今のボカロシーンだけが持つ“特異性”とは何か? キノシタ×ぬゆりが語り合う
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昨年初音ミクが生誕10周年を迎えるなどシーン自体が成熟を迎え、同時にハチとしてボカロPで活動をはじめた米津玄師が、本名名義の作品で2018年のJ-POPシーンの上半期ランキングを席巻するなど、今や日本を代表する才能を多数送り出す場所となったボーカロイドシーン。中でも2017年に大ブレイクした2人と言えば、「フィクサー」や「命ばっかり」が大ヒットを記録したぬゆりと、「はやくそれになりたい!」が旋風を巻き起こしたキノシタの2人だ。彼らは今年4月にgynoidからリリースされた台湾発の日本語ボーカロイド「心華」の楽曲を集めた楽曲集『心華EP ~春とら!~』で初競演。それぞれ「ディカディズム」と「ハナイロ☆シャイガール」を提供している。現在のボカロシーン屈指の人気を誇る2人に、それぞれの制作方法やルーツ、そして今のボカロシーンについて聞いた。(杉山 仁)
「ボカロによって性格や設定を決めて曲作りに入る」(キノシタ)
――2人は今日が初対面だそうですが、お互いの存在を知ったのはいつ頃だったのでしょう?
ぬゆり:僕がキノシタさんを知ったのは、2017年に「はやくそれになりたい」を聴いたのが最初だったと思います。投稿されて少し経ってからだったかもしれないですけど、あの曲を聴いたとき、サビの作り方にはシンパシーを感じるけれど、曲調は本当に全然違う人だな、と思いました。たとえるなら、キノシタさんが「陽キャラ」で、僕が「陰キャラ」みたいな(笑)。
キノシタ:いえいえ(笑)。
――シンパシーを感じる部分もあるけれど、自分とは違うタイプの魅力がある人だ、と。
ぬゆり:そうですね。
キノシタ:実は、僕もそういう感覚でした。僕がぬゆりさんのことを知ったのは2017年の「フィクサー」です。あの曲はコード感がお洒落で、あとはベースがすごいですよね!
――ほぼ同時期にお互いのことを認識したんですね。「はやくそれになりたい」と「フィクサー」の制作時に考えていたことを、それぞれ教えてもらえますか?
ぬゆり:「フィクサー」は、スネアを使わずにキックとハイハットのループばかりで作ろうと思ってできた曲でした。作っていたときは、ほぼそれだけがコンセプトという感じだったんです。なかなか人がやっていないような、変なことをしてみようと思ってできた曲ですね。僕は2015年ぐらいまでは今よりもっとバンドサウンドの曲を作っていましたけど、そのとき自分がDTMを教えてもらっていた人に、「自分より上手に作れる人が沢山いるジャンルで勝負するより、自分しか出来ないことを探したほうが良い」と言われたんですよ。
キノシタ:「はやくそれになりたい」は、ちょうど僕が(音街)ウナちゃんを使いはじめた頃で、「ウナちゃんを使って1曲作ってみよう」と思って制作をはじめました。自分の考えたウナちゃんを最大限に活かすような曲調にして、動画も楽しい感じにできたらいいなと思っていましたね。それで色々と試行錯誤して作っていきました。
――どちらも2人の知名度を本格的に上げるきっかけになった楽曲だと思います。当時、聴いてくれた人からの反応については、どんな風に感じていましたか?
ぬゆり:あのときは、昔から好きだった作り手の方が、この曲をきっかけにコンタクトを取ってくれて、知り合いを通して「すごくよかった」と言ってくれたりもして。自分がリスペクトしていて、でも実際にやりとりをしたことはなかった方にも反応してもらえたことが嬉しかったです。これまで以上に、繋がりのなかった方から反応をもらえたことが嬉しかったんですよ。
キノシタ:自分の場合、「はやくそれになりたい」を出すまでは知名度が全然なかったので、あの曲をきっかけに「踊ってみた」で色んな方が踊ってくれたり、一気に盛り上がってくれたりしたことがすごく嬉しかったです。僕はもともと、以前より友達だった歩く人くんから誘われてボカロをはじめたんですけど――。
ぬゆり:へええ、そうだったんですか?
キノシタ:はい。それまでにもDTMはやっていたものの、それをきっかけにしてボカロ曲の投稿もはじめて。最初はボカロ曲は「たまに投稿しよう」というペースで活動していました。だから、「はやくそれになりたい」が一気に伸びたときは本当に驚きました。
――そもそも、2人がボカロを聴きはじめたのはいつの話ですか?
