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佐藤千亜妃が語る、心惹きつけられた3曲の歌詞 「宇多田さんの楽曲は一箇所ズシンと重たい言葉が入っていたりする」

音楽

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リアルサウンド

 アーティストの心に残っている歌詞を聞いていくインタビュー連載『あの歌詞が忘れられない』。本連載では事前に選曲してもらった楽曲の歌詞の魅力を紐解きながら、アーティストの新たな魅力を探っていく。第2回目には、現在活動休止中のバンド・きのこ帝国のフロントマンであり、ソロとして活動中の佐藤千亜妃が登場。佐藤が選曲したのは、宇多田ヒカル「サングラス」、くるり「春風」、BUMP OF CHICKEN「Ever lasting lie」の3曲だった。佐藤はこの3曲のどういったところに魅了されたのか、また、彼女の歌詞に対する考え方の変化についても話を聞いた。(編集部)

(関連:【インタビューカット】佐藤千亜妃

●宇多田さんならではの重力のバランスは、無意識的に自分の中で浸透しています
ーー今回選曲いただいたなかでも、特に宇多田さんの詞は佐藤さんの曲に通じるところがあるように感じます。

佐藤:すごく影響を受けていますね。「歌詞」というものを意識するようになったのは、宇多田さんからです。人生についてふと考えさせられるような言葉を随所に散りばめている人だと感じます。

ーー宇多田さんの楽曲のなかで、なぜ「サングラス」(2ndアルバム『Distance』収録)を選ばれたのでしょうか。

佐藤:すごく好きな曲なんですけど、特に〈同じ立場/じゃなきゃ/分かって/あげられないこと/神様/ひとりぼっち?/だから救える〉ってフレーズにハッとさせられたんです。神様の視点についてあんまり考えたことがなかったので、中学生のときに初めてこの曲を聴いて衝撃を受けました。この曲は、“人はみんな孤独だけど、わかりあえる誰かと出会うこともできる”っていう歌詞だと思うんですけど、“神様もひとりぼっちだからこそ、誰かを救うことができる”って考え方、なかなか思い浮かばないです。

ーーたしかに。

佐藤:宇多田さんの曲には、格言めいたフレーズも入っていて。例えば「In My Room」(1stアルバム『First Love』収録)の〈ウソもホントウも 口を閉じれば同じ〉〈夢も現実も 目を閉じれば同じ〉っていうフレーズもリリカルで自分の胸に刺さりました。宇多田さんの楽曲は、一聴するとポップに聴こえる曲でも一箇所ズシンと重たい言葉が入っていたりする。宇多田さんならではの重力のバランスは、無意識的に自分の中で浸透しています。歌詞を書くにあたって、一箇所重く響くところを入れたいという気持ちは常にありますね。

ーーでは、くるりの「春風」についても聞かせてください。

佐藤:〈花の名前をひとつ覚えて/あなたに教えるんです〉から〈花の名前をひとつ忘れて/あなたを抱くのです〉っていう展開に驚きました。受け手の想像力に委ねられている歌詞ですよね。一番の〈花の名前をひとつ覚えて〉は“花の名前を教えてあげたい”っていう愛情表現だと思うのですが、二番の〈花の名前をひとつ忘れて〉にはいろんな受け取り方がありますよね。“過去を忘れて”っていう意味でも捉えられますし、“相手に夢中になりすぎてせっかく覚えた花の名前を忘れてしまった”という意味でも捉えられる。でも、どちらにしても切なくていい歌詞で。岸田(繁)さんは、美しい余白を作るのが上手な方だなと改めて思いました。聴き手が歩んできた人生や物事の考え方によって180度感じ方が変わる歌詞ですよね。

ーー宇多田さんやくるりと比べると、BUMP OF CHICKENの「Ever lasting lie」(2ndアルバム『THE LIVING DEAD』収録)はストーリー性のある歌詞ですよね。

佐藤:藤原さんの歌詞は、物語のなかに人間の嫌なところや希望を差し込んでいてすごいです。この曲の主人公は、恋人との約束のために長い年月をかけて夢を掘り続けるのですが、おじいさんになったころにはなぜ掘っているのか忘れてしまう。「目的」のための「手段」だったはずが、気がついたら「手段」自体が「目的」に変わってしまった人の様子を書いているように感じます。一方で主人公の恋人は、おばあさんになって亡くなるまで主人公との約束を覚えるんです。その女性にとって、約束した瞬間が“永遠”だったんだなあと。藤原さんは、壮大な絵本のようなストーリーを音楽に乗せて表現するっていうとんでもないことをやっています。

ーーなるほど。

佐藤:でも、実は藤原さんの歌詞には影響を受けていなくて……。

ーーそれはなぜですか?

