Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
Download on the App Store ANDROID APP ON Google Play
ぴあ 総合TOP > エンジニアが明かすあのサウンドの正体 第1回 米津玄師、宇多田ヒカル、Official髭男dismらを手がける小森雅仁の仕事術(前編)

エンジニアが明かすあのサウンドの正体 第1回 米津玄師、宇多田ヒカル、Official髭男dismらを手がける小森雅仁の仕事術(前編)

音楽

ニュース

ナタリー

小森雅仁

誰よりもアーティストの近くでサウンドと向き合い、アーティストの表現したいことを理解し、それを実現させている“音のプロフェッショナル”エンジニア。この連載ではそんなサウンドエンジニアたちにスポットを当て、彼らの視点からアーティストの楽曲がどう作られているのか語ってもらう。インタビュアーは、自身もエンジニアとして活動する中村公輔。レコーディングやミックスの手法を中心に、アーティストとの向き合い方など仕事のスタンスについてまで切り込んでもらった。

第1回に登場してもらうのは若手エンジニアの小森雅仁。米津玄師、小袋成彬、Yaffle、Official髭男dism、高岩遼、世武裕子、宇多田ヒカルらの作品に携わる小森氏の話を2回にわたってお届けする。

エンジニアになりたくて愛知から上京

──まず小森さんがエンジニアになった経緯を教えてください。

地元が愛知なんですけど、エンジニアになりたくて東京の専門学校に入学し、その後バーディハウスに入社しました。会社が保有しているABS RECORDINGというスタジオと、渋谷のBunkamura Studioにアシスタントエンジニアとしてしばらく勤務して、そこでつながりができたクライアントさんからちょっとずつメインエンジニアのお仕事をもらえるようになり、フリーランスになりました。

──どのくらいの期間アシスタントをされていたんでしょうか?

8、9年ですね。途中から半分アシスタントの仕事、半分メインエンジニアの仕事になっていったんですけど、ほぼアシスタントをやらなくなるまでが、それくらいの期間でした。

──フリーになった初期の頃にはどのような仕事をされていましたか?

スタジオに勤務し始めた頃に、アシスタントとして宇多田ヒカルさんのセッションにつかせてもらったご縁で、フリーランスになってからもボーカルレコーディングに呼んでもらっていました。ほかのエンジニアさんのスケジュールが合わなくて、1曲だけボーカル、1曲だけコーラスを録るというところから始まり、「Fantome」(2016年9月発売。「Fantome」の「o」はサーカムフレックス付きが正式表記)のときにアルバム1枚がっつり歌録りをさせていただきました。

米津玄師本人による大胆なエフェクト処理

──小森さんはボーカルに積極的にエフェクトをかけることが多いと感じました。例えば米津玄師さんの「海の幽霊」(2019年6月発売)は、ボーカルにかなり極端なピッチ補正をかけて、エフェクトとして機能させていますよね。曲自体は普通に美しい方向性の作品なのに、あそこまで歌に大胆なエフェクト処理をしているのが新しいなと思ったんですが、あれはどういった経緯でかけることになったんですか?

あの処理は僕がやったわけではなくて、最初から米津さんがそういうアレンジにしたいということだったんですね。僕が歌録りをして音声データを渡し、ご本人が処理してきたものを受け取ってミックスしました。なので米津さんによってエフェクトがかけられた声とストリングスなどの音を、トラックの中でいかに自然に共存させるか調整するのが僕の仕事でした。曲の中にドラマチックな展開があったほうがいいと思ったので、エフェクト音はバースではモノラルで、サビになったときにステレオに広がるような処理をして。

──米津さんがファイルを作っていたんですね。あのボーカルトラックは何本か録音して重ねたんですか?

「海の幽霊」に関しては生では1本しか録っていなくて、そのリードボーカルのトラックにエフェクトをかけています。

──同じく米津さんの「Lemon」(2018年3月発売)はサビで歪んだエレキギターが出てきますけど、バーンと“壁”になるようなハードロック的なサウンドではなくて、素材の1つのような扱いになっているのがバランス的に新しいと思いました。

自分としてはわりと強めにギターを出したつもりだったんですが(笑)。僕はもともとギターを弾いていましたし、学生の頃はOasisなんかもよく聴いていて、壁のようなギターサウンドも好きなので。ただ「Lemon」に関してはストリングスも入っているし、より歌が立つようにスペースを空けたかったので、普通のギターサウンドにはならないほうがいいかなとは思っていましたね。それでああいうバランスになりました。常に考えているのは楽器同士の関係性。まずボーカルが主役というのは大抵どの楽曲でも共通しているので、そこを押さえたうえでミックスしました。

──米津さんからはミックスに関して具体的なオーダーがあるんですか?

