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“テレビの王者”がストリーミング戦争時代を生き抜く勝算は? HBOの躍進と日本での課題

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リアルサウンド

 本年のアカデミー賞を賑わし、現在日本でも大ヒット公開中の映画『パラサイト』(ポン・ジュノ監督)のテレビシリーズ化権利を、Netflixとの争奪戦の上HBOが獲得したとのニュースが舞い込んできた。ポン・ジュノ監督と言えば2017年にNetflixオリジナル映画『Okja』を製作しており、その関係を考えるとNetflixでのテレビシリーズ化を受諾しそうだが、今回は数々の人気作品を手掛けHBOとファーストルック契約=優先交渉権を交わしているアダム・マッケイ(映画『バイス』『マネー・ショート 華麗なる大逆転』など)とタッグを組みHBOでの製作を決めた。数年前からこのように映画界で活躍する人材が、テレビシリーズを手掛けることが非常に増えている。今回は、『パラサイト』に限らず数々の著名人を誘致し、傑作テレビシリーズを輩出し続けているHBOの現在の動向に改めて注目したい。

■米テレビドラマ界王者、いよいよ動画配信サービスへ

 日本ではHBOという名前そのものは聞きなれないかもしれないが、古くは『セックス・アンド・ザ・シティ』、近年で言えば世界的大ヒットドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』を生み出したケーブルテレビと言えば伝わるだろうか。所謂日本で言うところのWOWOWと同じ衛星およびケーブルテレビ放送局がHBOで、『ゲーム・オブ・スローンズ』はエミー賞を始め数々の賞を席巻し、近年の米ドラマ界を牽引し多くの影響を与えてきた。視聴者の予想を裏切るストーリー展開、総予算150億ドルをかけた史上初「映画のようなドラマ」、シーズン1の段階では無名だった若手俳優陣の世界的人気、ひいては昨年の最終シーズン第一話の全世界視聴数は1740万人と、名実ともにメガコンテンツとなった『ゲーム・オブ・スローンズ』。その大人気作も昨年8年間の歴史に幕を閉じ、HBOの今後の動向に注目が集まっている。それが動画配信サービスへの参入だ。動画配信サービスはNetflixが業界をリードする中、昨年Apple TV+やDisney+が続々と参入し、戦国時代を迎えている。そして、その最後の大物登場として期待されるのがHBOが今年5月に開始するHBO Maxだ。

 HBO Maxは月額14.99ドル、動画配信サービスの中ではやや高い方に位置する。HBOは今後もスティーブン・キング原作のドラマ『The Outsider』、ジュード・ロウ主演『ヤング・ポープ 美しき異端児』シーズン2、人気SFドラマ『ウエストワールド』シーズン3、ニコール・キッドマンとヒュー・グラントの共演で注目を集める『The Undoing』などドラマだけでも注目作が溢れている。アメリカでは『ゲーム・オブ・スローンズ』以降、優れたテレビドラマと言えばHBOという認知も高い一方で、そうはいってもドラマだけに14.99ドル毎月払う価値があるか、他の動画配信サービスより高いがゆえに消費者はさすがに考えるだろう。ただ、今回はHBO Maxという名前ではあるが、HBOの親会社である米通信企業大手AT&Tの傘下にあるワーナー系列のコンテンツをメインに配信するのが特徴のため、何もHBO製作のドラマだけが配信対象ではない。ワーナー・ブラザーズ製作の映画はもちろんのこと、『ワンダーウーマン』『バットマン』『スーパーマン』などのDC作品、報道大手のCNN、エミー賞も受賞した大人気SFアニメ『リック・アンド・モーティ』を有するAdult Swim、そして日本が世界に誇るスタジオジブリ作品の北米での配信権も獲得している。

■日本では作品認知向上に課題も

 日本ではHBOそのものが上陸しておらず、現在はスターチャンネル、スターチャンネルEX(Amazon Primeチャンネルで視聴可)、そしてAmazon Prime Videoがメインで放送および配信しており、一部作品についてはHuluで視聴可能だ。HBO作品の多くが、まずスターチャンネルもしくはスターチャンネルEXで放送、その後数か月後にAmazon Prime Videoで視聴可能となる流れを取っている。

