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蒼井優の振り切れ具合は、狂気の沙汰 『宮本から君へ』の“熱さ”を牽引する魅力を読む

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 蒼井優の本気が凄い……。池松壮亮がタイトルロールである主人公・宮本浩を演じ、その熱い生き様が話題を呼んでいる映画『宮本から君へ』。本作は同名ドラマの映画版であり、ドラマ以上に熱い物語展開に拍車がかかっているのだが、それを先陣切って率いているのが蒼井なのである。

 単一のイメージに収まらないさまざまなタイプの作品・役柄に挑み、それらをすべてモノにしてきた蒼井だが、『オーバー・フェンス』(2016)や、主演女優賞を総嘗めにした『彼女がその名を知らない鳥たち』(2017)で演じたヒステリックな女性役はとりわけ高く評価されている。前者では、あまりに真っ直ぐな魂を持つがゆえに、ときに突飛な振る舞いを見せてしまう女性を。後者では、自身に献身的に尽くす年上の男に強い嫌悪感を抱きながらも、そこに依存せずにはいられない女性を演じた。いずれもが心に激情を抱え、ときおり常軌を逸した姿を見せる女性の役だったのだ。

【写真】泣き崩れる蒼井優

 どちらのキャラクターにしても、つい目を背けたくなったり、思わず彼女たちを嫌悪してしまった方も多いのではないかと思う。だが、演じる蒼井は、決して観客を突き放したりはしない。私たちを置いてきぼりにして一人で突っ走っていくようなことはしないのだ。

 『オーバー・フェンス』で蒼井と対面する相手はオダギリジョーであり、一方の『彼女がその名を知らない鳥たち』では阿部サダヲである。両者とも日本映画界において中核を担う存在であることは広く認識されているが、どちらの作品でも、演技面で彼らの手を引いているのは蒼井のように思える。もちろん、彼らが彼女を支える側に立ち、“受けの芝居”に徹しているというのは大きい。蒼井の演じるキャラクターが、その直情的な性格で相手に強い影響を与えれば、必ずやそれと同等以上の反応が返ってくるだろう。そこで彼女の直情さはますますヒートアップし、これを繰り返すうちにある種のグルーブ感が生まれるのだ。そして、彼女に対する男たちの性質や挙動の差異が、それぞれの作品の感触を左右することにも繋がっていた。

 本作『宮本から君へ』で蒼井が演じる中野靖子役は、その究極系とも思える。ネタバレとなるためあまり深くは触れたくないところではあるが、靖子がヒステリック気味に振り切れてしまうのにはもちろん理由がある。しかし、それをきっかけとして主人公・宮本は、本作の物語の主軸となる、大きな決断と、その末に成長を果たすのだ。つまり彼の変化の原動力となるのは、蒼井が演じる靖子の存在なのである。

 当然ながら、本作での池松の本気も凄い。『夜空はいつでも最高密度の青色だ』(2017)にて、第9回TAMA映画賞で最優秀男優賞を受賞した彼の「1本1本こだわってあきらめずにやっていきたいと思っています」ーー「第9回TAMA映画賞」最優秀男優賞受賞時のコメント(引用:プログラムレポート:第9回TAMA映画賞授賞式)という言葉に嘘はなく、以降も役どころの大小に関係なく、相次いで公開される作品の中で彼の映画に対する熱量を感じてきたのは多くの方が同じはずだ。

 それを、“熱さ”が売りの宮本役で主役を張るというのだから、期待しないわけにはいかない。だがこれを引き出しているのは、人物の位置関係・構図的にも蒼井の方なのだ。宮本の失態のせいで、靖子は深い傷を負い、彼女の起こすヒステリーは日に日にエスカレートしていくが、彼女の負った傷が傷なだけに、これが非常に痛ましい。彼女の痛切な叫びを聞くのは耐え難く、耳を塞いでしまいたくなるほどだ。そこで彼女の切実な訴えに呼応するように宮本の熱量も限界突破するほどまでに増し、こちらが仰け反るような振り切れ具合を見せるものの、それは先に述べたオダギリや阿部と同じく、演じる池松もまた“受けの芝居”、リアクションをする側なのである。この呼応し合い、反復していく熱量が、本作の手触りを強く決定づけているだろう。冒頭で述べたように、本作を率いているのが蒼井だと感じるゆえんである。

 今作はラブストーリーでありながら、ヘビーな役どころを演じる蒼井だが、目を背けたくなるような描写も多いだけに、撮影現場もかなりハードなものだったのではないだろうか。彼女の一挙一動は、見る者に鮮烈な印象を与えるに違いない。そしてやはり、ときおり見せるチャーミングな笑顔は、突き放された私たちをまた惹きつける。彼女は単一のイメージに収まることはないと述べたが、今年の公開作である『海獣の子供』『長いお別れ』『ある船頭の話』など、今作とは趣をまったく異にする作品に触れれば、その一端を垣間見ることができるだろう。

 狂気の沙汰とも思える振り切れ方を見せながらも、決して観客を突き放したり置いてけぼりにさせないのが蒼井優の凄味。ときおり見せる愛らしさの配分などに、まだ30代半ばながら、俳優としての技術の円熟味を感じさせる。

(折田侑駿)