片平里菜、原点を見つめ直し歩みを進めるーー5周年記念企画ライブで見せた渾身のパフォーマンス
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今年メジャーデビュー5周年を迎える片平里菜が、今年3月に行った『60分一本勝負弾き語りライブ』(※参照:片平里菜に感情を引き出された60分間 5周年記念弾き語りライブを下北沢SHELTERで見た)に続く記念企画ライブ『「愛のせい」アルバム全曲再現ライブ&シングル全曲ライブ』の東京公演を5月10日、EX THEATER ROPPONGIにて開催した。
本公演を皮切りに5月24日に名古屋ダイヤモンドホール、25日になんばHatchにて行われたこのライブは、第一部で最新アルバム『愛のせい』を収録曲順どおりに完全再現し、第二部では2013年のデビューシングル『夏の夜』から2016年発売の6thシングル『この涙を知らない』までのシングル表題曲を披露するというものだった。先の『60分一本勝負弾き語りライブ』では文字通り、彼女の歌とギターだけで60分間、MCなしのステージを堪能することができたが、今回はデビューから今日までにおよぶ片平の5年間の奇跡をシングル曲と最新アルバムで表現するという新たな試みとなる。
定刻を過ぎた頃に場内が暗転すると、まずラジオノイズに混じって片平の歴代シングル曲がメドレーで流れ出す。これにあわせて、今回のツアーのために編成されたバンドメンバーとして『愛のせい』のサウンドプロデューサー石崎光(Gt)、過去のレコーディングにも携わった佐藤征史(Ba/くるり)、松永俊弥(Dr)、そして今回が片平と初仕事となるeji(Key)が続々とステージに登場。最後にステージに現れた片平がアコギを抱えると、そのままライブは「愛のせい」からスタートした。
この日のライブはこれまでのバンド編成ライブとは異なり、ライブ用にリアレンジされたり盛り上げるパートが用意されるなどの演出が排除された、まさしくアルバム『愛のせい』をオリジナルに極力近い形で再現しようという意思が感じられた。またバンドメンバーにとっても、片平の新機軸かつ今後の活動を左右するであろうこの作品を丁寧に演奏することで、個々のプレイヤビリティが強く浮き彫りになり、見応え、聴き応えのあるパフォーマンスが繰り広げられていく。
そんなバンドメンバーの鉄壁なアンサンブルを背に、片平は曲中や曲間で観客とコミュニケーションを図ることなく、淡々とステージを進行。一見ぶっきらぼうに感じられるこのやり方は先の『60分一本勝負弾き語りライブ』にも通ずるものだが、『愛のせい』のように歌い手の思いやメッセージが強く込められた作品を表現する上で余計な言葉は必要ない、むしろ今目の前で鳴らされている音、歌われている歌詞を全身で受け止めてほしいという送り手の意思がストレートに伝わってきた。これを受けて、観客も第一部の間は座席に着席して、片平が紡ぐ言葉とメロディに酔いしれているようだった。
クライマックスに向けて盛り上がる「愛のせい」のアレンジは、まるでThe Beatlesの「A Day In The Life」にも通ずるものがあるが、ここから「子供時代」や「デイジー」というどこかサイケデリックなカラーが見え隠れする楽曲へと続く構成も改めて個性的だと実感させられる。「デイジー」では石崎がギターを置き、メロトロンを思わせるサウンドをキーボードで奏でてアルバムの世界観に近づける。かと思うと、ポップでアップテンポな「lucy」ではそれまでの空気がガラッと変わり、ステージ上には女性らしい華やかさでいっぱいに。こういった楽曲で大活躍するのが、片平バンド初の女性メンバーejiのコーラスだ。時にザラつき、時に艶やかな片平のボーカルとの相性も抜群で、ejiの存在の大きさは今回のツアーを体感した者なら誰もが納得することだろう。
第一部後半では、「wash brain」や「Howling wolf」といったザラザラしたオルタナ色の強い楽曲も登場。昨年末から今年1月にかけて行われた全国ツアーでの演奏とも異なるヒリヒリ感は、まさに『愛のせい』というアルバムにおいて絶対に欠かせないものだと実感させられる。特に「Howling wolf」では片平もエレキギターを掲げ、この楽曲の持つ独特の空気感をより純度の高いものへと昇華させた。
そして「結露」を経て、いよいよアルバムラストナンバー「からっぽ」へと差し掛かるそのタイミングに、ちょっとしたハプニングが発生した。片平は冒頭の〈東京 甘えてんな もっとちゃんとやれよ〉というフレーズを歌うも、演奏を止めてしまい、何度かこのフレーズだけを繰り返す。どこかしっくりこないものがあるのか、ステージ上の彼女は気持ちを集中させてから、再び「からっぽ」という曲と向き合おうとしているように映る。すると、彼女は「ちゃんと言葉を届けたいのに、歌詞が飛んでしまいました」と告白。続けて「しっかり歌わせてください」と告げると、感極まりながら「からっぽ」を最後まで歌いきった。もしかしたらこの日の片平は、「愛のせい」から始まるアルバム『愛のせい』の世界にどっぷり浸かったことで、ラストナンバー「からっぽ」で文字通りからっぽになってしまったのではないか……それくらい、歌い手と作品が完全に同化したように強く感じられた第一部だった。

