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何が少女を殺したのか? 『ウインド・リバー』が突き付けるアメリカ先住民・保留地の壮絶な実態

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リアルサウンド

 月明かりが照らす広大な雪原を、血を流しながら一人裸足で走る若い女性。彼女の死をめぐってこの映画は展開する。なぜ彼女は雪原を走っていたのか。なぜ彼女は血を流していたのか。なぜ彼女は死ななければならなかったのか。

 一体、誰が、何が、彼女を殺したのか。

 その雪原はアメリカ中西部の山岳地帯にあるワイオミング州、さらにその内部の「ウインド・リバー保留地(Wind River Indian Reservation)」の中にある。ワイオミング州は日本の7割弱ほどの広大な土地に、アメリカ50州のうち最少の60万人弱の人口を抱える人口密度の小さな州だ。その中ほどにあるウインド・リバー保留地には2〜3万人ほどのアメリカ先住民が暮らしているという。

 テイラー・シェリダン監督が本作『ウインド・リバー』のテーマに選んだのは、「アメリカ先住民(Native American)」、そして先住民の各部族が自治を行う「保留地(Reservation)」における残酷なまでに厳しい生活環境だ。

 厳しい自然環境、水道など生活インフラの不備、圧倒的な失業率、蔓延するアルコール依存、ドラッグ依存、ギャング、家庭内暴力、レイプ、糖尿病……。多くの保留地には一定規模以上の産業が存在せず、カジノや刑務所、ウランの採掘場や産業廃棄物処理場などにまで土地を差し出してきた。さらに、保留地を離れて都市に出たネイティブ・アメリカンたちには人種差別の現実が立ちはだかってきた。

 この環境は「フェア」じゃない。映画の主人公であるコリー(ジェレミー・レナー)はそう言う。フェアではない環境の中で、先住民にルーツを持つ人々が自分自身を傷つけ、そしてコミュニティ内部の他者をも傷つけてきた。一体なぜこんなことになってしまったのか。その理由を知るには、少しだけ歴史的な経緯を理解する必要がある。

 彼らは何よりもまず「土地を奪われた人々」である。

 ヨーロッパからの植民者が訪れる前、彼らは北アメリカの全ての土地に対する自由を持っていた。もちろん、実際には「ネイティブ・アメリカン」という一つの部族がいたわけではなく、非常に多くの部族がそれぞれに固有の生活圏で暮らしていた。現在のカナダに近い地域からメキシコ北部に至るまで、「アメリカ先住民」と括られる諸部族は様々な地域でそれぞれのコミュニティを形成していた。

 そうした土地の上に、植民者たちはアメリカ合衆国という巨大な連邦国家を構築し、そのために先住民を虐殺し、土地を奪い、全国土の3%にも満たない保留地へと強制移住させ、寄宿学校で子どもたちを「アメリカ化」した。現在、アメリカ先住民の人口は500万人強でアメリカ全人口の2%弱を占める。実のところ、その約8割は、合計326の保留地の外で暮らしていると言われる。なぜか。

 彼らへと充てがわれた土地が、人間が住むのにはあまりにも厳しい土地であることがその大きな理由の一つである。先住民の部族には、植民者たちが自分たちには「不要」であり、「住むに値しない」とみなした土地のみが与えられた。ネイティブ・アメリカンたちがそうした辺境の土地へと強制的に移住させられたことが、彼らの多くが保留地を離れざるを得ない根元的な理由になっている。

 物語の中盤、彼女の「死因」をめぐって一つの論争が起こる。彼女が死んだのは自然のせいなのか、それとも人間のせいなのか。雪原で生き絶えた彼女は誰かに殺されたのか、それともあまりの寒さのせいで死に至ったのか。

 死因が人間である、つまり「殺人」であることさえ科学的に立証できれば、アメリカ連邦捜査局、つまりFBIが積極的に動くことができる。しかし、そうでなければ連邦政府のインディアン局(BIA)の管轄となり、実際に動くのはウインド・リバー保留地の部族警察だけになってしまう。彼らは広大な土地をあまりにも少ない人数(本作では6人とされている)でカバーしており、真相究明はほぼ不可能になる。

 自然のせいなのか、人間のせいなのか。誰のせいなのか、何のせいなのか。その「真相」は闇へと消えてしまうのか。しかし、この問いは単に監察医の科学的判断にだけ関わる話ではない。

 ウインド・リバーで人が死ぬ。ウインド・リバーで若い女性が死ぬ。なぜ彼女は死ななければいけなかったのか。なぜ息をするだけで肺が破裂するような極寒の雪原で、ただ一人走り続けなければいけなかったのか。一体「誰」が彼女を見捨てたのか。一体「何」が彼女を殺したのか。

 「理由」は、どこまでも遡ることができる。「フェア」ではない環境の中で、アルコールに溺れるものがいる。ドラッグに溺れるものがいる。理性を失い、暴力に溺れるものがいる。

 では、なぜ彼らは溺れてしまったのだろう。溺れたものたちと、溺れなかったものたち、同じ環境の中で、彼らを二つに分かつものは一体どこにあったのだろうか。

 この映画はアメリカ先住民を取り巻く残酷な環境を痛切なまでに描き切っている。そして、彼らをこの環境のうちへと見放し、取り残した、アメリカという国のおぞましい成り立ちと歴史そのものを直視することを迫っている。彼女が死んだのは偶然ではない。彼女を殺したのは歴史であり、彼女を殺したのは国家である。

 しかし、それは物語の半分だ。もう半分は、やはり人間の方にある。

 物語の終盤、「運」などかけらも落ちていない極寒の地を舞台に、テイラー・シェリダンはそれでもなお強く「人間」であり続けようと意志する人間たちを描き、彼らを「人間」であり続けることを束の間諦めてしまった人間たちと対決させる。

 そうして私たちは学ぶのだ。溺れたものたちと、溺れなかったものたち、その違いこそが彼女から命を奪い去ったのだということを。

 運に見放された場所では、逆説的に、人間の意志こそがすべてを決定する。そういう直視されざる辺境を、かの超大国はその内側に今もなお抱え持ち続けている。

■望月優大
ライター・編集者。日本の移民文化・移民事情を伝えるウェブマガジン「ニッポン複雑紀行」編集長。移民・難民問題など社会的なテーマを中心に様々な媒体にて執筆。経済産業省、Google、スマートニュースなどを経て株式会社コモンセンスを設立し独立。東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。趣味は旅、カレー、ヒップホップ。1985年生まれ。Twitter:@hirokim21

■公開情報
『ウインド・リバー』
角川シネマ有楽町ほかにて公開中
監督・脚本:テイラー・シェリダン
出演:ジェレミー・レナー、エリザベス・オルセン、ジョン・バーンサル
音楽:ニック・ケイヴ、ウォーレン・エリス
提供:ハピネット、KADOKAWA
配給:KADOKAWA
原題:Wind River/アメリカ/107分/カラー
(c)2016 WIND RIVER PRODUCTIONS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
公式サイト:http://wind-river.jp/