないということで発売延期を重ねてしまいました。ユニバーサルという世界で最も豊富な音源を有しているレーベルだけでなく、ソニーを始めとするやはり多くの有力音源を保有しているメジャーレーベル、さらにいくつかのインディペンデントレーベルのご協力もあって、納得のいく31曲が揃い、リリースに至りました。おまけに2枚組なのに価格も安くしてくれて、本当に感謝しかないですね。

平成の始まりはCDの時代とクラブミュージックの隆盛の始まり

――ここからは『Heisei Free Soul』の聴きどころについて詳しくうかがっていきたいと思います。

橋本:ジャンル的にはやはりソウルミュージック周辺が中心ですが、ジャズやヒップホップやロックも入っていて、総体としてのFree Soul的な音楽性をアピールできたと思います。僕はもちろんリスナーの方が大切な思い出を胸に聴けるような曲、その時代を思い浮かべながら前向きな気持ちになれるような曲が連なっていればいいと思ってセレクトしました。今の時代はサブスクリプションサービスが発達して、それを中心に音楽を聴いている方も多いと思いますが、逆にコンピレーションCDならではの魅力を感じてもらえるように、置かれてるときに素敵なアートワークだなと思ってもらえることとか、ライナーノーツでその年の社会的背景に触れたりして、リスナーがよりその時代にタイムスリップしながら聴けたらいいな、というような意識がありましたね。

――最初の2曲、89年と90年はソウル・Ⅱ・ソウルとディー・ライトですね。クラブミュージック的な方法論がポップミュージックに入ってきた時代です。

橋本:平成になったのと時を同じくして、CDと12インチシングルの時代が始まりましたね。新旧、各ジャンルのリリースの細かさという意味でも飛躍的に情報量が拡大した時代です。意識せず自然にその年を思い出したら、クラブミュージックの登場と隆盛という当時の空気感がソウル・Ⅱ・ソウル、ディー・ライト、(収録候補だった)デ・ラ・ソウルといったナンバーに反映されたと思います。

――トライブ・コールド・クエスト(以下:ATCQ)やTLCなど、ヒップホップの影響力も90年代は大きかったですね。

橋本:平成はヒップホップがポピュラリティーを得た時代ですね。それによってサンプリングソースやカバー曲など、それまで目が向けられていなかった古くていい音楽への道筋が示されたことも重要でした。

――Free Soulをはじめ、CDコンピレーションも平成の音楽シーンで大きな役割を果たしましたね。例えば『Free Soul Impressions』には、ウェルドン・アーヴァインの「We Gettin’ Down」が収録されていますが、これは今回収録されているATCQの「Award Tour」でサンプリングされている曲です。

橋本:Free Soulシリーズには、ATCQのサンプリングソースがたくさん入っていますね。Free Soulのコンピは、単純に聴いていい気分になれたり、ポジティブな気持ちになれたりメロウな雰囲気になれたりという部分もあるんですが、音楽的な深掘りをして古いけどいい音楽と出会うための礎、いくつかの違うジャンルを横断するための架け橋にもなっているはずです。

――ライトな部分とディープな部分との二層構造になっているという。『Free Soul Avenue』(1995年)にSMAP「がんばりましょう」のインスパイア元になったナイトフライトの「You Are」が入っていたり、『Free Soul River』(1996年)にオリジナル・ラヴに影響を与えたスティーヴン・スティルスの「Love The One You’re With」が入っていたりと、当時学生だった僕にとって発見が多かったです。

橋本:J-POPやヒップホップなど、リスナーがそれぞれ興味を持っているジャンルの音楽に対して開かれているということですね。音楽を好きになったとき、いろいろな好奇心を刺激してくれるトピックがたくさんあったのが90年代だったと思います。

――90年代くらいまでの旧来の音楽ジャーナリズムには、サンプリングカルチャーやライブの比重が下がることへの否定的な言説もあったと記憶していますが、それから30年近く経って強く感じるのは、90年代はとても音楽的に豊潤な時代だったということです。

橋本:メディアと音楽の関係性で言うと、平成という時代は旧譜のCD化も進み、新譜と同列に聴けるようになったことも大きなトピックですね。さらにアナログ12インチやリミックスなど、限りなくバージョンが増殖していくような感じで、センスの差異を楽しめる人にとってはすごく満喫できる時代でした。

