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hitomi「LOVE2020」から伝わる時代の変化と不変のメッセージ 古市憲寿が歌詞を読み解く

音楽

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リアルサウンド

 疲れた時にはhitomiを聞きたくなる。

 昔、そんな音楽評を読んで納得した覚えがある。だって彼女の音楽はいつだって、「今の自分」を許してくれるから。

 普通、元気をくれる音楽といえば、夢を追えとか、もっと頑張れとか、あきらめるなとか、大空に羽ばたけとか、やたら意識が高い。もちろんそんな曲に励まされる日もあるが、本当に疲れた時に、力強いメッセージは耳に痛い。

 だけどhitomiには、そんな応援ソングとはひと味違う曲が多い。たとえば初期のヒットソング「CANDY GIRL」は曲調こそ派手だが、サビで〈もっと楽に生きていきたい〉と宣言。「人生楽ありゃ苦あり」「毎日いいことばかりじゃ疲れるし」と、冴えないことが続く毎日を、ささやかに認めてくれる。

 そんなhitomiの作品群の中でも、最も有名な応援ソングといえば「LOVE 2000」だろう。シドニーオリンピックで高橋尚子選手が試合前に聞いていたことでも話題になった。印象的なギターのイントロ、〈愛はどこからやってくるのでしょう〉という明るいサビが特徴の曲は当時「金メダルソング」と呼ばれたりもした。

hitomi / LOVE 2000

 しかし歌詞をよく読んでみると、実は「LOVE 2000」もだいぶ肩の力が抜けている。

〈大切な事も見過ごしちゃったとしても また見つければイイ〉

〈力まかせじゃ どうにもならない事もアル〉

 何としてでも心を奮い立たせるような歌詞ではなく、とにかく自然体でいいと僕たちを励ましてくれるのだ。

 これは、応援ソングのあるべき姿の一つだと思う。だって、勝負の日だけ能力が劇的に上がるような人ばかりではないから。実際は、緊張のせいで本番に失敗してしまう人も多いだろう。そんな時は〈力まかせじゃ どうにもならない事もアル〉という一言が、どれほどありがたいか。

 その「LOVE 2000」のリリースから約20年が経った今年、新バージョンが発表された。題して「LOVE 2020」。メロディはそのままに、歌詞やアレンジを一新した曲だ。

 この「LOVE 2020」、歌詞がとてもいい。〈いいね!が少なくても〉とか〈世間体気にしてる テレビのコメンテーター〉など今っぽいキーワードを取り入れた箇所も興味深いが、僕がまず気に入ったのは、〈キャパオーバーな毎日 気持ちとはズレるけど これで良しと思わなきゃ進めない〉という部分。思い通りにいかない毎日をなぐさめてくれる。

hitomi / LOVE 2020

 一番の注目ポイントは、「LOVE 2000」で〈ニセモノなんか興味はないワ ホンモノだけ見つけたい〉と歌われていたサビだ。その部分が「LOVE 2020」では〈ニセモノだって愛せたなら ホンモノより輝きだす〉と変更されている。

 本当にそうだと思う。僕たちはよく「ホンモノ」と「ニセモノ」という言葉を使う。「この音楽はホンモノだ」とか「あの人の才能はニセモノだ」とか。でもほとんどの場合、「ホンモノ」や「ニセモノ」の違いなんて主観に過ぎない。だから〈ニセモノだって愛せたなら ホンモノより輝きだす〉というのは、僕も完全に同意する。

 「LOVE 2000」が発売された2000年6月28日、僕は高校1年生だった。たぶん期末テストを控えた時期だったと思う。「LOVE 2000」のシングルCDは、駅前のAVトーヨーという店で買った気もするし、ALIVEというレンタルショップで借りた気もする。

 あれから約20年が経ち、今はこうして「LOVE 2020」について文章を書いている。不思議なものだと思う。20年というのは、人間ひとりを変えるのに十分な期間だ。

 10代は30代に。20代は40代に。30代は50代に。それは人によっては幸せな20年だったかもしれないし、人によっては不本意な20年だったかもしれない。

 だけど「LOVE 2020」は、きっとどんな20年も受け止めてくれる。そして、どんな20年もそんなに悪くなかったんじゃないかと励ましてくれる。そうやって「今の自分」を許してはじめて、人は前に進めるのだと思う。

■古市憲寿(ふるいちのりとし)


1985年東京都生まれ。社会学者。若者の生態を的確に描出し、クールに擁護した著書『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社)、小説『平成くん、さようなら』(文藝春秋)などで注目される。日本学術振興会「育志賞」受賞。最新刊は『誰の味方でもありません』(新潮新書)。