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入江悠監督が『AI崩壊』で描く令和時代の新たな逃亡劇

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『AI崩壊』 (C)2019「AI崩壊」製作委員会

AIを題材にするなら、今このタイミングしかないと思った

『22年目の告白 -私が殺人犯です-』で興行収入24億円超のヒットを記録した入江悠監督が、「ずっと夢だった」と語る近未来を舞台としたオリジナルサスペンス作品に挑戦する。それが、1月31日(金)から公開の映画『AI崩壊』だ。

「僕は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズや『ターミネーター』シリーズを観て育った世代。いつか自分が監督になったとき、そういうSF映画をやってみたいなという想いがあったんですけど、これだけの規模でやれる機会なんてそもそもなくて、ずっと胸にしまったままだったんです。それが、『22年目の告白 -私が殺人犯です-』がヒットしたおかげでチャンスをもらえて、こうして実現に至りました」

舞台は2030年の日本。人々の生活を支える医療AI「のぞみ」が突然暴走を開始。年齢、病歴、納税額などあらゆるデータをもとに人間の生きる価値を選別。基準に満たない者を殺戮する未曾有の大混乱が巻き起こる。

「もともとAIに興味はありました。しかもAIは今が過渡期。あとほんの少し時期が遅れたら、あっという間にAIもひとり1台携帯を持っているのと同じぐらい当たり前のものになる。AIを題材にするなら、まさに花開こうとする今このタイミングしかないなという想いでした」

AI暴走の首謀者として指名手配されたのは、「のぞみ」の開発者である天才科学者・桐生(大沢たかお)。国民から英雄扱いされていたはずの桐生は、国家を揺るがすテロリストとして警察から追われる身に。面白いのが、ここで桐生を追跡するのもまたAIであること。最新のAI監視システムが、必死で身を隠す桐生を追いつめる。まさに令和時代の新しい逃亡劇だ。

「桐生が逃亡を図る中で、どんなものを見せられるかについては、人工知能学会に入会したり、専門家の方に取材したり、1年間、じっくり時間をかけて調べた上で脚本を書きました。映画の中ではいろんなテクノロジーが登場しますが、本気で権力が国民を監視しようと思ったら、どれもできちゃうそうなんですね。僕たちの生活はそんな恐ろしさと背中合わせにある。そういった危機感を持った上で、来るべきAI社会に向けて『じゃあプライバシーについてどう思うか?』というような議論が広がればという想いを込めました」

破格のスケールとテクノロジーで実現したアクション超大作

桐生の逃亡劇は、一般道路を封鎖したり、巨大貨物船を貸し切ったり、破格のスケールで描かれた。

「それはもう大変でしたね。日本って撮影させてもらえない場所が結構多くて、一般道を何日も封鎖したまま、そこに車を何百台も置いて撮影するなんてこと、通常では考えられない。今回は、たまたま名古屋の駅前の公道を貸してもらえたから実現できた。おかげで、従来の日本映画にはないスケールの画を撮ることができました」

そんな大規模な撮影に、主演の大沢たかおも意気軒昂の表情だったという。

「道路いっぱいに並んでいる何百台もの車を見て、『ここまでリアルにやってくれたんだ』と。映画は、嘘をつけない。そういうひとつひとつの積み重ねで、役者のみなさんの芝居の熱も変わってくる。その熱量がスクリーンから伝わったらうれしいですね」

AIの発達が、従来の逃亡劇のあり方を根底から覆した。では、テクノロジーの進化は映画撮影の現場にどんな革新をもたらしたのだろうか。

「CGの技術はすごい進化を遂げていると思います。今回で言えば、アナログでやっていることも多いんですけど、たとえばモニターに表示されるパソコンのプログラムとか、CGの力を使っている箇所は全部で900カットくらいある。この数は、相当数のもの。10 年前だったらできなかったと思います」