――そうですね。『Suburbia Suite』に載っているようなレコードがCDで再発されるのが楽しみでもありました。その中でロジャー・ニコルス&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズのアルバムなどが“渋谷系のバイブル”みたいに神格化されたりもして。もうひとつ橋本さんの仕事を振り返って重要だと思うのは、「日常の中で音楽を聴く」という提案です。それまでは少し極端に言うとオーディオの前で真面目に音楽と対峙するのが「正しい音楽ファンのあり方」とされていましたが、コーヒーを淹れながらとか夜寝る前にとかドライブしながらなど、気分に合わせてのリスニングスタイルがとても新鮮に映りました。

橋本:『Suburbia Suite』やFree Soul、そしてカフェ・アプレミディ、Good Mellowsもそうですが、日常の中でのシチュエーションに即して音楽を聴くという提案はそれまでは少なかったので、だからこそ広く人気を得たのではないでしょうか。CDは曲をとばせたり曲順を変えられたりするから、リスニングスタイルが自由化したというのもあるかもしれませんね。僕自身は全然とばしたりしないタイプだけど(笑)。

――CDの時代になって収録時間も80分になりましたからね。ビートルズの『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』は、彼らの最高傑作と言われることも多いアルバムですが、やはりアナログ盤の時代の名盤というか、アートワーク含め総合芸術としてレコードで聴くことに価値があるという側面もあるように思います。

橋本:あれはレコードというアートフォームならではの表現と、1967年という時代とのマッチングが生んだ名作ですよね。Free Soulのコンピレーションは音楽好きの良心として毎回80分入れるスタイルだけど、それもCDの時代だからこそだと思いますし。プレイリストの時代は……何曲入れるんでしょうね? 僕はとめどなく入れてしまって、よくたしなめられるんですけど(笑)。

――そういう意味では、CDメディアとFree Soulの親和性というのは高かったですね。

橋本:そうかもしれません。CDの時代がFree Soulを用意した側面というのは、多分にあると思います。旧譜を新譜として聴けるし、自分なりに自由にカスタマイズすることができるという意味でも。Free Soul以降、音楽ファンが好きな曲だけ集めて自家製コンピレーションやミックスCDを作るというのがすごく流行しましたよね。そういった下地がサブスクリプションでプレイリストを作るという2010年代のリスニングスタイルにつながっている部分もあると思います。だからシャッフルで聴かれるにしても、曲順や世界観など音楽の魅力を大切にすることを忘れないでほしいなという気持ちはありますね。

――「CDメディアと平成という時代はほぼ軌を一にしていた」という意味のことを橋本さんは『Heisei Free Soul』のライナーで書かれています。

橋本:CDがいよいよ失われていく時代になって、CDへの思い入れが増してきたという面もあるかもしれません。今回のコンピも、サブスクリプションなら半日でできてしまうものを、半年かけて許諾を取りリスナーに聴いてもらう。プレイリストに比べて明らかに不利な条件下で「CDを選んでもらう」という気持ちはすごく強いですね。だからこそ、それを裏切らない「モノとしての魅力」を大切にしたいと思って制作しました。音楽としての魅力だけでなく、アートワークやライナーなどの魅力も含めて提示できたらと。

――90年代には『Suburbia Suite』やFree Soulが日常を心豊かにしてくれたり、素敵なレコードジャケットを家に飾って楽しんでいる人も多かったですよね。音楽とアートワークの醸し出す雰囲気というか相乗効果が気分を良くしてくれるし。

橋本:Free Soulがなぜ90年代にあれだけ大きな人気を得たか、なぜこんなに長く続いているのかを考えると、選曲のエバーグリーン性と並んでジャケットの存在はとても大きいと思います。

時代を彩った名曲をさまざまな思い出を胸に聴く『Heisei Free Soul』

――それでは選曲の話に戻りましょう。今回、楽曲の許諾を含めバランスを取るのがけっこう大変だったということでしたが。

橋本:そうですね。メジャーなものもあり、知る人ぞ知るものもあるけど、このくらいのバランスがFree Soulだなというところを大事にしました。野球で言うと「ストライクゾーンを意識して外角低めに2球いったら、内角高めに外す」という感じですね。ストレートで押した後はスライダーで誘ってみるとか。そういうことをいろんなコンピレーションで常にやっているんですが、今回はより大きなスケールが求められたので、「この名前は絶対に欲しいよな」っていうアーティストがいるんですよね。例えばジャミロクワイとか。今回はタイミング的に入れられなかったんですけど。

――入れるなら何だったんですか?

