『映画ドラえもん』節目の2020年、なぜテーマは「恐竜」? 藤子スピリッツ継承のための試行錯誤の歴史
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11月に発売された単行本「0巻」は多くの書店で売り切れが続出し(筆者も都内の書店を駆けずりまわってようやく入手できた)、瞬く間に重版出来。発売から1か月で発行部数40万部を突破するという、出版不況とは思えない大盛況ぶりから考えるに、やはり「ドラえもん」というキャラクターはいまなお根強く愛され続けている正真正銘の国民的キャラクターであることは明白だ。ちょうど2019年は漫画の連載開始50周年とテレビアニメの放送開始40周年の節目の年となり、今年もまた劇場版の『映画ドラえもん』シリーズの40周年と声優陣の代替わりから15年という節目を同時に迎えることになる。
参考:『映画ドラえもん のび太の新恐竜』ポスターはこちらから
そんな中で、先日行われた東宝の2020年ラインナップ発表会では2014年に大ヒットを記録したフル3D CG版の『STAND BY ME ドラえもん』の続編が作られることも発表され、メモリアルイヤーを祝福する準備が整いつつある。もちろん、それには毎年春休みの定番作品として公開されている『映画ドラえもん』も加わらないわけにはいくまい。40作目のタイトルは『のび太の新恐竜』。一昨年にシリーズ最高の興行成績を叩き出した『のび太の宝島』を手掛けた今井一暁監督と脚本・川村元気のコンビが再結成することに加え、主題歌にはMr.Childrenを起用。それだけでも、かなりの期待がかけられているということが容易に見て取れるほどだ。
“恐竜”という題材は、原作者である藤子・F・不二雄先生が無類の恐竜好きだったことも相まって、この『ドラえもん』という作品とは切っても切り離せない関係にある。大長編(ここはやはり『ワンニャン時空伝』までの25作品は“大長編”として表記したい)の記念すべき1作目にあたる『のび太の恐竜』に、体制変更後の最初の作品となったリメイク版『のび太の恐竜2006』と、新たなスタートを切る作品の題材にはいつも“恐竜”が選ばれてきた歴史がある。それだけに今回の『新恐竜』も、そのような意味合いが込められているに違いない。
今回のストーリーはのび太が恐竜の化石を発掘し、その卵を孵化させて双子の恐竜キューとミューが生まれるところから幕を開ける。育て始めるのび太だったが、やがて家で育てることが難しくなり、2匹を白亜紀の時代に返すことを決める。そしてキューとミューの仲間の恐竜たちを探すための大冒険が始まるというものだ。たしかに、『のび太の恐竜』とは若干異なるストーリー展開ではあるが、その根幹には同作が、ないしはその原案である単行本10巻のエピソードがあると感じずにはいられない(しかも現在コロコロコミックで連載されている漫画本を見る限り、タイムマシンにトラブルが起きて思わぬところにたどり着くくだりなど、多くの共通点が見受けられるのだ)。
声優陣の交代を期に“大長編”から“『映画ドラえもん』シリーズ”として定着するようになった印象が強いが、その変化は名前だけに留まるものではなかった。既存の大長編のリメイクや原作の短編エピソードを元にした作品が中心となり、完全なオリジナルストーリーはかなり少なくなったのである。この新体制でオリジナル作品と銘打たれている作品は『のび太のひみつ道具博物館』と『のび太の宇宙英雄記』、そして『のび太の宝島』。今回の『新恐竜』は名目上4作目のオリジナル作品とのことだ。もっとも、そのような傾向は藤子の死後の大長編時代からすでに始まっており、『南海大冒険』や『ふしぎ風使い』は明確に原作の短編エピソードがモチーフにされており、それ以外の作品でもそこかしこにデジャビュがあった。そうした内面に加えて芝山努監督と脚本・岸間信明といった、長きに渡ってテレビシリーズを手掛けてきたスタッフの手によって、目新しさはなくともしっかりと藤子スピリッツが守られてきたのである。
つまりは2005年以降の新体制においては、藤子スピリッツの継承という至上命題のもとに、既存の物語を様々な監督・脚本家の手によって再構築を繰り返していくことで、いかにして『ドラえもん』という作品を守り続けるかという模索と、次の世代に向けた新しいものをどのように作っていくのかという模索が同時に続けられてきたといってもいいだろう。誰か特定の作り手のみに固定してしまうと、その作り手の色が強まってしまう。同じようなパターンは東宝のもうひとつの定番シリーズである『映画クレヨンしんちゃん』にも言えることだ。作品の生みの親がいない以上、長年守られ続けてきた世界観を維持するためには、何人もの作り手によって互いに交代して作っていく必要がでてくる。それぞれがリカバーし合いながら、少しずつでも求められる形へと修正を加えていく。そして同時に、誰かが欠けても存続ができるようにしていく。
たとえば監督陣でみてみると、渡辺歩と腰繁男、大杉宣弘は旧シリーズに参加していた面々。寺本幸代と楠葉宏三、八鍬新之介は新シリーズから参加した面々。そして脚本家にはシンエイ動画時代に藤子作品を手掛けていたミステリー作家の真保裕一や、新シリーズから加わった大野木寛、清水東と、新体制後の10年間は新旧スタッフが入り交った、完全なる移行期間という名の模索期間が続いたことがわかる。その期間も安定した興行成績を保つことで“春休み=ドラえもん”というブランド価値を守り続けながら、作品の内面ではリメイクや再構築に時折オリジナル作品を挟むことで新しい世代に向けた新鮮味を作り出すことも忘れずに行ってきたわけだ。
それを重ねていくうちに大長編時代の安定感が、興行面だけでなく内面にも現れはじめる。そして同時に、声優交代後の世界観をなかなか受け入れることができなかった旧世代にも徐々に受け入れられる『ドラえもん』へと戻ってくることに成功し、ジブリ出身の高橋敦史が監督・脚本を務めた『南極カチコチ大冒険』でアニメーションとしての完成度をより高めると、仕上げとして大の藤子ファンとして知られる辻村深月の脚本による『月面探査記』で藤子エッセンスの微調整が行われたのだ。こうして一連のテコ入れは、あまりにも長い時間がかかったように見えて、実はこのメモリアルイヤーを狙い撃ちしていたのかもしれない(もしかしたら当初は2019年か2020年かどちらかという選択肢があったのだろうが)。
もちろん『のび太の宝島』で脚本家デビューを飾った川村元気もまた、大長編時代の『ドラえもん』を観て育った世代であり、藤子を最も尊敬している作家と公言しているほどの人物だ。それでいて、プロデューサーとして数多くのヒット作を生みだしてきたネームバリューも掛け算されたことで、『のび太の宝島』は9億円以上の興収を上乗せする大ブーストがかかり、シリーズ初の50億円台作品へと上り詰めた。それだけに、今回の再起用はメモリアルイヤーにふさわしい抜擢であるといえるだろう。最新作から再び始まる『ドラえもん』の新たな時代には、“少し・藤子”だったこれまでから、“すごく・藤子”なものへとよりポジティブに模索が続けられていくに違いない。 (文=久保田和馬)