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松下洸平、朝ドラから久しぶりの“無名スター”に 今後は別畑から実力派起用も増える?

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 戸田恵梨香主演のNHKの連続テレビ小説『スカーレット』において、朝ドラでは久しぶりの“無名スター”が登場した。ヒロイン・喜美子の相手役・八郎を演じている松下洸平である。彼が登場してからというもの、作品の注目度は上昇、Twitterでは「八郎沼」なるハッシュタグが作られ、話題になったり、松下洸平自身のSNSのフォロワーが急増したりするなど、人気を集めている。

 お茶の間的にほぼ無名だった俳優が、このように朝ドラ出演によって脚光を浴び、人気者になるケースは、『あさが来た』で五代才助(友厚)を演じたディーン・フジオカ以来ではないだろうか。とはいえ、もちろんその起用法や注目のされ方は、大きく異なる。

【写真】戸田恵梨香とのキスシーンも

■朝ドラ出演=次のステップに行くための役割

 思えば朝ドラは2010年代に入り、『ゲゲゲの女房』で放送時間を変えて再生したこと、『おひさま』(2011)や『梅ちゃん先生』(2012)頃から女性プロデューサーが増加したこと、SNSで感想が共有され、注目度が高まったことなどから「イケメン複数制」が定番になってきた。

 ヒロインと最終的に結ばれる相手役のほかに、見守ってくれる幼馴染や、初恋相手、人生に影響を与える重要人物などにイケメン俳優が起用される。近年は、『花子とアン』の幼馴染・窪田正孝のように、報われないからこそ人気者になるケースも多い。

 そうした中、戦隊・ライダーなどの特撮系イケメン俳優が出演する流れが出来上がり、朝ドラはそこそこ知名度のある役者が次のステップに行くための役割も果たすようになった。

 ただし、一気にたくさんの若手が登場したり、故郷編や上京編、仕事編など、舞台が変わるたびに新たなイケメン俳優が投入されたりすることが多いために、人気や注目が分散・あるいは一過性のものになりがちではある。

 そんな中、抜きんでた注目度を獲得したのが、先述のディーン・フジオカである。どこにいても浮き立つ異質な存在感こそが、同作の脚本家・大森美香に抜擢された理由だった。英語を話し、あさに「ファーストペンギン」としての道を指し示す存在であることからも、手垢が全くついていないフレッシュさと異物感、圧倒的な華を持つ彼は最適な人材だったろう。別の畑から逸材を引っ張り出してくる手法は、『あぐり』の野村萬斎と同じパターンでもある。

■松下洸平が吹き込んだ目新しいフレッシュな風

 一方、『スカーレット』の松下洸平の場合、そうした圧倒的な華や異物感で視聴者をとらえたわけではない。ヒロインが初恋を経験する相手は、残念イケメン感漂う溝端淳平であり、序盤に楽しさと明るさ、切なさを添える存在だった。当時の喜美子はまだ幼く、兄妹のような関係であり、そこにリアリティは見えなかった。

 しかし、溝端が退場して、故郷に戻った喜美子の仕事場に松下洸平が現れた途端、「あ、相手役はこの人なんだ」と確信した視聴者は多かっただろう。特別な華やかさはなく、むしろやや地味な雰囲気なのに、明らかにモブじゃない。誠実さや優しさ、多くを語らない寡黙さの一方で、無防備さと厳しさ・頑なさが同居しているような雰囲気が心にひっかかり、その一挙手一投足を目で追ってしまった。

 『カーネーション』で、繊維商業組合のおっちゃんたちが集う座敷の隅っこに静かに佇む綾野剛の姿を見たとき、視聴者たちが一瞬にして恋の予感を嗅ぎ取ったのにも似ている。

 基本的に優しく穏やかな性質だが、どこか他人(それが妻だとしても)が絶対に踏み込めない何かを持っているように見える。優しさのために、喜美子の家の婿養子になることを選び、陶芸家になることすら一時は諦めようとした八郎。二人肩を並べて同じ道を歩もうとしていたにもかかわらず、いつしかズレが生じ、喜美子の秘めた才能に嫉妬心を見せるようにもなる。

 そうした複雑な胸中や、喜美子との微妙な距離感の変化を、『スカーレット』は言葉で語らない。実際の多くの夫婦がそうであるように、違和感を覚えても、それを直接相手になかなかぶつけず、いったん胸にしまううち、いつしか胸の中で違和感の正体が明確に、そして大きくなっていってしまうのだ。

 こうした”夫婦のリアル“ “生活のリアル”を描く作風には、舞台で芝居経験を積んできた繊細な演技力を持つ松下洸平が必要不可欠だったのだろう。率直にモノを言う喜美子に対し、ちょっと間をおいて返事をする八郎。笑ってみせても、どこか晴れない目の色には、不穏な空気が常につきまとう。松下の演技には、セリフがないシーンにこそたくさんの情報量が詰まっていて、ときには気まずさや重苦しさを孕んでいるために、どうにも引っかかり、視聴者はそれを読み解こうとのめり込んでしまうのだ。

 まだ無名の役者を起用する場合、特定のイメージがないために、その役との一体感を視聴者が感じやすいメリットはある。これはかつてオーディションが主流だった頃、「新人女優の登竜門」の役割を朝ドラが果たしてきたことにも通じる。特にまっさらの新人の場合、作品と共に成長していくリアルな姿を視聴者は応援する構図になるため、ある意味、新人ヒロインのドキュメンタリーでもあったのだ。

 しかし、オーディションではなくキャスティングにより、実力・知名度ともにある女優がヒロインを務めるようになり、働き方改革の影響でそれが完全に定着した今。かつての朝ドラが担っていた、まっさらの目新しい才能を見つけたい願望は、子役でしか味わえなくなっている(子役すらも有名子役が多数登場しているわけだが)。

 そんな中、作品が求めるリアリティを、嘘のない繊細な芝居によってしっかり背負い、なおかつ目新しいフレッシュな風も吹きこんだ松下洸平。この成功例により、今後の朝ドラに「芝居がしっかりしている、舞台や別の世界に出自を持つ役者」の起用が増えるかもしれない。

(田幸和歌子)