佐藤:大好きな詞ではあるんですけど、このストーリー性は藤原さんならではのもので誰にも真似できないと思うんです。中学生の頃に、「ガラスのブルース」(1stアルバム『FLAME VEIN』収録)を意識して、猫が出てくる歌詞を考えてメロディまでつけたことがあったんです。でも、やっぱりなかなか壮大な物語にはならなくて……。中学生の頭では、“猫と猫が出会って楽しく暮らした”ぐらいの物語しか作れなかったんです。藤原さんのような歌詞を書くのは、やっぱりすごく難しい。小説一本書くぐらいの労力がかかるんじゃないかなって思います。だからこそとても尊敬しています。

●子どもたちに対してどんな光を見せてあげられるかもすごく考えます
ーー佐藤さんの1stアルバム『PLANET』は、全体を通して歌詞の具体性が増して開放的な印象です。佐藤さんの歌詞を振り返ると、きのこ帝国初期の頃は強い怒りや苦しみが表現されていましたが、作品を重ねるにつれて人間の美しさが描かれるようになったように思います。また、そうした変化からは前に進もうとする意志も感じました。

佐藤:音楽を制限されそうになった時期に、人の自由を奪う人に対して負けないように攻撃的な曲を書いていました。世の中に牙を向いていたのだと思います。でもあるとき、憎んでいた人を許した瞬間があって。様々な考え方や心があったんだと理解したんです。それで、一方的に責めても何も生まれないなって実感して。「善」と「悪」に分けて考えるのではなく、一歩踏み込んで考えてみて「否定」ではなく「受け止める」考え方に変わったことで、歌詞の表現も大きく変わりました。

ーー歌詞がより具体的になっていったのも、そういった背景があるのでしょうか。

佐藤:それもありますが、投げかけたかったかたちとは裏腹に受け取ってマイナスな方向に進んでしまう人もいると気がついたことが大きかったです。“闇の中でもこういう風に感じられたら素敵だよね”ってことを歌っていたのですが、自分たちの楽曲が悪い意味での逃げ道として負を助長してしまうこともあった。だから、自分たちが思っている以上に音楽に対して責任を持たなきゃいけないって思うようになりましたし、これから生まれてくる子どもたちに対してどんな光を見せてあげられるかもすごく考えます。歌詞が明確化していったのも、そういった考え方の変化がありました。こんな自分でもいいんだって背中を押してあげられるような音楽を意識して作るようになりましたね。それ以降、周りからも「歌詞が開けてきたね」って言われるようになりました。

ーー一方で、『PLANET』には、宇多田さんや岸田さんのように重く響く言葉も入っていますよね。「空から落ちる星のように」の〈笑い方を忘れたのは/あなたと思い出すためだね〉は、まさにその一つだと思いました。こうした表現ができるのも、きのこ帝国から現在にかけての音楽活動があってこそなんですね。

佐藤:嬉しいです。私もこのフレーズが浮かんできたときに「書けた!」と思いました。これは、31年間生きてきたからこそ出てきた言葉だと思っていて。いろんなことが無駄じゃなかったなと思いましたね。

ーー音楽活動を行っていくなかで考え方の変化もあったかと思いますが、佐藤さんが作詞するにあたって最も重要としていることとは何でしょうか。

佐藤:心がギュってくる歌詞であれたらいいなと思っています。楽しい一辺倒に見える歌詞でも、一箇所に重力があるフレーズを入れたい。楽しいのに、笑ってるのに、泣けてくるってこともあると思うんです。一つの感情だけでは収まらない人間の情緒を表現していきたいですし、聴いている人の琴線に触れるような詞をいつも目指しています。(北村奈都樹)