橋本:「Virtual Insanity」。1996年ですね。

――MVも含めてオーバーグラウンドヒットしましたよね。『Ultimate Free Soul 90s』(2016年)には、コーク・エスコヴェード「I Wouldn’t Change A Thing」を連想させる「If I Like It, I Do It」が収録されていましたね。

橋本:あとはジャネット・ジャクソン。「Got ‘Til It’s Gone」や「Someone To Call My Lover」も候補にあったんだけど、最終的には2010年代の「Broken Hearts Heal」を入れることができて、彼女によるマイケル・ジャクソンへのオマージュという意味でも意義深い選曲になりました。

――橋本さんは『Free Soul 90s』シリーズ(1995年)のライナーで、『janet.』を90年代ベストアルバムの一枚に挙げていたのが印象的でした。当時の僕はジャネット・ジャクソンを単なるメガスター的な存在に捉えていたので。

橋本:メジャー/マイナー、新しい/古いといった価値観に捉われず、リスナーとしての自由な感覚を大切にしていくのがFree Soulのフィロソフィーなんですよね。あと絶対入れたかったアーティストを挙げるとしたら、フランク・オーシャンとケンドリック・ラマーはいくつかの年の候補に挙げてましたね。2010年代の音楽を振り返るうえで、ファレル・ウィリアムスの名前も欲しかったから、皆さんご存知の「Happy」を。選曲の仕事をしていると、ついつい最初のコンセプトを忘れがちになってしまったりするんですが、これは文句なく有名で世界中に笑顔を届けてくれた曲だから、コンピのコンセプトを代表する曲のひとつだと思って。

――さっきの野球のたとえで言うと、ど真ん中の快速球ですね。ケンドリック・ラマーやフランク・オーシャンなど許諾の苦労がありつつも、橋本さんがライナーで挙げられているリストを含めると物凄い並びですね。よくこれだけ揃ったという(笑)。

橋本:そうですね、逆に許諾状況を踏まえながら再考したことで、ベタになりすぎなくて良かったのかも(笑)。Free Soulは、自分と同年代の音楽ファンで、今はあまり熱心に新しい音楽を追えていないという人たちに向けて目配せしたいという気持ちもあったりするので。

――こうやって聴くと90年代前半はキラキラしてますね(笑)。スウィング・アウト・シスターの「Am I The Same Girl」は、意外なことに橋本さんのコンピには初収録です。

橋本:当時は雑誌の編集の仕事をしていた頃で、ファッション担当だったのでロケバスに乗ってJ-WAVEをつけると常に流れていたイメージです。Free Soulを始めるという気運に満ちていた、その年を思い出しますね。

Swing Out Sister Am I the Same Girl

――ディー・ライト~レニー・クラヴィッツ~スウィング・アウト・シスターはJ-WAVE感があリますね。当時はいちばん高感度なFM局というイメージでしたから。で、90年代半ばのTLCあたりで風向きが変わります。

橋本:“渋谷系”的なものからヒップホップ~R&B的なものへ、という感じですよね。SPEEDや安室奈美恵にも影響を与えたってライナーで書かれていたけど(笑)。

――そうですね(笑)。実際、ヒップホップ~R&Bファッションは女の子の間でも流行りましたし。そして、ディアンジェロやエリカ・バドゥなどニュークラシックソウル勢が登場します。その後は4ヒーローなどウエストロンドンに行ったりという。僕は当時、橋本さんの編集されていたタワーレコードの『bounce』というフリーマガジンを愛読していたんですが、そういう流れを思い出しました。こうやって曲目を見ると、90年代と2010年代はけっこうメインストリームヒットのものが入っている感じを受けます。

橋本:Free Soulと時代がけっこうシンクロした感じですね。一方、2000年代初頭の東京はカフェブームで、独自の文化が花開いていて。アメリカのメインストリームは逆じゃない?  サンプリングにお金がかかるようになって機械的なヒップホップが台頭してきたから。その意味では2000年代は東京に寄せていますね。シャーデー、ルーファス・ウェインライト、ノラ・ジョーンズあたり。候補にしていたクープやホセ・ゴンザレス、ベニー・シングスなんかも含めて、東京はカフェブームだった感じがするよね。

