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『全裸監督』内田英治監督は“海外”を意識 配信プラットフォームに見るローカル言語ドラマの力

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リアルサウンド

 2015年から2017年にかけてノルウェーの国営放送局によって製作されたティーンドラマ『SKAM』が、ノルウェー語の作品ながら国境を越えて大ヒットを記録し、フランス、イタリアなどのヨーロッパ各国やアメリカでリメイクされた。かつては、視聴者はDVDやテレビ局が海外から買い付けた番組が放送されるまで待たなければならず、ある程度の成功が見込まれるアメリカやイギリスなど英語圏のドラマが精一杯であったのが、今ではNetflixやAmazonプライムなどの配信サイトにより、数多くの英語以外の言語による海外ドラマを観ることが可能になった。こういった高い質の作品は、やがて国境を越えたオーディエンスに観られ、グローバルヒットとなるケースも増えている。

参考:『全裸監督』黒木香役で圧倒的存在感! 女優・森田望智のキャリアに裏打ちされた演技メソッドとは

 配信サイトの中でも、英語以外の外国語コンテンツが充実しているのはNetflixである。9月6日からシーズン2の配信が開始されたスペイン語の『エリート』をはじめ、スウェーデンの『クイックサンド:罪の感触』、ドイツの『ダーク』、デンマークの『ザ・レイン』、ブラジルの『3%』など、多くの良作がある。Amazonプライムでは、大人気の北欧ミステリー『THE BRIDGE/ブリッジ』などが現在視聴可能である。Netflixは、特にオリジナル作品として、ローカル言語の製作に非常に積極的な姿勢を見せており、スペインでの製作スタジオローンチをはじめ、ヨーロッパでのコンテンツ製作を強化するというニュースがハリウッドの業界誌「Variety」で報じられたほか、タイ語や中国語、ヒンディー語など、アジア各言語でのオリジナルコンテンツの製作に投資をしていく予定であると報じられている。こういった各国語によるコンテンツの製作は、各ローカルマーケットでのプレゼンスを上げるための配信プラットフォームの戦略の一つであるが、ノルウェー語の『Ragnarok』やスペイン語の『El Inocente』など、すでに発表されているものでも、そのタイトルは相当数に上る。

 日本語のオリジナルコンテンツもその例に漏れず、2015年の日本ローンチ時に配信された『火花』をはじめ、『深夜食堂』など、これらの作品によって、海外のユーザーが日本のドラマを目にすることができるようになっている。1億2千万の人口を抱え、毎クール数多くのドラマが作られる日本は、世界的に見てもローカル言語のコンテンツの力が強い市場だと言えるが、一方でドラマが扱うテーマや、1シリーズ12話前後というフォーマットの違いから、海外マーケットにおける日本の実写ドラマの需要はそこまで高くはなかった。そんな中、この8月8日に『全裸監督』の世界一斉配信が開始された。「アダルトビデオの帝王」と呼ばれたAV監督・村西とおるの半生を描いた本作は、一人のセールスマンが「帝王」と呼ばれるまでのドラマの中に、人間がありのままの姿・欲望を追い求めることの意味を追求した作品であるが、日本でこれまでタブーとされてきた「性」というトピックを正面から描いた本作が、日本だけでなく、世界に向けて発信されたことの意味は大きい。

 本作の脚本・監督を務めた内田英治監督は、現在テレビ東京で放送中の『Iターン』の脚本・監督も務めるなど、大きな注目を集めているが、2015年に製作した映画『下衆の愛』が海外30以上の映画祭で出品された際には、自身も映画祭へ出向いて海外のオーディエンスからのリアクションを肌で感じたという。また、アメリカのLAとNYそれぞれで短編を製作するなど、海外へ進出することに強いこだわりを持っているが、今回の『全裸監督』の制作にあたっては「海外のオーディエンスをメインに考えていました」と言い切る。「海外の配信会社で作品作りをする上で、やはりもっとも考えてしまう重要なこととして、多くの人が指摘するように、日本でヒットするものは海外では受けない。逆に海外で評価されるものは日本では受けない。それくらい真逆の価値観なので、日本国内に向けた映画を撮るようにはいかないと思うのです」と、本作への姿勢を述べた。

 今後も配信サイトなどで観る機会が増えていくと思われる英語以外のコンテンツであるが、国が変わると、ストーリーにも多様性が生まれる。例えばブラジルの『3%』は、「豊かな世界と貧しい世界に二分された近未来で、豊かな暮らしを得るため、たった一度だけ与えられた、合格する確率がわずか3%の“選定プロセス”に挑まねばならない」という世界の中に、現実社会に残る貧困問題を反映しているし、スペインの『エリート』は「富裕層の生徒ばかりの名門高校に転校してきた労働者階級の学生とその周囲の人々」を描くことで、スペインにも存在している社会格差や宗教をめぐる確執に対する問題提起がされている。今日のアメリカのドラマでは、必ずジェンダーや人種的マイノリティのキャラクターが描かれると言っても過言ではないほど、「多様性」の議論がある程度煮詰まってきた感もあるが、外国のローカル作品の中には、今や世界的な議論になっている「多様性」のあり方に加えて、様々な社会事情が反映されている点は非常に興味深い。

 内田監督はこの動きについて、「『多様性』こそが映画。そして、それが世界的に、面白い作品が次々に生まれている要因」と述べつつ、日本の現状への危機感も滲ませる。「日本ではとても画一的な作品が多く、ひとつのジャンルを何度も使い回す金太郎飴のような作品がとても多いと思います。それはそれでお客さんが入るからいいとは思いますが、同時にもっと様々な個性があってもよいと思います。とくに、政治的なものや、ジェンダー、人種など、もっとジャンルミックスが進み、社会性と娯楽性の融合が進むことを期待します」。

