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文学、ジャズ…知的映画セレクション

高崎 俊夫

フリー編集者、映画評論家

プアン/友だちと呼ばせて

高度経済成長期を迎えたタイでは、近年、従来の土着的な湿気をはらんだ濃密な風土性を微塵も感じさせないポップな感覚を身上とする映画監督が陸続と登場している。バズ・ブーンピリヤの『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』(17) はその代表格だろう。その才能に惚れ込んだウォン・カーウァイが自らプロデューサーを買って出て、産み落とされたのが『プアン/友だちと呼ばせて』である。   ニューヨークでバーを経営するボス(ポー・タナポップ)へ、タイに住む白血病で余命宣告を受けたウード(アイス・ナッタラット)から電話が入り、元カノたちに最後の別れを告げたいので運転手になってほしいと告げられる。かくして映画はイマ風のバディ・ロードムービーを装いながらも、往年のフランス映画『舞踏会の手帖』(37) を思わせるきわめてクラシカルな道行へと移ってゆくのだ。     かつて、1990年代の香港映画界に、稀に見るポストモダンな感覚を吹き込んで、一躍、時代の寵児となったウォン・カーウァイがバズ・プーンビリヤに自らの精神的嫡子を見出したのはよく理解できる。軽妙なモンタージュを駆使して、現在と過去を行きつ戻りつしながら、巧みに時制を攪乱させるストーリーテリング、アメリカのポピュラーソングを異化効果として活用する洒脱なセンスなど、まるで『恋する惑星』(94) 当時のウォン・カーウァイが撮ったと言われても充分、通用するだろう。 映画は、古色蒼然たる『舞踏会の手帖』の意匠をゆるやかに突き抜けて、さらなるひねりが加わり、意想外な展開に至るが、愛をめぐる古典的な寓話、お伽噺として着地する。ここに至って、二人の映画作家の微妙で、しかし決定的な違いも明らかになるように思われる。 ウォン・カーウァイがどこまでも自らが抱えるデラシネ(根無し草)の視点で、浮遊する青春群像を定点観測し続けたのに対し、バズ・ブーンピリヤは、未曽有の急速な変貌を遂げてゆくタイの都市空間とそこに生きる若者を、内部から、ある深い愛惜をこめて描き出しているからである。

22/8/2(火)

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