――確かに。で、その後がアリシア・キーズ、コリーヌ・ベイリー・レイ、ロビン・シック、エイミー・ワインハウス、ジョン・レジェンド……。レトロスペクティブというか、ビンテージ感のあるオーガニックなR&Bが続きますね。

橋本:ジャズだけどノラ・ジョーンズもそういう感じはあるよね。ルーツと現在進行形を行き来できるような曲を選ぶのがFree Soulだから、2000年代はそうなっていますね。コリーヌ・ベイリー・レイが象徴的だけど、どこかにオーガニック感やアコースティック感があるものという。

Corinne Bailey Rae – Put Your Records On

――エイミー・ワインハウスも、60年代のモッドカルチャーへの憧れがベースなんだけど、今の時代のセンスに合わせてやってますしね。ジョン・レジェンド&ザ・ルーツによるハロルド・メルヴィン&ザ・ブルー・ノーツのカバー「Wake Up Everybody」もルーツと現代性の両方を感じさせます。

橋本:フィラデルフィアソウルのクラシックであり、オバマの時代のメッセージソングでもありますね。これを皮切りとして2010年代のR&B~アーバンミュージックという感じがしてくるなあ。ジェイムス・ブレイク、ロバート・グラスパー、ライ……。

John Legend, The Roots – Wake Up Everybody (Video) ft. Melanie Fiona, Common

橋本:そういえば、2010年代にはマイケル・ジャクソンの影というのを強く感じることも多くて。マイケルは昭和の最後の頃、僕が高校生の頃にすごく流行ってたんですけど。

――『Thriller』以降という感じでしょうか。僕も小学生の頃に『Bad』がすごく流行っていました。1987年ですね。

橋本:彼の音楽が次の世代に種を蒔いていって、マイケル自身の「Love Never Felt So Good」が死後の2014年に陽の目を見てヒットしたり、クアドロンの「Neverland」やジャネル・モネイ&エスペランサ・スポルディングの「Dorothy Dandridge Eyes」やKINGの「Red Eye」など、彼の「I Can’t Help It」の影響下にある曲が立て続けに発表されたり、カバーも多かったりと2010年代の音楽にそれがたびたび感じられるんです。だからジャネットも「Broken Hearts Heal」というマイケルの遺伝子を強く感じる曲を入れることができてよかったです。

Janet Jackson – Broken Hearts Heal

橋本:あと、ソランジュの「Cranes In The Sky」は、コモンが「世界一素晴らしい」って言ったらしいんですが、今回この曲順で楽曲の良さにあらためて気づいて。マスタリングで聴いていて思わず涙が出そうになりました。

――未来のスタンダードになり得る曲ですよね。立ち位置としてはダニー・ハサウェイなどに通じると感じました。

橋本:本当に素晴らしいよね。この曲はオバマの時代を通過したからこそ生まれた曲だと思うし、そういう意味では「Wake Up Everybody」からつながる2010年代らしい曲だと思います。

令和になってもFree Soulというストーリーは続いていく

――2017年、18年のサンダーキャット、トム・ミッシュはFree Soulと親和性の高い音楽性を持っていますね。

橋本:この2曲を入れられたのも良かったですね。当初はドレイク、アンダーソン・パーク&ケンドリック・ラマーを予定していたんですけど、Free Soulならではのグルーヴ感や勢いを感じさせるし、DJパーティーでもよくかかってるから。サンダーキャットの「Show You The Way」はメロウな感じが昨今のシティーポップ~AORリバイバルとシンクロしていますね。トム・ミッシュは5月に来日してソロ公演を行ったり、『GREENROOM FESTIVAL』でヘッドライナーを務めていたりして、東京ではすでにかなりのスターになっているし、ますますビッグになっていくんじゃいないかと思いました。「Disco Yes」は昨年DJの現場で最も歓声が上がった曲のひとつかもしれません。

――ラストを締めくくるのは、ジョン・コルトレーンなどで知られるスタンダード「My Favorite Things」が引用されているアリアナ・グランデの「7 rings」です。

橋本:本当は亡くなったばかりということもあり許諾が下りなかったマック・ミラーと、アリアナを並べたかったんですが、マスタリング・スタジオで通して聴いていて最後に「7 rings」が流れてきたら、映画のエンドロールを観ているときのような気持ちになりました。コンピレーションを作るうえで、僕はドラマや偶然性というものを大事にしていて、最初期の何枚かは自分の思い描いたとおりに仕上がらないと嫌だったんですが、何枚も作っているとOKが来ないものは次回以降に温存して、ある基準をこえていればそのときのタイミングに任せて選曲しようと思うようになったんですね。そういうときにはちょっとした魔法というか奇跡が起こることも多くて。