ぬゆり: 2011年ぐらいだったと思います。ボカロを聴きはじめて、ちょっとしてから「カゲロウデイズ」が出てきたような感じでした。
――ボカロが日本の音楽シーンの中で一般層にまで広がっていく頃ですね。
キノシタ:自分も同じぐらいです。それまでに、友達から「みくみくにしてあげる」を聴かせてもらったりはしていましたけど、そのときは深く掘り下げるまでいかなかったんですよ。でもその後、ハチさんやKemuさんのような人たちの曲からボカロに興味を持って、「もっとボカロに触れてみたい」と感じるようになりました。
――では、みなさんが感じるボカロならではの魅力というと? たとえば、キノシタさんの場合は曲を聴いていると、ボーカロイドにキャラ萌えをしているような感覚が感じられます。楽器でもあり、キャラでもあるというのはボカロのひとつの魅力ですよね。
キノシタ:自分の場合、そういうところがありますね(笑)。ボカロはキャラが可愛いですし、具体的なことは秘密なんですけど、僕はそれぞれのボーカロイドによって自分の中での性格や設定をつくって、そこから曲を作っているんです。たとえばウナちゃんで作りはじめた頃は、新しく買ってはじめるときに「ウナちゃんもテンションが上がっているだろうな」と想像したりしました。
ぬゆり:僕はキャラクター的な要素にあまり惹かれるタイプではないですけど、ただ、声質は無意識的に色々と工夫しているような気がします。たとえば「フラジール」(GUMI/2016年)では声を平たい感じにしていますけど、「フィクサー」だと、もっと声を張るような感じに調声したりしているので。
――ぬゆりさんにとっては、ボカロをプロデュースするというよりも、一緒に曲を表現してくれる相棒のような感覚ですかね?
ぬゆり:そうですね。ボカロ自体をプロデュースするというよりは、自分の音楽を一緒に表現してくれる存在なんだと思います。曲で表現したい人の感情を、一緒に表現してくれるというか。
2人の影響源、共通点は“ハチ”
――2人はボカロをはじめるまで、どんな音楽を聴いていたんですか?
ぬゆり:ボカロをはじめるまでは、自分で積極的に探して音楽を聴くようなことをあまりしていませんでした。姉が聴いていたEXILEの曲を聴いたりするぐらいで。でも、もともと楽器はやっていて、ある日暇なときにチャットサイトを見ていたら、そこに小学生の人がいて、「ボカロが流行ってるらしい」ということを知ったんです。そのあと、ボカロをはじめてから、ハヌマーンをたまたまネットサーフィンで見つけて、「音楽を探すのって面白いんだな」と思いました。本当にゼロからのスタートという感じでした。
キノシタ:僕は当時ゲームやアニメが好きだったこともあり、アニソンやバンド、ゲームミュージックなどの音楽をよく聴いていて、特にヒャダインさんやカービィ、マリオといった曲を聴いていました。
――ではそれぞれ、特に影響を受けたアーティストや曲をいくつか挙げるなら?