入江監督から見た大沢たかお、そして岩田剛典の魅力

デジタルの力に感嘆する一方、生身の人間の力に感動する場面も多かったと言う。

「桐生に関しては、当初は昔のハリウッド映画の主人公をイメージしていたんです。けれど、大沢たかおさんが『そこまでアクションがすごすぎると、スーパーマンになってしまう』と。確かに桐生は科学者としては天才だけど、肉体的には普通の人。だからアクションに関しても、もっと無様にしたいと」

撮影中は、大沢と何度もディスカッションを重ね、桐生のキャラクター像を構築していった。

「大沢さんは、僕が頭の中でイメージしていたものを、ちゃんと生身の人間に落とし込んで表現してくれた。大沢さんの意見が入ることで、僕の考えていたものがより豊かになったんです。これは今の人工知能の技術ではできないこと。俳優とコミュニケーションをとりながらつくっていく映画の面白さを改めて実感しました」

他にも大沢たかおの演技プランが活かされている場面は随所にある。

「娘役の心ちゃんと手をつなぐシーンは、大沢さんのアイデアです。手をつなぐことで温度が伝わり、父親ひとりで娘を育ててきた日々や、娘を助けたい気持ちがより明確になった。そんな大沢さんの姿を見ながら気づいたんですよ、感情やぬくもりは人間が持っている才能なんだって。それは大沢たかおさんという俳優を主人公に迎えたことでもらえた大きな収穫でした」

一方、桐生と敵対する天才捜査官・桜庭は岩田剛典が務めた。

「岩田くんはある種の天才だと思います。彼が今回見せてくれたのは、“引き算の芝居”。余計なことを何もしないんですよ。表情もずっと変わらないし、所作も無駄な動きがない。下手するとロボットになってしまうところまで引いた先に、冷静沈着な捜査官という人物造形をなし遂げてくれた。普通できないですよ、こんなこと。俳優ってもうちょっと感情を大きく爆発させようとか、どうしても芝居を足したがるんですけど、岩田くんは引いて引いて無にした先に、桜庭のエリート感を表現してくれた。すごく勇気のいる作業だったと思います」

現場では岩田と好きな映画の話で盛り上がった。入江作品の中でも「『ビジランテ』が面白かった」と感想を伝えてくれた岩田に、入江は映画好きの血を感じたそう。

「ハリウッドとか、今の世界のトレンドは芝居をどんどん引き算して、余計なことをしない先に豊かさを出す方向へ向かっている。今回の岩田くんの芝居はまさにそれですよね。余計なものを一切引いた上で役を構築できる才能に驚かされました」

メインストリームを歩いていない人に興味がある

『SR サイタマノラッパー』で頭角を現し、今や映画界に欠かせない存在となった入江悠。その作品群には、『SR サイタマノラッパー』の匂いを感じる『ビジランテ』や『ギャングース』といったアンダーグラウンドな人々を描いたものもあれば、今回の『AI崩壊』や『22年目の告白 -私が殺人犯です-』のようなエンターテイメント大作もある。ジャンルやカテゴリーの枠にはまらない活躍を見せる入江悠だが、両者の間で何か共通するものはあるのだろうか。

「基本的には何も変わらないと思っています。僕が見つめたいのは、この社会とそこで生きる人。『SR サイタマノラッパー』はこの社会からちょっと浮いている人たちのお話ですけど、この『AI崩壊』も主人公が社会から追いつめられていくお話。メインストリームを歩いていないという意味では共通項はあるんです。それは、僕がそういう人が好きだから。たぶん渋谷でパーティーしてイェーイと盛り上がっている人のことは僕には描けない。孤独を抱えていたり、何かを背負っている人に興味があるんです」

この言葉を聞いた瞬間、『AI崩壊』の見方がまた変わった気がした。日本映画界期待の星が挑んだ渾身の大作。2020年というアニバーサリーイヤーを飾る1本になりそうだ。

『AI崩壊』
1月31日(金)公開

(取材・文/横川良明)

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