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BAD HOPは、なぜ豪華プロデューサー陣とコラボできたのか? 両者を引き合わせたラリー・ジャクソンに迫る

音楽

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リアルサウンド

 BAD HOPのニューアルバム『Lift Off』をチェックしただろうか。事前に米有名プロデューサーたちとスタジオ入りする様子を小出ししてファンの期待を高めていただけに、Apple Music限定配信とわかり落胆した声も少なくない。筆者もその1人だ。どこにも属さない彼らの新譜が、なぜこのようなことになったのか。そもそもUSのラッパーでさえ揃えられないような面子と、なぜBAD HOPは繋がることができたのか。その理由を探ると、独占配信も納得した。

BAD HOP『Lift Off』

 まず手短にBAD HOPを説明すると、今や日本のラップシーンを代表する神奈川県川崎市出身の8人グループだ。彼らの音楽スタイルは現行のアメリカのトレンドにキャッチアップしていることも広く知られている。日本語でラップしながらも国内ヒットするタイプとは違うハードなスタイルを貫き、生き急ぐかの如く急ピッチで成長してきた彼ら。2018年には突如空いた日本武道館でのワンマンも即完売にしてみせたからこそ、2019年のBAD HOPには注目が集まった。年が明けるとBAD HOP内でのソロリリースが続き、やがて国内ツアーの最中に残りの日程をキャンセルして沈黙状態に入った。そして突如今回のようなビッグプロジェクトが明らかになった。『Lift Off』に参加したプロデューサーはマーダー・ビーツ、メトロ・ブーミン、マイク・ウィル・メイド・イット、DJ Mustard、そしてWheezy&Turbo。彼らがどれだけ世界的に若者達の支持を集め、アメリカの現行ラップシーンを形成しているかはBAD HOPに同行した渡辺志保氏による解説を参照していただくとして、筆者は別の人物にまず注目した。まずはBAD HOPに上記のプロデューサーたちを紹介した、ラリー・ジャクソンという人物だ。

 Apple Music限定で観ることができるドキュメンタリー『BAD HOP: LIFT OFF』にて、ラリー・ジャクソンはBAD HOPのライブ会場の熱気と一体感にインスピレーションを受けたと振り返る。ラリーは直接BAD HOPのメンバーに会い、上記プロデューサーたちの楽曲を聴かせ、本アルバムの計画を伝えたそうだ。このドリームチームのようなプロデューサーを集めることのできるラリーは、アップル・ミュージックのコンテンツにおける責任者でありグローバル・クリエイティブ・ディレクターを務めている。

 ラリーは2014年まで<Interscope Records>のA&Rだった。ラジオからインターネットへとマーケティングの主戦場が変わりつつあることを早くから見抜き、ラナ・デル・レイの「Born to Die」(2012年)の広告予算の全額をビデオ制作に充てる大胆な計画を、上役たちに説得したエピソードで知られる。そしてラリーはジミー・アイオヴィンの右腕として知られている。強欲とも捉えかねないApple Musicの独占配信契約だが、それはこのサービスを立ち上げた人物であるジミー・アイオヴィンに起因していると言えよう。

 ジミー・アイオヴィンという男は、ある意味大物ミュージシャンよりも音楽業界にとって重要だ。レコード・エンジニア出身の彼は、37歳で<Interscope Records>を設立。U2、BECK、2PAC、Dr. Dre、マリリン・マンソン、Nine Inch Nails、Eminem、J Dilla、Lady GaGa……音楽史を更新したミュージシャンを同社は多数輩出している(先日急逝してしまったJuice WRLDもインタースコープ所属だった)。後にジミーはDr. Dreと共に「Beats By Dr.Dre」のヘッドホンを制作し、ビーツ・エレクトロニクス社を設立。Beats Musicというサブスクリプションサービスは振るわなかったが、会社丸ごとをアップルに買収させた後にApple Musicがスタートしたことを考えると、アップルの音楽部門はジミーがデザインしたようなものだ。

 数々のタフな交渉を乗り越え、偉業を成し遂げてきたジミー。その原動力は恐怖だと、Complexのインタビューで答えている。「インスタグラムか音楽、どちらかを選ばせたら若い子は音楽を選ばないだろう」というWired誌でのジミーの言葉は、その恐怖をよく表わしている。だからこそ音楽がより求心力を持つ文化になるには、強力なブランドを持つ、全てが詰まったプラットフォームが必要だとジミーは考えた。思えばBeatsのヘッドホンの広まり方にもその理念は強く現れている。強烈なカリスマ性と影響力を持つアーティストやスポーツ選手がBeatsのヘッドホンを使用している様子を見て、我々はBeatsのヘッドホンをクールなアイテムとして認知するがその実、ビーツ・エレクトロニクスは彼らとヘッドホンはBeatsしか使わないエンドースメント契約を結び、人々に認知を広めていったのだ。その理念が故、Apple Musicはオリジナルの楽曲やオリジナルの動画コンテンツ、ラジオ番組に注力しているのだ。かつてのMTVの覇権を思わせるマス・アピール的発想は、人によっては下品で時代遅れな手法に思えるかもしれない。しかし、音楽をポップカルチャーの中で持ち上げようとする理念は尊い。事実としてヘッドホン制作をスタートした理由も、エンジニアやアーティストが細部まで拘った音の表現を、付属品のイヤホンなどで当然のごとく粗末に扱う現状に対する苛立ちに、ドレが感化されたからだという。今年御年66歳のジミーであるが語り口は未だ前のめりであり、音楽文化を高めようとする熱い思いが根源にあることを感じる。

 BAD HOPに声をかけたラリー・ジャクソンは、そんなジミー・アイオヴィンとは<Interscope Records>からの付き合いである。武道館を乗り越えた時点で国内の最終段階が見えてきたBAD HOPを、見渡せぬ大地アメリカへと連れ出して独占配信を結ぶラリー・ジャクソンの仕事には、ジミー・アイオヴィンのDNAを感じることができる。

 『Lift Off』に意地悪なレビューを書くならば、”2019年USタイプ・ビート”にラップを乗せたような印象になってしまいかねない。しかし『BAD HOP: LIFT OFF』を観たら、そんな気持ちも消え失せてしまう。映像内では、BAD HOPのメンバーが夢のような存在であるプロデューサーたちの前でラップを披露した上に、それを録音するように言われた瞬間の緊張に満ちた喜びの表情を観てほしい。腹の底から静かに湧き出るような嬉しさが滲み出た笑顔と緊張感あるスタジオの空気感の様子までが『Lift Off』であるように思う。この記念すべきプロジェクトは間違いなく国内ラップシーンにとっての大きな刺激であり、希望だ。今もう一度問いたい。あなたは本当に、BAD HOPの『Lift Off』をチェックしただろうか。

BAD HOP – Foreign feat. YZERR & Tiji Jojo / Prod. Wheezy & Turbo (Official Video)

■斎井直史
学生時代、卒論を口実に音楽業界の色んな方々に迫った結果、OTOTOYに辿り着いてお手伝いを数ヶ月。そこで記事の書き方を教わり、卒業後も寄稿を続け、「斎井直史のパンチライン・オブ・ザ・マンス」を連載中。趣味で英語通訳と下手クソDJ。読みやすい文を目指してます。