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平辻 哲也
映画ジャーナリスト
東京2020オリンピック SIDE:A
22/6/3(金)
TOHOシネマズ日比谷
コロナ禍での開催延期、大会委員長の辞任、不透明な収支問題、ほぼ無観客での史上初の開催など前代未聞の大会となった東京2020大会。その開催の是非には大いに疑問を持ちながらも、オリンピックに感動したという人は多いだろう。ステイホームが増えた筆者も仕事をこなしながらも、テレビ観戦でその手がとまることもしばしばだった。 コロナ、無観客開催の中でアスリートは躍動し、日本は金27、銀14、銅17のメダルを獲得し、金の数ではアメリカ、中国に次ぐ3位となった。メダルの中にも歓喜だけではない。悔し涙の銀メダルもあるし、メダルを取れなかった人にもドラマはある。そもそも、「オリンピックは、勝つことではなく参加することにこそ意義がある」のだ。 数限りなくあるドラマの中で、何を取り上げ、何を取り上げないのか。誰が撮っても、難しい選択を迫られる。今でこそ、傑作と言われる市川崑監督の『東京オリンピック』も公開当時は政界を巻き込んでの芸術論争を巻き起こした。少し乱暴に言えば、誰が撮ってもイチャモンが出る題材なのだ。 そして、今、暴力問題が注目されている河瀬直美が総監督を務めた本作。人格と作品は切り離せないものではあるが、本作はシンプルに面白かった。 導入部分は雪の中の桜という光景。日本的な美しさと異常さを混ぜて、本大会をある種、明快に定義づける。その中で藤井風のハミングから始まる国家独唱。公式映画でありながら、開催中止のデモも切り取っている。 独自映像の部分は逆光、風で揺れる木々、超アップの顔といった、いつもの河瀬監督らしい映像で色を出す。そして、最大の特徴は女性の姿をいつもの公式映画以上にフューチャーしていることだ。球技では、同じ金メダルでも、野球ではなく、女子のソフトボールをチョイス。自身も高校時代、国体の奈良代表だったバスケットボールでは、「母乳育児中の赤ちゃんを同行させてほしい」と主張したカナダのキム・ゴーシェ選手、育児を理由に引退を選んだ大崎佑圭選手の対照的な2人を取り上げ、母である自身を重ねている。 一方、復活を目指す、日本の“お家芸”・柔道、10代の活躍が目覚ましかった新種目スケートボードでは名実況「真夏の大冒険!」もあって、監督の色を出しながらも、しっかり抑えるところは抑えている。『朝が来る』で見せたバランス感覚もあって、エンタメと芸術、社会と個がほどよくブレンドされていて、一般観客も観やすい。より広い観客に訴求できる作品に仕上がっている。
22/6/4(土)