15分ほどの休憩を挟んで始まった第二部では、第一部の衣装とは異なるオレンジ色のワンピース(本人曰く、デビューシングル『夏の夜』のジャケットで着用した衣装とのこと)に着替えた片平が「この涙を知らない」からライブを再開。続く「誰にだってシンデレラストーリー」では場の空気が明るくなり、片平も積極的に観客とコミュニケーションを取ろうと試みる。2曲終えたところで、よくやくこの日最初のMCとなり、片平は笑顔で「やっと会話できる(笑)」と茶目っ気たっぷりに話してみせた。
このブロックでは「この涙を知らない」からデビュー曲「夏の夜」までを、時代をさかのぼりながら披露していく。アレンジは原曲に近い形が取られていたが、そこに乗る片平の歌声はデビューから5年を経たことで、リリース当時よりも強さや頼もしさ、深みや繊細さなど表現の幅がより広がったことが感じられた。それは「誰もが」みたいに壮大さを持つ楽曲や、「あなた」のようなバラードナンバーを通じてより実感できたはずだ。


二度目のMCでは第一部終盤の出来事を振り返り、「歌いながらウキウキしたり、ショボンとしたり、キーって怒ったり、感情の起伏が激しい女の子の歌を歌っているなって、客観的に思っていたんですけど」「1曲1曲の真意を伝えたくて、より感情的になっちゃったんです」と吐露。続けて「こんな情緒不安定な私についてきてくれて、ありがたいなと思います」と片平が告げると、石崎が「それは(片平に)才能があるからですよ」と話し、客席から拍手が沸き起こる一幕もあった。
メンバーとの和やかなトークを経て、いよいよライブ終盤へ。ライブの盛り上げに欠かせない「Oh JANE」「女の子は泣かない」では、立ち上がった観客とのコール&レスポンスを交え、会場の空気が熱を帯びていく。そして「今、音楽人生の岐路に立っています。まだまだ歌いたい曲、作りたい曲がたくさんあるので、これからも頑張りたいと思います」と真剣な表情で思いを伝えた片平は、デビューシングル「夏の夜」を歌唱する。この曲の後半に登場する〈もしもいつかこの声が なくなってしまうとか思うだけで 伝えたいことがたくさんあるってことに やっと気付くんだ〉という歌詞はこの日の彼女の発言とリンクし、5周年という節目を迎えたことで原点を見つめ直し、次の5年に向けて再び歩みを進めるという強い決意がダイレクトに伝わってきた。まさに、ライブの締めくくりにふさわしい1曲だったのではないだろうか。
アンコールではステージにひとりで登場した片平が、マイクもアンプも使わずに、生歌と生ギターのみでメジャーデビューのきっかけを作った「始まりに」を弾き語り。彼女の力強い歌声はしんと静まり返った会場中に響き渡り、最後は「これからもよろしくお願いします!」という頼もしい挨拶でライブを締めくくった。
今年の8月でデビューまる5年となる片平だが、そんな節目のタイミングに新機軸となる『愛のせい』という力作を作り上げたことは、彼女にとっても大きな自信になったはずだ。と同時に、この5年を振り返りつつ、先を見据える中でいろんな迷いも生じているのかもしれない。そんな彼女の正直な気持ちが、この日のステージからは嘘偽りなく伝わってきた。
この先、片平はどんな活動を続けていくのだろう。この原稿を執筆している時点では一切不明だが、少なからず今回のツアーで得た手応えが彼女のこれからの活動に大きく反映されるはず。それは、彼女がこれから進む道を明るく照らす、大きな手助けとなるのではないか……そう信じてやまない。
■西廣智一(にしびろともかず) Twitter
音楽系ライター。2006年よりライターとしての活動を開始し、「ナタリー」の立ち上げに参加する。2014年12月からフリーランスとなり、WEBや雑誌でインタビューやコラム、ディスクレビューを執筆。乃木坂46からオジー・オズボーンまで、インタビューしたアーティストは多岐にわたる。
■セットリスト
片平里菜 デビュー5周年企画 –2部構成–『愛のせい』アルバム全曲再現ライブ&シングル全曲ライブ
5月10日(木)東京・EX THEATER ROPPONGI セットリスト
<第一部『愛のせい』アルバム全曲再現ライブ>
01. 愛のせい
02. 子供時代
03. デイジー
04. lucy
05. 異例のひと
06. 山手通り
07. wash brain
08. なまえ –naked–
09. Howling wolf
10. 結露
11. からっぽ
<第二部 シングル全曲ライブ>
12. この涙を知らない
13. 誰にだってシンデレラストーリー
14. 煙たい
15. 誰もが
16. あなた
17. Oh JANE
18. 女の子は泣かない
19. 夏の夜
<アンコール>
20. 始まりに