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BUMP OF CHICKENの曲はなぜ感情を揺さぶる? ボーカルの特性と楽曲の構造から分析

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リアルサウンド

 東京を拠点に活動するバンド、トレモロイドのシンセサイザー・小林郁太氏が、人気ミュージシャンの楽曲がどのように作られているかを分析する当コラム。今回は、先日東京ドームで公演を行うなど、日本の音楽シーンを牽引するロックバンドのひとつ、BUMP OF CHICKENの楽曲を読み解く。(編集部)

 BUMP OF CHICKENの曲といえば「知的でありつつ感情を深く揺さぶる」という印象が思い浮かびます。もちろん藤原さんの歌詞や声質によるところも大きいと思いますが、純粋に音楽的な見地から、BUMP OF CHICKENの「知的なエモさ」を紐解けないか。今回はそれをテーマに分析します。

アクセントを2つ持つ歌声

 「声が素敵」というのはもちろんですが、藤原さんのボーカルについてもう少し掘り下げて考えます。
 
 彼の歌唱法は独特です。初音ミクが参加している『ray』を聴いて2人のパートを比較するとわかりやすいでしょう。

BUMP OF CHICKEN feat. HATSUNE MIKU「ray」

 初音ミクは女性ボーカロイドで、彼女と藤原さんを単純に比較するのはシンセサイザーとピアノを比較するようなものですが、それにしても存在感がまるで違います。この違いはどこから来るのでしょう?

 次に新曲『You were here』を聴いてください。

BUMP OF CHICKEN「You were here」Music Video

 シンプルなトラックのこの曲は、まさに藤原さんのボーカルの存在感が大きくフィーチャーされた楽曲で、彼の「押し殺す」「押し出す」ような歌唱法がよく表れています。この、独特の味わいがあるが決してくどくはない歌声で特徴的なのは、発声時ではなく、発声した後に「第2のアクセント」のようなものがあることです。

 ボーカルの特徴を形作る要素を図式的に整理すると、「音量」「音程」「語の発音(フォルマント)」の時間的変化です。

 例えば忌野清志郎さんは、この3つの要素が本来のレベルに達するまでの時間(アタック)がゆっくりです。「フォルマントがゆっくり」というのは、「こ」を「くぉ」と発音するようなイメージで、同じように音量も音程もゆっくりと上がります。平たく言えば、個性的な歌声になる一方で、ねっとりとしたくどさもでます。その意味で藤原さんは音程、音量、フォルマントともに、比較的アタックが早くあっさりと発声しています。だから「決してくどくない」のです。また、藤原さんは発声の際の音量はそれほど大きくありません。そのため、基本的には淡々と歌っているようなボーカルになります。その代わりに感情を表しているのが発音の後、普通なら減衰し始めるあたりにある「第2のアクセント」です。例えば『You were here』の「車輪が回って 遠ざけていく 体と体 遠ざけていく」というフレーズを聴いていると、「回って」「体」「ていく」という各語の音の切り際に少しだけ息を押し出すように、ごく弱いアクセントがあります。これをリズムにピッタリ合わせて強く表現すると、演歌のいわゆる「コブシ」になりますが、藤原さんのアクセントはごくごく僅かなものです。「アタックはあっさりとしていながら音の減衰中に小さなアクセントを加える」という音楽的な特徴は、結果的に「淡々と抑制的でいながら漏れ出る感情」という感情表現的な特徴にそのまま言い換えることができます。休符に余韻を感じさせるような風情は、実際のその直前の小さなアクセントによって、音として表現されている、とも言えるでしょう。

 それを踏まえて再び『ray』を聴いてみると、初音ミクと藤原さんとの違いが見えてきます。初音ミクのパートはつるっと抜けるように聞こえます。それに対して、藤原さんのボーカルには「第二のアクセント」があり、この曲の場合は比較的正確に各音符の8分音符後ろについているので、ごくわずかだけ「裏のノリ」を表現しています。この僅かなリズム的な色付けが両者の大きな違いを生んでいます。このようなボーカルのリズム表現という意味では他にも、『虹を待つ人』などが良い例です。トラックが比較的単純な8ビートとキックの4つ打ちである分、ボーカルの表現によってリズム的な広がりが曲に与えられている様がよくわかります。

BUMP OF CHICKEN「虹を待つ人」

add9はBUMP OF CHICKENを表すコード

 印象の強い要素として藤原さんのボーカルの細かな部分をまず分析しましたが、BUMP OF CHICKENの楽曲は譜面上にも「知的なエモさ」が表れています。

 いくつかの曲のイントロのコードを見てください。

bump1.jpg

 

 コードを知らない人には意味がわからないでしょうし、少しギターをかじった、というくらいの人にとっても難しそうなコードが並びます。ここからはごく単純に「BUMP OF CHICKENは『add9』が好き」ということだけ読み取ってください。彼らは他の曲を見てもadd9を多用します。

 「add9(アド・ナインスと読みます)」というのは「和音の基準の音に対して9度(1オクターブ上の2度)の音を足す」というコードです。例 えば「Cadd9」は「ド ミ ソ(C E G)」に「レ(D)」を足します。「ド」から「シ」までは7つの音なので「ドレミファソラシドレ」と、ドから数えていけば9番目の音がレですね。それにしても「9th(例:C9)」というコードもあるのに、彼らはなぜわざわざ「add9」なのでしょう?