 ただ、せっかく質の高いHBOのドラマが観れる環境がここ数年で整ってきたにも関わらずまだまだ日本では課題もある。その最たる課題がドラマの邦題だ。作品によってはスターチャンネルまたはスターチャンネルEXで放送時、Amazon Prime Video配信時、DVD発売時で邦題がすべて異なる場合もあるのだ。『ゲーム・オブ・スローンズ』終了後、一番人気との呼び声高いHBOドラマ『Succeccion』はスターチャンネル放送時は『キング・オブ・メディア』、Amazon PrimeVideo配信時は『サクセッション』、DVD発売時は『メディア王~華麗なる一族~』と、てんでバラバラである。今年、ゴールデングローブ賞テレビドラマ部門を受賞し、エミー賞本命と既に噂される良質なドラマで、日本でも徐々に人気が出てきている一方、邦題がバラバラであるため情報が探しにくい状態になっていることが非常に残念でならない。また、もう一つ気になるのは一昨年、それまで日本ではHuluで配信されていたHBO作品がAmazon Prime Videoに配信されることが決まり、一気に移行したかと思いきやなぜか『ヤング・ポープ 美しき異端児』だけはいまだにHuluで配信されている。『ゲーム・オブ・スローンズ』がHuluとAmazon Prime Video両方で配信されているのはその人気が故という理由で何となくわかるが、『ヤング・ポープ 美しき異端児』だけはどういうった理由でいまだにHBO作品ながらHuluで配信されいるのか素朴な疑問だ。

■動画配信サービスのシンボルを目指す

 日本ではHBO作品そのものの認知度向上が課題となる中、本国アメリカでは動画配信サービスとして2025年までに加入者数5000万人を目指すHBO Max。加入者数だけでなく、Netflixが動画配信サービス業界を牽引しているのは、ドラマだけではないオリジナル作品を中心とした配信作品のバラエティ豊かさと、テック企業ならではのアプリの使いやすさ等が大きな理由だが、そこにも風穴を開ける勢いだ。

 HBOはもともと、インターネットでHBOを視聴できる動画配信サービスとしてHBO Nowを保有しているが、2019年第四クォーターでの動画配信サービスアプリダウンロード数のシェアは8%に留まっている(ちなみにNetflixは15%、Huluは8%という実績の中、Diney+が16%と初登場でNetflixを抜いていることも見逃せない)。コンテンツとアプリ自体の機能の優位性を勝ち取り業界を牽引するのが狙いとも言える。

 コンテンツでいえば、今年の5月にHBO Maxとして生まれ変わり、先ほど述べたようなAT&T傘下の大手メディアの作品も配信可能になったことで、番組のラインナップは確実に増える。加えて、長年人気のドラマ『フレンズ』や『ビッグバン★セオリー/ギークなボクらの恋愛法則』『セサミストリート』などの配信権を獲得し動画配信サービスに馴染みのない客層も狙う。今後、ドラマ以外の新作として、国民的人気コメディアン、エレン・デジェネレスとのバラエティ番組製作、2018年#Metoo運動の一翼を担いピューリツァー賞を受賞したジャーナリスト、ローナン・ファローとのドキュメンタリー製作なども控えている。

 さらにアプリの機能でいえば、ローンチ前から他社と差別化された機能に注目が集まっている。モバイルアプリは、人気俳優が作品をキュレーションし紹介する機能、HBO Maxに加入している友人と同時視聴できる機能、そしてPodcastも備える予定だ。特に各動画配信サービスでは、配信作品が多くなる一方ユーザーとしてはその作品を観るか決めかねてしまうため、キュレーション機能はユーザーの感想が気になるところ。ワーナーメディアのCTOジェレミー・レッグは「象徴であることが最も重要だ」と語っている。動画配信サービスの象徴としてのHBO Maxとなるには、単発のユーザーではなく継続的に加入するユーザーの獲得が課題となるのは明確だ。これは何もHBO Maxに限った話ではない。ヴァラエティ誌によれば2019年にエンターテインメント企業はオリジナル作品製作にかけた金額はなんと1210億ドル。内ディズニーが27.8億ドル、Netflixは15億ドル、AT&Tは14.2億ドルだそうだ。多額の資金をかけ、各社が継続的な加入者獲得のためオリジナル作品でしのぎを削る。冒頭に述べたようにポン・ジュノ監督のような実力のあるクリエーターとの契約争奪戦もその一部だ。オリジナル作品製作からアプリそのものの機能まで追求する姿勢は、テレビドラマのHBOから、動画配信サービスとしてのHBOとして生まれ変わる強い意気込みが伺える。HBOからNetflixへ移籍したマーケティング部門の重役ピア・チャオゾン・バーロウ(HBO在籍時に『ガールズ』や『シリコンバレー』『ニュースルーム』などを輩出)のHBOマーケティング部門への復帰も決定しており、今年は本気で動画配信サービスの象徴になるべく勝負をかけるHBOに、業界からの熱い視線が集まる1年となりそうだ。(文=キャサリン)