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OMSBの俯瞰と主観を行き来した表現方法 「波の歌」先鋭的なリリック構造について考える

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 OMSB「波の歌」はYouTubeには2019年8月にMVがアップされ、11月20日には各サブスクリプションサービスでの配信、およびデジタル音源の販売がスタート(12月14日には限定の7インチもリリース)した楽曲だ。ダイナミックなドラム、ステレオに振り分けられ交互に押し寄せるアルペジオのループ、声ネタはフックへと勢いをつけるように鳴る『きみの鳥はうたえる サウンドトラック』に収録されたHi’Spec(SIMI LAB)のプロデュース曲「And Your Bird Can Sing」の上に、同じくSIMI LABに所属するラッパー/プロデューサーであるOMSBがラップを乗せた。同曲の特筆すべきは、OMSBによるリリックだろう。なぜ少しばかり遅れたこのタイミングで本稿を書いているのかというと、とりわけ本曲について自分の中で咀嚼するのに時間が掛かったというのもあるし、なにより彼が紡ぐ言葉は遅れてでも語られるべきだと思っているからだ。

(関連:OMSB「波の歌」MVはこちら

 過去のリリックの傾向を振り返ってみると、ソロでの鮮烈な1stアルバム『Mr. “All Bad” Jordan』(2012年)では「Rapper Ain’t Cool feat. JUMA」でのその他大勢のラッパーたちを敵に回すような痛烈なディスをはじめ、勝ち気で勢いに乗っていた印象が強い。クラシックとの呼び声も高い前作アルバム『Think Good』(2015年)ではタイトル曲にも顕著なように、1stと比べより内面的な部分を素直に表に出し、それをポジティブなかたちで昇華していた。また、両作に通じているのは自分の視点をブレさせることなく、目の前にある世界と自分の感情に正直であろうというスタンスである。だからこそリアルで、力強く、聴き手に憧れとときに勇気を与えてくれた。「波の歌」でも芯は変わらず、両作に散りばめられた様々な表情がより一層アップデートされた表現によって描かれている。

 「波の歌」においてのリリックの変化は、俯瞰的な情景描写と自虐も混じった主観的な内省表現を行き来している点であろう。不在となった誰かに向けて放たれた言葉も、とめどなく満ち引きを続ける波のように綴られている。少し刺々しく、ときおり憂いを纏いながら紡がれたそれは、不規則にひとつの一貫したストーリーやナラティブがあるわけではなく、むしろひとつの物語に回収されるのを徹底的に拒んでいるようにも感じられる。初めて聴いたときはとても不思議な感覚であったが、繰り返し聴いているとなぜか心地よく耳に馴染んでくる。おそらくはその斬新な手法が、私たちの一つの言葉では表現しきれない複雑な日常とリンクしてくるからなのだろう。ひとつ例を挙げてみよう。一つ目のヴァースの終わりでの〈余裕屁の河童、なんて口で言わず 苦虫噛み潰しスマイル、手を叩く〉というひたむきに前を向く描写から、フックの〈ウザってーんだよ マジで〉とネガティブな言葉で歌われるラインはまるで逆の感情である。それらは自分の中に同居しているものともいえるが、この構造がもたらす大きな魅力は、その落差を行間で表現しリスナーに考えさせる隙間を作り出している点だ。表現の視点の切り替わりが不規則に、立て続けに起きることによって、リスナーの想像力を刺激し、他者には知り得ないような、SNSにも浮かび上がらないような、人の感情や思考の機微に寄り添ってゆくのだ。

 ヒップホップがときに過剰なまでに露悪的あるいは差別的であったり、ボースティングによって資本主義的な競争を想起させるのは、その音楽が目の前にある現状を冷酷なまでに切り取っていることが大きな要因なのだろう。SNSでの“バズ”を狙ったような楽曲もそのような意味ではリアルといえるのかもしれない。一方、「波の歌」のリリック構造の一部はそういったものに抗っているように感じる。そもそもエコーチェンバーの掛かったタイムラインやキュレーション・アルゴリズムによって画一化されたインターネットが、本物のリアルと言えるのだろうか。「波の歌」で歌われているのは、ネット上に蔓延る断片的な情報や鋭い言葉ばかりで彩られたSNSの中で忘れ去られそうになっている、ナチュラルに揺れ動く人間の姿だ。また、フックにある〈がんじがらめ がんじがらめ〉は、自らもそういった社会の一部であることへの諦念のようだ。この曲で描かれている人間の姿こそ現代社会のあり方を的確に捉えているように思えるし、同曲がヒップホップとして卓越している点は、自身のなかにある“リアル”を斬新なリリック/フロウで表現しているところにある。その点において(アルバムと1曲を比較するのは野暮ではあるが)ケンドリック・ラマーの傑作『To Pimp A Butterfly』とも比肩しうる魅力を備えた曲ともいえるだろう。

 アメリカで注目を集めているネット社会に疲弊した人々によるセルフケア。そのテーマソングともいえるアリアナ・グランデの「thank u, next」は彼女の物語を通して他者を肯定し何より自分を赦す歌だが、「波の歌」は全く対照的で物語に頼ることはない。しかし、視点の移り変わりが入り組んだ構造は結果としてリスナーの想像力を喚起し思考や感情の機微に、そして葛藤に寄り添っている。だから、満ち引きを続ける波のように、揺れ動く人の心へと、この歌は流れ着くのだと思う。(高久大輝)