 普通の9thコードは1度・3度・5度の普通の和音に、7度の音を足した7thコードを素にしており、「C7」にさらに9度の音を足したものが「C9」です。「ド ミ ソ シ レ」ということになり、とても豊かな響きを持ったコードです。しかし7度の音はとにかく切なく「オシャレ」な響きを持っています。おそらくオシャレな7度も含めた9thコードの豊か過ぎる響きがBUMP OF CHICKENの楽曲のイメージに合わないのでしょう。単純に9度を足しただけのadd9は、「1 3 5」と「9」との橋渡しをする7度の音がないため、どこか寄る辺ない、しかし静謐な響きを持っています。BUMP OF CHICKENの楽曲の印象をよく表すコードと言っていいでしょう。

 さらに言えば、単独ではやや浮き気味の9度の音は、単純な響きだけではなくコード進行上も意味を持って使われています。例えば『ロストマン』でのadd9の使い方は、響きというより、その後のGb6と合わせて考え、コードが変わってもアルペジオの構成音がほとんど変わらないようにするため、と考えた方が自然です。『プラネタリウム』でも、次のDb7で変化する音を相対的に強調するために、Db7の基本になる「レb(Db)」の音を先に出しておいて変わらない要素を作っておいている、とも言えます。Bの9度の音は「レb」です。

『天体観測』の焦燥感と分数コード

 もうひとつ、BUMP OF CHICKENの和音の特徴に面白いものがあります。「Gbadd9 on Bb」というようにいわゆる「分数コード」を多用することです。分数コードとは、ベースラインがそのコードの基準の音(ルート)とは違う音を弾くコードのことです。C(ド ミ ソ)であれば、普通ベースはド(C)を弾きます。しかし「ConE」という場合、ベースはミ(E)を弾きます。分数コードと呼ばれるのは「C/E」という風にも表記するためです。

 そんな分数コードがもっとも特徴的に使われているのは、初期の彼らを代表する楽曲『天体観測』のサビです。

bump3.jpg

 

 BUMP OF CHICKENはハーフダウンチューニングという、半音下げたチューニングで演奏するので、先程から表記がとても複雑ですね。少し細かく分析するので更に 半音下げてCをキーに移調しましょう。下のようにすっきりしてわかりやすくなります。

bump2.jpg

 

 分数コードが使われている1段目と3段目に注目してください。1段目(見えないモノを見ようとして 望遠鏡を覗きこんだ)の「ConG」のG(ソ)はルートのC(ド)に対して5度で、ルートの次に安定的な音です。しかしそれでもルートを弾かない不安定さは拭えません。ではこの場合何のためにそんなことをするのかというと、おそらく理由は、単純に不安定な響きにするためと、次のAm(望遠鏡を)の ルートである「ラ」に向かって「ソ ラ」と1音上げてきれいつなげるためでしょう。

 面白いのは3段目(明日が僕らを呼んだって 返事もろくにしなかった)です。ボーカルは1段目と同じフレーズで始まるのですが、今度は「ConE」です。3度の音E(ミ)は、ルートに対して5度よりも不安定で切ない響きを持っています。不安定なので「切ない、早くどこかに移動したい!」という動的な欲求を呼びます。1段目で「ソ ラ」と移動したように、「ミ ファ」と1音上がってFになりますが、Fはコードとしてはこれまた動的で、「起承転結」の「転」としてよく使われるコードです。しかもFが解決されない(どこにも展開されない)まま4段目のDmというよく似たコードに続きます。従って、3段目は、1段目と同じように非常に地味ながら1音移動による微かなメロディ性を持ちつつ、物語が進み、しかし5段目のキメ(オーイェー アアー)まで焦燥感が続くという、感情的でドラマチックな展開になっています。ベースだけで違いを作るとても微細な工夫ですが、「音楽家のマニアックな工夫」というものでは決してなく、聴く人にとってその意図がはっきりと届いていることは、この楽曲の印象を思い浮かべれば納得がいきます。

 しかしそもそも、なぜフレーズの最初のコードを不安定にする必要があるのでしょう? 答えは先程の「add9」です。この曲にはっきりとしたadd9のコードは登場しませんが、実はサビのボーカルのメロディが、Cに対しての9度「レ(D)」で始まるのです。弾いてみればわかりますが、単純なCの上にレで始まる歌を乗せても、コードの中に「レ」がないので上手く乗りません。では、分数コードで「ソ」や「ミ」をベースが弾けば調和するのかといえば、結局「レ」がないことに変わりはないので調和しません。ただ、コード自体が不安定になるため、ボーカルのレも含め「不安定なので早く動きたい」という次の展開を誘発する響きになります。

 どちらにせよ、「F G C」というような、よくあるすっきりとしたドラマをこのサビは見せてくれません。『天体観測』のもどかしいような切なさは、微妙に不安定で、上手く解決されないままのコード進行によって表現されています。若い頃の楽曲だけあって、音楽理論に則して言えば荒削りな部分も多いですが、「抑制しつつあふれる感情」というこの曲、ひいてはその後のBUMP OF CHICKENの表現をとてもデリケートに表現している進行です。

 このように、BUMP OF CHICKENの楽曲の個性は、藤原さんの歌詞や声質だけでなく、それを音楽的に表現するコード進行によって支えられており、その上でボーカルが他にないリズム要素を持っているからこそ、歌の存在が際立っているのだ、ということがよくわかります。「エモーショナル」というと、音楽的にはストレートな表現が多いですが、BUMP OF CHICKENの場合は、非常に細かな感情表現を、複数の要素で作り上げています。

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■小林郁太
東京で活動するバンド、トレモロイドでictarzとしてシンセサイザーを担当。
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※記事初出時、情報の一部に誤りがありました。訂正してお詫び申し上げます。(編集部)