 また日本に限らず、「これだけ、様々な国の人間があちこちに存在するのに、映画やドラマには、相変わらず美男美女だけが登場して、背景である社会や時代性はまったく描かれない」という点にも触れる。「『全裸監督』では時代を描くということを意識しました。時代があり、そこに生きるキャラクターたちが浮き出てくるのだと思います」。こういった思いが、『全裸監督』の中で描かれている1980年という時代と、それを生きる人々の特異性を生き生きと描くことにつながったのではないだろうか。

 ところで、アメリカのコンテンツが世界のエンターテインメント市場を圧倒する中、これまで海外の人々の目に触れる機会がなかった優れた各国のクリエーターの存在を知ることができるようになったことで、彼らがハリウッドをはじめ、自国以外のマーケットで活躍するきっかけになる可能性も今後は大きくなる。彼らがどのような仕事をし、作品が世界の各国でどのように受け入れられるかを、以前よりもはるかに簡単に知ることができるのだ。そして、それは国境の垣根を取り去り、クリエイターやタレントの動きをより活発にすることにつながる。

 そして「世界に進出する」というところで言えば、上で述べたような全世界で観ることのできるローカル言語のコンテンツをローカル市場で作ることと、一人物理的に日本を離れて世界の舞台に出ることは、同じ「世界」をターゲットにしていても、似ているようで全く違う。日本は、映画の興行収入はアメリカ、中国に続いて世界第3位、年間70本以上のドラマと、劇場公開される作品でも600本以上の映画が作られる国である。無理して海外を意識しなくても、十分にやっていける市場と言える。

 そんな中、海外の市場に出ることに見いだされる意味とは何か? そんな問いに内田監督は、「確かに、日本は内需でほぼやっていけるプチ映画大国。でも、実際に生活していけるのは、ほんの一部かと思います。多くが、やっていけません。それは、アニメ大国でありながら、アニメーターのほとんどが生活苦であるのと一緒かと。よい仕事はベテランに集中するので、若手はさらに厳しい状況です」と、そこで残された選択肢が海外しかない現状に警鐘をならす。

 「海外に出るというよりは、海外で評価され、お金にもなる映画が増えればよいと考えるだけで、決して『ハリウッドに行きたい!』というような発想ではないです。例えば、韓国映画が海外で成し得てきた道はやはり羨ましいですね。自国映画で、自国の言語で、自国の文化を描いて、世界でヒットした作品がたくさんあります。よいところは、学んでいく必要があると思うのです」と、日本を出て海外に出る、という大げさな考え方ではなく、外にある機会を掴み、学べるところは学ぶ、という冷静かつ謙虚な姿勢を崩さない。

 現在アメリカの市場は、テレビシリーズの黄金時代と言われてから数年が経つが、その熾烈な競争の中で話題をさらってきたのは、『13の理由』や『ゲーム・オブ・スローンズ』『THIS IS US/ディス・イズ・アス』『ブラック・ミラー』といった説得力があって共感を呼ぶストーリーであり、冒頭に述べた『SKAM』の大ヒットの最大の要因もそこにある。共感は、演じる人の国籍がどこであろうと、使われる言語が何語であろうと、それが例えファンタジーの世界であろうと、活躍の場が限られる女性たち、貧困によって将来の可能性が奪われる子供、あるいは嘘と不正まみれのビジネスの世界、そういったリアルな世界に生きるキャラクターがいれば、共感は生まれる。エンターテインメントの世界から国境がなくなり、世界中の人々があらゆる言語の作品にアクセスが可能になり、世界のオーディエンスをターゲットに勝負をするということは、そういったものが求められている市場に行くことを理解することが必要である。

 配信プラットフォームは、新たな市場での拡大のため、今後さらに多くのテリトリーでローカル言語のコンテンツ製作が展開されることは明らかである。市場の規模などから判断すると、今後可能性が高いと見られているのはロシアや東ヨーロッパと中東である。物理的に世界に出なくても、作品が世界のオーディエンスの目に止まる環境によって、いわば手軽に世界で戦える環境ができたわけであるが、競争は逆に熾烈になってくるだろう。そんな時、より多くの日本人クリエイターやコンテンツが、世界の共感から取り残されたもので決してないことを願って止まない。

 「日本人は表現が独特なので、日本人にしか分からない表現は考え抜く必要があります。とはいえ、海外だからと海外作品の真似をしても意味がない。日本的な表現や、日本の物語は個性となるので、絶対的に必要ですね」。ローカル発でグローバルオーディエンスに向けた作品作りの重要性を話す内田監督だが、安易な表現をせず、自分たちのユニークなストーリーを「考え抜く」ことこそ、これからの競争を生き抜くために必要なものかもしれない。

【参照】
・https://variety.com/2019/film/global/netflix-madrid-production-hub-inaugurated-by-reed-hastings-1203180499/
・https://variety.com/2018/tv/asia/netflix-series-naked-director-takayuki-yamada-1202998207/
・https://www.reuters.com/article/us-netflix-asia/netflix-steps-up-original-asian-content-to-hook-international-viewers-idUSKCN1ND0AM
・https://variety.com/2019/tv/spotlight/netflix-eyes-more-italian-productions-1203308742/
・https://www.japantimes.co.jp/culture/2019/08/07/tv/story-naked-ambition-dubious-morals/#.XW0SRdW2y8U
・https://www.screendaily.com/news/netflix-amazon-youtube-chiefs-talk-local-language-strategies-at-content-london/5134915.article
・https://www.hollywoodreporter.com/news/netflix-may-target-russia-australia-eastern-europe-originals-1236876
・https://www.cnet.com/news/netflixs-plan-to-get-everyone-watching-foreign-language-content/

(神野徹)