――スウィートサプライズですね。

橋本:まさに。結果としていい方に出ることがすごく多かったので。「7 rings」には平成が終わっていって、また新たな時代を迎えるという感じがあって、『Heisei Free Soul』の出来には100パーセント満足しています。平成とともにFree Soulは歩んできましたが、さまざまなところに伏線が用意してあったのが、今回けっこう回収されてるんですよね。

――このインタビューの話で言うと、ATCQのサンプリングソースみたいな感じですね。ナイトフライトを聴いてから「がんばりましょう」を聴くと「なるほど!」と(笑)。

橋本:そうそう、そういうのも含めてね。だから、リスナーの方々がそういった意味づけや仕掛けに気づいてもらえたらとても嬉しいです。また、さっきのソランジュの話のように、僕自身も自分のコンピレーションを聴き返して意図していなかったストーリーや意味を発見することがあるので、2010年代に置いた楽曲たちの意義というのがこれからわかってくる部分もあると思います。

――令和の時代になっても、Free Soulという長編ドラマは続いていくわけですね。僕もこの先の展開を楽しみにしています。今日はどうもありがとうございました。

橋本:こちらこそ、ありがとうございました。

(取材・文=waltzanova)

■商品情報
『Heisei Free Soul』
発売:8月7日(水)
<2CD>
価格:¥2,400(税抜)

DISC 1:
1. Soul II Soul / Keep On Movin’
2. Deee-Lite / Grooves Is In The Heart
3. Lenny Kravitz / It Ain’t Over ‘Til It’s Over
4. Swing Out Sister / Am I The Same Girl
5. A Tribe Called Quest / Award Tour
6. TLC / Waterfalls
7. The Pharcyde / Runnin’〈Smooth Extended Mix〉
8. Mary J. Blige feat. LL Cool J / Mary Jane (All Night Long) 〈Remix〉
9. Erykah Badu / On & On
10. 4hero / Star Chasers
11. D’Angelo / Untitled (How Does It Feel)
12. Sade / By Your Side
13. Rufus Wainwright / Across The Universe
14. Norah Jones / Don’t Know Why
15. Madlib feat. Medaphoar / Please Set Me At Ease
16. Alicia Keys / If I Ain’t Got You

DISC 2:
1. Corrine Bailey Rae / Put Your Records On
2. Robin Thicke / Lost Without U
3. Amy Winehouse / Love Is A Losing Game
4. Q-Tip feat. Norah Jones / Life Is Better
5. Nujabes feat. Giovanca with Benny Sings / Kiss Of Life
6. John Legend & The Roots feat. Common & Melanie Fiona / Wake Up Everybody
7. James Blake / Limit To Your Love
8. Robert Glasper Experiment feat. Erykah Badu / Afro Blue
9. Rhye / The Fall
10. Pharrell Williams / Happy
11. Janet Jackson / Broken Hearts Heal
12. Solange / Cranes In The Sky
13. Thundercat feat. Michael McDonald & Kenny Loggins / Show You The Way
14. Tom Misch feat. Poppy Ajudha / Disco Yes
15. Ariana Grande / 7 rings

■イベント情報
『Heisei Free Soul』リリース記念パーティー
日時:8月30日(金)19時から22時半まで
蔦屋書店 3号館 2階 代官山 Session : イベントスペースにて入場無料
出演:橋本徹(トークショウ&DJ)、山下洋(トークショウ&DJ)、松田岳二(トークショウ&DJ)、Flight Free Soulクルー(DJ)

■橋本徹(SUBURBIA)
編集者/選曲家/DJ/プロデューサー。サバービア・ファクトリー主宰。渋谷の「カフェ・アプレミディ」「アプレミディ・セレソン」店主。『フリー・ソウル』『メロウ・ビーツ』『アプレミディ』『ジャズ・シュプリーム』『音楽のある風景』『Good Mellows』シリーズなど、選曲を手がけたコンピCDは340枚をこえる。USENで音楽放送チャンネル「usen for Cafe Apres-midi」「usen for Free Soul」を監修・制作。著書に「Suburbia Suite」「公園通りみぎひだり」「公園通りの午後」「公園通りに吹く風は」「公園通りの春夏秋冬」などがある。http://apres-midi.biz