わりとはっきりリクエストがありますね。デモの段階でビジョンがあるので、レコーディングの段階でも確認しながら進めていきます。「海の幽霊」も、通常のポップスの基準で考えるともっとハッキリ歌詞が聴き取れるようにリードボーカルを前に出したいというリクエストになると思うんですけど、ボイスエフェクトをリードボーカルと同じくらい出してほしいということで。聴くと確かにそっちのほうがカッコいいんですよね。

洋楽に勇気をもらう

──アーティスト自身がエフェクト処理したり、アグレッシブなオーダーを具体的に指定してきたりすることはよくあるんでしょうか? 例えば、SANABAGUN.やTHE THROTTLEのフロントマンを務める高岩遼さんの「ROMANTIC」(2018年10月発売「10」収録)でもピッチシフトが使われていますが。

高岩さんの曲に関しては、プロデューサーのYaffleさんからすでにエフェクト処理されているデータを渡されることが多いですね。Yaffleさんも自分で打ち込みやアレンジをやる方で世界観ができあがっているので、それをどう具現化するか、再生環境を選ばない立体的なミックスにするかというのを考えながらやっています。

──再生環境ということで言うと、打ち込みのキックの重低音なんかはテレビのスピーカーでは再生できなかったりすると思うんですけど、その辺りはどのような考え方でやっていますか?

それはもう楽曲次第ですかね。例えば生バンドの中の生ベースだとあまり重心を低くしすぎると、テレビのスピーカーなどで再生したときにアンサンブルが崩れてしまうので、それはちゃんと聞こえるような音作りをします。でも、ROLAND TR-808のキックとシンセベースの組み合わせなんかだと、割り切って重心の低いミックスにしてしまうこともありますね。最近はヘッドフォンで聴いている人も多いので、そういう人が聴いたときに感動してほしいし。

──なるほど。

洋楽だとものすごく重心の低いミックスも多いですよね。そういうのを聴いて「これでいいんだ」と勇気をもらって、自分もそうしたりしています。OKAMOTO'Sの「ART(OBKR / Yaffle Remix)feat. Gottz,Tohji,Shurkn Pap」(2019年6月発売)は全体のサウンドとしては重心を低くしたかったのですが、ベースがリフのような動きをするセクションもあるので、重心を低く取りつつもベースの中域を歪ませて、小さいスピーカーでもフレーズが聞こえるように工夫をしています。どう聴かせたいかでミックスも変えていますね。

言語による子音と母音のバランスの違い

──Yaffleさんの「UNIKA」(2019年5月発売)や世武裕子さんの「Movie Palace」(2018年10月発売「Raw Scaramanga」収録)は歌詞が日本語ではないですが、それで録音の際に違いは出ますか?

言語によって子音と母音のバランスが違うので処理も少し変わってきます。「UNIKA」はイタリア語や英語、「Movie Palace」はフランス語ですけど、どちらも日本語より子音が強いので、歌をあまり大きくしなくても聞こえやすいです。日本語だと母音が多くて重心が低めなので、ほかの音と混ぜたときにこちらでいろいろ処理しないと埋もれがちなんですけど、英語などは子音が強いので日本語の歌よりも少ない音質調整ですむことが多いです。

──先ほどYaffleさんは最初から楽曲の世界観ができあがっているという話がありましたが、どういうやって作業を進めていったんですか?

Yaffleさんの場合、毎回ご本人がしっかり作った参考用の2ミックスがマルチトラックと一緒に送られてくるんですね。なのでそれを聴いて、そこに寄り添いながらかつ自分の提案も入れながらやっていく感じですね。「UNIKA」に関してはレンジ感は広くモダンな雰囲気にしながら、ベースなど1つひとつの楽器はビンテージ感のある音にしました。

──なるほど。以前、世武さんはインタビューで「ピアノの音が上手に録れないことがずっと悩みの種だったけど、小森さんは信用できる」と語っていたんですが、何か特別な録り方をしているんですか?

