LEX、Kvi Baba、(sic)boy……SoundCloudで頭角を現した新世代ラッパーたち 彼らに共通する内省的な表現とは
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〈Hoodがどこにあるとか気にしたことがないんだよ〉
2018年に発表された「Higher」がティーンを中心に爆発的なヒットとなった、Tohjiとgummyboyの2人を中心に活動するクルー・Mall Boyzの楽曲「mallin’」の中でgummyboyが歌うこのラインは楽曲の本筋とはズレた解釈かもしれないが若い世代の“寄る辺のない”感覚を象徴しているように感じている。本稿では彼らのように主にSoundCloud(ウェブ上での音声ファイル共有サービス)で楽曲を発表し世の中に頭角を現した若いラッパーを数人紹介していきたい。
(関連:LEX「Captain Harlock (feat. Only U,TRASH ODE)」試聴はこちら)
●LEX
まずは前述した「Higher」のMVにも出演しているLEX。「Captain Harlock (feat. Only U,TRASH ODE)」などSoundCloudで発表した楽曲で注目を集め、現在17歳という若さでラップからトラックメイク、ミックスまで自らこなし、昨年にはチープにも思えるエレクトロサウンドが耳を引く(本人曰くフューチャーサウンド)アルバム『LEX DAY GAMES 4』を発表し、昨年末にはより表現の幅を広げた『!!!』を発表とハイペースで活動している。特徴的なのは、両作ともに3分以上の楽曲は1曲ずつしか収録されておらず全体的に短い楽曲が多く、ラップとも歌とも判断が難しいメロディアスなフローなど、SNS世代以降の感覚を如実に反映していることだ。またアグレシッブなライヴパフォーマンスも話題を集めており、今後さらに大きなステージで観る機会が増えるだろう。そして、華やかな楽曲の多いイメージの彼だが前作アルバム『LEX DAY GAMES 4』収録の「UPDATE」のような内省的な楽曲も発表しているということも忘れずに書き留めておきたい。
●Kvi Baba
次に紹介したいのが、ジャパニーズ・ヒップホップを代表するラッパーのひとりであるNORIKIYOからも推薦された弱冠二十歳のKvi Baba。彼がSoundCloudに楽曲をポストし始めたのは2017年頃だが、DJ TATSUKIによるキャスティングの元、ZORNと共作した「Invisible Lights」や、名プロデューサー・BACHLOGICが全曲を手掛けた2nd EP『19』ではSARUをフィーチャーした楽曲「A Bright」も収録され、すでにシーンでの確かな信頼を得ていることが伺える。また新鋭のシンガソングライター・eillの楽曲「Succubus」のリミックスに参加するなどヒップホップシーンに限らず活動を広げている。全体的にUSヒップホップのエモラップと共振するような内省的かつ刹那的なリリックにギターサウンドの重用、メロディアスなフロウ、そして何度も同じフレーズを繰り返し歌うことで感情をよりリアルに伝えていることが特徴だ。彼の表現はLEX以上に感情の占めるウェイトが大きいといえるだろう。
●(sic)boy
2018年3月にSid the Lynch名義での1st EP『NEVERENDING??』をSoundCloudにポストし現れた(sic)boyも紹介しておきたい。彼の知名度を一気に押し上げたのが釈迦坊主がプロデュースしSleet Mageが客演で参加した「Hype’s」であろう。キャッチーなフックが強烈に耳に残り離れない。基本的に彼もエモ・ラップと共振するスタイルだが、ラッパーとして周囲に認知されていることを踏まえた上での「僕自身はロックのアーティストとしてやっている気持ちですね」といった発言や影響元にL’Arc-en-Cielを挙げていること、ステージにメイクアップして現れる中性的にも思える感性(ヴィジュアル系とも繋がる)によって、よりボーダーレスな存在感を放っている。ANARCHYなど様々な有名アーティストとの共作やリミックスワークも注目されるプロデューサー・KMとタッグを組んだ全5曲入りのコラボEP『(sic)’s sense』のリリースも2月5日に迫っているのでぜひチェックしてみて欲しい。
三者三様の違いはあれど彼らに共通している内省的な表現はヒップホップに対してのステレオタイプな、いわゆるマッチョなイメージとは離れていることはここまででご理解いただけたのではないかと思うが、そこにある不安や焦り、孤独感などの内省表現は決して若さゆえのものだけではなく、彼らを取り巻く状況も反映されているようにも感じている。日本国内でSoundCloudがアーティストの収益源として現状ではほとんど寄与していないことだけでなく、各サブスクリプションサービスを通した配信でも安定した収入が得られるのはごく一部。楽曲制作が手軽に行えるようになり個人でそれを発信できるようになったことでたくさんの若いアーティストが現れているほか、少子高齢化の波や彼らの使う言語が基本的には日本語であることも作用しているのだろう。実際に彼らの持つ不安や焦りや孤独感はシリアスな問題を孕んでいる。
あるいは、彼らの中にある(LEXのように地元にクルーがいたとしても)フッドをレペゼンするというよりも内省的な表現を外に向けて発信していこうという意識は、こういった社会で同じように生きる若者たちとの“寄る辺のない”感覚の共有に繋がるのではないだろうか。そう考えると彼らの楽曲のメロウさもより多くの人に届けようという意思の現れにも思えてくる。日本中に散らばった、生まれ育った場所よりもSNSをはじめとしたインターネット上に居場所を見出した若者たちの心にそっと寄り添うことができるのは、同じようにネットから居場所を見つけ出した彼らの生み出す音楽だけなのかもしれない。(高久大輝)