ぬゆり:僕はまず、さっき話したハヌマーンの「Don’t Summer」。この曲を最初に聴いて、すごく衝撃を受けましたし、音楽ももちろんですが、何より歌詞がすごく刺さりました。今の自分の歌詞は、そこに影響されている部分が多々あると思います。
キノシタ:僕の場合はゲーム音楽なんですけど、『星のカービィ』ですね。石川淳さんがつくった曲が大好きで、すごく影響されました。石川さんが作るカービィの曲って暴れているような雰囲気があるというか……ハイテンションで、そこが「いいなぁ」と思ったんですよ。それが自分が音楽に興味を持ったきっかけだったのかな、と。
ぬゆり:あと、僕は東京事変の「御祭騒ぎ」も好きですね。東京事変の曲は全部好きです。でも、最初は椎名林檎さんの曲は知っていましたけど、東京事変はあまり聴いたことがなかったんですよ。それでこの曲を聴いて「わぁ!!」と思ったのを覚えています。「楽曲の中でこんなに難しいことをしてもいいんだ」と思わせてくれた曲でした。
――ぬゆりさんの音数の多いフレーズなどは、そういうところからの影響もあるのかもしれませんね。
ぬゆり:ああ、そうかもしれないです。
キノシタ:僕の2曲目は、ヒャダインさんの「ヒャダインのカカカタ カタオモイ-C」(テレビアニメ『日常』OPテーマ)。それまで、ニコ動を見たりはしていなかったので、ヒャダインさんの存在自体も知らなかったんですけど、アニメイトかどこかでかかっているのを聴いて、「2人で歌っていていい曲だなぁ」と思って調べてみたら、ひとりで歌っていて(笑)。当時はゲームばかりやっていたことから、好きなゲームミュージックの作曲家を調べることが多くて、その名残か作家さんの方に興味を持つことの方が多かったです。それで、作家さんを辿って色んな音楽を見つけていきました。中でもヒャダインさんの曲は、一見へんてこなユーモアが入っているところがすごく好きなんですよ。
ぬゆり:傾向は違いますけど、アイデアが詰まっている曲に惹かれるという意味では、ちょっと似ているのかもしれないですね。僕はハチさんもすごく好きです。ハチさんは、曲はもちろんのこと、動画の絵柄も好きです。僕は『ソウルイーター』がめちゃくちゃ好きなんですけど、そういう感性だった当時の自分にすごく刺さったのを覚えてます。
キノシタ:ああ、めっちゃ分かります!
ぬゆり:ハチさんの曲は動画に少年マンガっぽい絵柄が使われていたりして、それまでは「みくみくにしてあげる」のような雰囲気のものしか知らなかったので、「こんなに自分の色を出していいんだ」と思ったのをすごく覚えています。
――ハチさんは今や日本の音楽シーンを代表するひとりになっていますよね。
ぬゆり:昔から今までずっとハチさんに影響されてる気がします。
キノシタ:ハチさんの曲は自分もすごく聴いていて、特に「マトリョシカ」は影響を受けている気がします。
ぬゆり:やっぱり、ボカロを聴くなら、ハチさんの曲は絶対通りますよね。
ジャンル異なる2人が同一シーンにいる“ボカロ”の魅力
――ちなみに、2人が使っているソフトと、お気に入りのギター/シンセ音源などがあれば教えてもらえますか?
ぬゆり:DAWはCubase 9.5ですね。ギター音源としてはProminyの「Hummingbird」をよく使っています。
――ぬゆりさんのギター音源は打ち込みなんですね。実際には弾いていない?!
ぬゆり:はい、弾いてないです。和田たけあきさんに弾いてもらったものはもちろん実際に弾いてもらっていますけど、アコギの音は実際には弾いていないんですよ。
キノシタ:へええ、「Hummingbird」、買います(笑)。僕は動画ソフトはAdobeのcc(Adobe Creative Cloud)、絵は昔から「ペイントツールSAI」を使っています。DAWはCubase 8ですね。好きなシンセサイザーはNexusです。
――2人は4月にリリースされた『心華EP ~春とら!~』で同じ作品に参加することになりました。この収録曲についてはどんな風に考えていったのでしょう?
キノシタ:「ハナイロ☆シャイガール」の場合は、心華ちゃんのキャラを見たときに、一見元気っぽいけど、実は内向的な部分があるんじゃないかな、と少し思ったので、その方向で曲を作っていきました。
――キノシタさんはアイドルへの楽曲提供もしていますが、キャラを見て「この子はどんな子だろう?」と想像する作り方は、もしかしたらその作業にも近い感覚なのかもしれません。
キノシタ:あくまで自分の思う感じで想像してみる、ということですけど、近い部分はあると思います。あと、この曲では春っぽさも意識しました。おおもとのストーリーが曲より先にあって、そのストーリーをまとめてから、曲を作っていきました。先に台本のようなものがあって、曲を作った上でさらに歌詞を乗せていくという感じです。場合によるんですけど、歌詞を書くタイミングで最初の台本にはなかったものが入ってくることもあります。今新曲を作っているんですけど、それも3回ほど書き直していて、結構こだわって作っているところです。