オンマイクとオフマイクを立てて、どちらか一方を使うか混ぜて両方使うかくらいで、特殊なことはしてないですよ。ただ、あまり過度なイコライジングやコンプレッションはしないようにしています。もしかしたら、それがご本人が演奏をしたときの感覚と近く、理想通りになっているということなのかもしれません。オケが混み合っていてピアノの音を立てないといけないときはオンマイクを出しますけど、僕はオフマイクの音が好きなので、そちらの音を多めに出すと自然なニュアンスに感じられるんだと思います。

──ピアノって、未処理だとペダルを踏んだときの“バシャー”という音が入ってしまうこともあると思うんですが、その辺りはどうしていますか? 個人的にはソフト音源を使ってノイズのないピアノの音が簡単に作れる現在では、むしろRhyeの「Spirit」(2019年5月発売)で鳴っているようなバシャバシャにノイズが入ったピアノも新しいと思っているんですが。

僕もRhyeみたいな温かみのある音は好きで、そういうふうに録ってと言われるときもあります。アーティストに消してくれと言われたら、ノイズ処理ソフトで細かく削っていくこともありますけど。変わったピアノの音で言うと、スフィアン・スティーブンスの「Michigan」(2005年8月発売)のローファイなピアノの音が好きで、それを再現するためにハンマーと弦の間にTシャツを1枚かまして録音したことがあります。そういうふうにまずは楽器側で何かできないか、試してみることが多いですね。

──ピアノ以外の楽器で何か特殊な方法で録った曲はありますか?

米津さんがプロデュースした「パプリカ」という曲で「スネアをちょっと変な感じの音にしたい」と言われて、スネアの上に小さいシンバルを置いて叩いたことがありましたね。

ミックスはPC内で完結

──Official髭男dismの「宿命」(2019年7月発売)ですが、左右の広がりや奥行き感がすごいと思いました。これはPC内部だけでソフトウェアでミックスする、いわゆるイン・ザ・ボックスの手法でミックスしたんですか? それともミキシングコンソールなど、物理的な外部機材を使ってミックスしたんでしょうか?

僕はどの曲もイン・ザ・ボックスでミックスしています。あの曲はプロデューサーさんから「前後左右の広がりと奥行きのあるミックスを」というオーダーをいただいて、僕もそうしたいと思っていたので努めてそういう音にしました。

──具体的にどうミックスしたか説明していただけますか?

まずパンニングといって楽器の音を左右に振ったり、リバーブをかけて空間を広く聴かせたりつつ、いろんな楽器が同時に鳴ったときに干渉し合う帯域を少し整理して、お互いのスペースを潰し合わないような音作りにしています。それからこの曲に関しては、楽器間の関係性で相対的に広く聴かせるようにしていますね。例えばボーカルやキック、スネア、ベースは真ん中に置き、ブラスは思い切り左右に広げているので、その対比でより広く聞こえると思います。

──奥行き感に関しては?

鳴っている楽器を無理に全部聴かせようとするとグシャッとして平面的になってしまうので、「ここはこの人が主役」と決めて、そこだけ前面に出していきました。もちろんボーカルが主役としてありつつ、ブラスをバーンと出したり、ギターを出したり。シンセやゴスペルクワイアも入ってるんですが、それらをセクションごとにボリュームを上げ下げして、そのときの主役とそうじゃない人の差をはっきりつけて立体感を出しています。全部を一律で出してしまうと、賑やかで派手にはなるんですが、派手という印象だけが先行しちゃって逆にアレンジやサウンドの印象が残りにくいと思うんですよね。

──イン・ザ・ボックスということですが、エフェクターもハードウェアは一切使わずに、プラグインだけで完結しているんでしょうか?

そうですね。僕がエンジニアを始めたときはもう珍しいことではありませんでしたし。自宅の作業部屋とスタジオを行き来しながらミックスしているのですが、ハードウェアを使うと完全に元に戻すのは不可能なので、その日のうちにミックスを仕上げないといけなくなる。これは僕自身の都合なんですけど、1日でミックスを仕上げないんですよ。必ず一回寝てから後日もう一度客観的な耳で聴くということを絶対やっていて、そういう工程を考えるとファイルを開けばリコールできるという利便性は大きいです。ハードウェアの音が必要なときには、録りの時点で使います。システムとしては、MacにThunderbolt接続で、オーディオインターフェースとしてAPOGEEのSymphony I/Oをつないで、モニタコントローラーとしてGRACE DESIGNのM920を使っています。それにヘッドフォンやスピーカーをつないでいます。

<後編に続く>

小森雅仁

1985年2月生まれ。バーディハウスを経てフリーランスのレコーディングエンジニアに。米津玄師、小袋成彬、Yaffle、Official髭男dism、高岩遼、iri、世武裕子といったアーティストのミックスを手がけるほか、宇多田ヒカルの作品ではボーカルレコーディングを担当している。

※記事初出時、一部楽曲タイトル内のアーティスト名に誤りがありました。訂正してお詫びいたします。

取材・文 / 中村公輔 撮影 / 星野耕作