石川さゆり&椎名林檎で改めて注目 演歌とポップミュージックのコラボ史
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石川さゆりの通算115枚目となるニューシングル『暗夜の心中立て』(4月2日発売)に、椎名林檎とヴァイオリニストの斉藤ネコが参加することがわかり、話題となっている。同シングル内の「暗夜の心中立て」は椎名林檎が作詞、作曲、プロデュースを手がけた作品で、編曲は斎藤ネコによるもの。さらにカップリング曲「名うての泥棒猫」では、椎名林檎も歌唱に参加している。2011年大晦日に放送された『第62回 NHK紅白歌合戦』の舞台裏で2人が出会ったのが、同シングルのきっかけとなったという。
今回のような「演歌歌手とポップミュージシャンのコラボ」は、これまでにも多くの事例がある。石川が2012年にリリースした『×-Cross-』では、岸田繁(くるり)、菅野よう子に加え、今回のシングルにも参加している斎藤ネコなど、数多くのポップミュージシャンが色を添えた。森進一が1982年にリリースした「冬のリヴィエラ」は、作詞を松本隆が、作曲を大瀧詠一が手掛けたことでも知られる名曲。昨年末に大瀧が急逝したことを受け、森が『第46回年忘れにっぽんの歌』(テレビ東京系)で披露したことも記憶に新しい。また、2001年に、五木ひろしがリリースした「おふくろの子守唄」は、当時からモーニング娘。のプロデューサーとして活躍していたつんく♂がプロデュースし、話題を呼んだ。
楽曲提供とは少し違うが、坂本冬美は以前より、ポップスのカバーアルバム『Love Songs』シリーズをリリースしていたり、昨年4月に行われたももいろクローバーZのライブに出演するなど、アイドルとの交流も深い。細野晴臣、忌野清志郎らと結成した音楽ユニットのHISでは、ポップスやロック調の曲も披露している。
演歌は、日本の伝統的な音楽と思われがちだが、実は戦後のある時期に作り出されたものである。ポピュラー音楽研究を専門とする音楽学者の輪島祐介は、著作『創られた「日本の心」神話』で、「現在『演歌』と呼ばれているものは、1960年代のある時点まで、それまでは広い意味での『流行歌』ないし『歌謡曲』に含まれ、必要に応じて『民謡』『小唄調』『浪花調』、あるいはそれらをひっくるめて『日本調』の流行歌として『洋楽調』と区分されていました。(中略)それがいつの間にか、『演歌』が独自のジャンルとして認識されるようになり、『日本の心』といった物言いと結びつけられるようになり、この言葉が存在していなかった過去の流行歌に対しても当てはめられるようになってゆくのです」と指摘している。また、現在の演歌の音楽的な区分については「中高年向きの、J-POPではない音楽」あるいは「J-POP以前のスタイルを引き継ぐ音楽」という程度の意味合いしか持っていないとして、80年代を代表するアイドルである中森明菜が歌った『艶華』などを例に、当時は「演歌」「アイドル」「ニューミュージック」として区別されていた楽曲群が、実はかなり似通った特徴を持っていたことにも言及している。
また、同書では2000年代に入ってから「昭和歌謡」という新語が現れたことも指摘。これは「昭和の時代に存在した歌謡曲を指すのではなく、何らかの仕方で「昭和」を感じさせる音楽スタイルを持った、新たな若い音楽家の音楽を指す語として用いられている」として、その代表格に椎名林檎の名を挙げている。音楽的特徴においては「過去の日本の音楽スタイルを直接的なモデルとするものはむしろ少数で、概してスウィング・ジャズやラテン、ボサノバ、ソウルの影響を受けた『非ロック的』あるいは『前ロック的』な外来の音楽要素を用い、日本語で歌うスタイル」と目している。しかし現在では、椎名林檎は数多くのジャンルのミュージシャンとコラボレーションを果たし、独自の地位を築き上げている。2013年に、「熱愛発覚中」という楽曲で中田ヤスタカとコラボレーションを果たしたことは記憶に新しい。
石川さゆりもまた、演歌歌手でありながら、近年は奥田民生やTHE BOOMなどとコラボレーションを行うなどして、長年かけて生まれたポップミュジックの一スタイルである演歌に、新たな風を吹かせてきた。今回、幅広い音楽性を持つ椎名林檎とタッグを組むことにより、演歌界にまたひとつ、新たな可能性を提示しそうだ。
(文=松下博夫)