ぬゆり:へええ、面白いです。ストーリー自体は自分も最近考えるようになってきたんですよ。僕の場合はボーカロイドのキャラクターではなく、別の人のストーリーを想像するという感じですけどね。
――そのあたりはやはり、随分違いますね。
キノシタ:あと、「ハナイロ☆シャイガール」では春っぽさを意識するために、電波ソング系の音ではなくて、軽いロック調の曲を意識しました。そのうえで、「春っぽいだけでは面白くないかな」と思って、Bメロの部分にカントリー調のパートを入れていきました。ぬゆりさんの「ディカディズム」は、心華ちゃんの曲ではありますけど、Flowerも一緒に使っていますよね。そこが「いいなぁ」と思いました。
ぬゆり:「ディカディズム」のときは、コンピ参加のお話をいただいたときに、心華のデモ音源を聴いてみたら、自分の音楽性と合うか不安だったんです。それでFlowerと一緒でもいいなら、という形で参加させていただくことにしました。でも、実際に使ってみると、心華も結構凶暴にできることが分かって(笑)。じゃあ、強い曲を作ってみよう、と制作していきました。リズムの取り方を、四つ打ちから変化させていったり、掛け合いの部分を意識しました。
――音楽的にはジャンルが異なる2人が一緒のシーンにいるというのは、ボーカロイドならではなのかもしれませんね。
ぬゆり:もしかしたら、一緒にCDに収録される機会はなかったかもしれないですよね。
キノシタ:そうですね(笑)。でも、全然音楽性は違いますけど、サビの作り方は僕もシンパシーを感じていました。
今のボカロシーンは「よりアーティストっぽい曲作りになった」(ぬゆり)
――今のボカロシーンについて、2人はどんな変化を感じていますか?
ぬゆり:昔は「これがボカロだ」という分かりやすいサウンドや雰囲気があったと思うんですけど、今はひとりひとりの曲調が多彩なものになってきているように感じます。昔は「ボカロック」的な音圧戦争のイメージもありましたけど、音の隙間をがっつり埋めない作り方をしている人も増えていて、意図的に音数を抜く人も多いですよね。上手く言えないんですけど、より「アーティストっぽい曲」の作りになっている気がするんです。それぞれの個性がより伝わるようなものになっているというか。
キノシタ:自分の場合、2014年ぐらいまでボカロを聴いていて、一度離れた時期があったんですけど、また2016年頃に帰ってきた頃に、「ボカロック」じゃなくなった雰囲気はすごく感じました。ナユタン星人さんもそうですし、くらげさん(くらげP:和田たけあき)もそうですけど、投稿をはじめてから、色んな方の音楽を聴いてその変化を改めて感じました。昔よりも色んなジャンルの音楽を作る方がいて、賑やかになっていると思いますね。今まであったものをなぞるような人たちは、少なくなってきているような気がします。
――今やボカロシーン出身のクリエイターの人たちは、J-POPシーンでも広く活躍しています。そういった意味でも、広がりがあるかもしれません。
ぬゆり:「自分もそうなりたい」と考えているわけでもなかったりはしますが、有名になっている方は、自分の音楽を貫いた結果人気が出た方たちばかりだと思うので、自分もそれを貫き通すことや、アップデートを欠かさないことの大切さをひしひしと感じます。
キノシタ:自分は今学生で、就職しようかどうかと考えていたときに、今のように聴いてくれる人が増えて、「音楽の方でやってみよう」と振り切れたので、そういう方に続いていきたいという気持ちはありますね。
――これから、どんな活動を続けていきたいと思っていますか?
ぬゆり:僕は新しいことをずっとやっていきたいですね。ずっと作っていると手癖が生まれてきますけど、それってあまりよくないと思うんです。もちろん、手癖も突き詰めればいいものになるとは思いますけど、たぶん自分はそういうタイプではないと思うので。一か所にとどまらずに、これからも新しいものを作り続けていきたいですね。
キノシタ:自分も同じで、新しいことにチャレンジしていきたいです。作曲に限らず、動画も絵もそうですし、ゲームも好きなので、たとえばゲーム実況のようなものも含めて、もっと自分を色々と出していきたいな、と思っています。
(取材・文=杉山仁/撮影=山田将史)
■リリース情報
『心華EP ~春とら!~』
発売中
価格:単曲250円、アルバム1500円
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LINE MUSIC
〈収録内容〉
01. Magic Melody / HoneyWorks feat.心華
02. ハナイロ☆シャイガール / キノシタ feat.心華
03. デカディズム / ぬゆり feat.心華
04. 春恋爛漫 ~I just want~ / Spacelectro feat. 心華
05. ココロハナ / takamatt feat.心華
06. 僕の街 / Dixie Flatline feat.心華
07. 三月色 / れるりり feat.心華