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『ロング・ウェイ・ノース』『ディリリとパリの時間旅行』……EU圏アニメーションの特徴とは?

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リアルサウンド

 2019年下半期は海外製アニメーション映画が多く公開されている。日本はアニメ大国ということもあり毎週のように劇場にてアニメ映画が公開されているが、アメリカ以外の国のアニメ映画は公開規模が小さいこともあり、馴染みがないという方も多いのではないだろうか? 今回はヨーロッパ、特にフランスのアニメーションに着目し、その魅力に迫っていきたい。

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 現在、世界では大きく分けて3つのアニメーションの文化圏がある。ディズニー/ピクサーを中心に商業的に大きな成功を収めるアメリカ。独自の進化により独特のアニメーション文化を築き上げている日本。そしてアートアニメーションの側面も強いヨーロッパの作品だ。短編に比べると長編アニメーションの制作は、必要となる技術や予算も跳ね上がるため長編アニメーションの制作が可能な国は限られている。豊富な人材と物資があったアメリカ、作画枚数を減らすなどの独自の工夫を重ねた日本、そしてヨーロッパが中心となり世界のアニメーション文化を牽引してきた。

 フランスの巨匠として名高いのがミッシェル・オスロ監督だ。独学でアニメーションを製作し、1979年に『3人の発明家たち』にて短編デビューを果たす。1998年に発表した長編『キリクと魔女』が大きな話題を呼び、その後もCGで作られた『アズールとアスマール』や影絵で作られた『夜のとばりの物語』を発表し、2019年には『ディリリとパリの時間旅行』が日本で公開されている。

 『ディリリとパリの時間旅行』は19世紀末ごろのパリを舞台に、ニューカレドニアにルーツを持つ少女ディリリが少女誘拐事件の解決に向けて男性支配団と名乗る男たちを追い、少女たちの救出を目指す物語である。本作は第44回セザール賞でも最優秀アニメ作品賞を獲得している。注目するポイントとしては、写真を参考にしながらパリの街並みを豊かな色合いで魅力的に描いている点だろう。ディリリが街を冒険する様子を眺めるだけでも、パリの街並みを歩いているような気分になる。またオスロは葛飾北斎や歌川広重の浮世絵などの日本文化にも影響を受けており『ディリリとパリの時間旅行』でもオペラ歌手のガウンの下に着物がちらりと見えるといった工夫を明かしている。日本文化の影響を探すのも楽しみ方の1つではないだろうか。

 次に注目する作品はフランス・デンマークの合作で制作された『ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん』だ。19世紀のロシアのサンクトペテルブルクに暮らす貴族の女の子サーシャが、北極航路に探検に出たまま帰らない祖父を探しにいく、という物語。本作は高畑勲監督が生前に高く評価したほか、毎年3月に池袋にて開催される東京アニメアワードフェスティバルにてグランプリを獲得するなど日本でも高い評価を獲得した。

 その特徴は背景と人物を隔てる実線がないことだ。多くのアニメーションは人物と背景をはっきりと区別するためにキャラクターの輪郭に黒い線を引いている。その線の太さでも作品全体の印象が変わり極端に太ければ力強さを、細ければ繊細な印象を受けるのだが、本作は実線が引かれていない。その影響もあり美しい背景と人物が従来のアニメーション以上に一体となっているように感じられ、レイアウトや色彩の魅力も加わり1つ1つの場面に絵画のような美しさが宿る。

 『ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん』を見ていると高畑勲、宮崎駿作品や東映動画作品を見ているような感覚を受ける。日本のアニメーション文化が成熟する前に参考にされたヨーロッパの名作アニメーションたちが、技術を進歩させて現代に生まれ変わったかのようであり、日本のアニメが忘れてしまったかもしれないものを思い出させてくれる作品だ。

 この2作品ともに、現代に重要な、女性の活躍を1つのテーマとして描いていることも特筆すべき点だ。オスロ監督は幼少期をアフリカで過ごした影響もあり『キリクと魔女』においてもアフリカの文化をモチーフとしている。『ディリリとパリの時間旅行』ではニューカレドニアにルーツを持つ少女を主人公とし、パリの街を冒険しながら男性支配団を追う姿は人種や民族の多様性と、女性の活躍する社会の実現を願った作品と受け止められる。また『ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん』も貴族社会で成長した少女が、家長である父親や多くの大人の反対を振り切り、一人で祖父を探しにいく。過去の慣習にとらわれることなく、自分の判断で大きな世界に飛び出していく力強い姿が印象に残る。

 この社会性のある作風は、フランスやヨーロッパのアニメーション映画の特徴と言えるだろう。2018年に公開されたスイス・フランスの合作作品であるパペットアニメーション『ぼくの名前はズッキーニ』では両親と離れなければいけない事情を抱えた子供たちが児童保護施設内での生活を通して友情や愛情を育む姿が描かれている。

 また表現手法も多彩だ。アメリカの場合はCGアニメーション、日本の場合はCGに加えて手書きのアニメーションが主流となっているが、フランスやヨーロッパのアニメーションは必ずしもそうとは言えない。オスロ監督はCGや影絵など様々な手法に挑戦しており、1作ごとに映像面では作風が異なっている。他にも『ぼくの名前はズッキーニ』のようなパペットアニメーション、またカートゥンのようなアニメーションの持つ動きの快楽性を重視したシルヴァン・ショメ監督の『ベルヴィル・ランデブー』や、日本でもスタジオジブリ製作に参加し東宝が配給したことで大きな話題を呼んだ『レッドタートル ある島の物語』はセリフを一切使わずに動きや映像だけで哲学的なメッセージを伝えている。

 一言にフランスのアニメーションといっても象徴的な映像表現手法が思い浮かばないほどの多様性に満ちている。またEUに話を広げれば、ゴッホの特徴的な油絵の画風をそのままにアニメーションとして動かした『ゴッホ 最期の手紙』や、鉛筆で描かれたような映像が楽しめるイギリスとルクセンブルグの合作アニメーション『エセルとアーネスト』などもある。アニメーションは“anima(生命)”を語源としており、無機物を動かして生きているように見せる手法である。アニメーションの手法を1つに限定することなく、その可能性を広げる表現の数々に新鮮な感動を味わうことができる。

 2019年下半期は、他にも『アヴリルと奇妙な世界』や、中国アニメーションの『羅小黒戦記』が特集上映内で公開され、今後も、台湾のアニメーションである『幸福路のチー』、Netflixにて配信されていたものの劇場公開は初となる『ブレッドウィナー/生きのびるために』などの多くの海外製アニメーションが公開される。世界のアニメーションの幅広さと新鮮な感動をぜひ劇場で体感してほしい。

■井中カエル
ブロガー・ライター。映画・アニメを中心に論じるブログ「物語る亀」を運営中。