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文学、ジャズ…知的映画セレクション

高崎 俊夫

フリー編集者、映画評論家

ケイコ 目を澄ませて

三宅唱の『きみの鳥はうたえる』(18)を見たときに、佐藤泰志の原作が持つ良くも悪くも1970年代のアメリカン・ニューシネマ的な、敗残を謳い上げる鬱屈した青春像から、のびやかに解放されていることに決定的な新しさを感じたことを覚えている。 『ケイコ 目を澄まして』は、実在する、生まれつきの聴覚障害があり、両耳が聞こえない女性のプロボクサー、ケイコ(岸井ゆきの)が主人公である。映画は、自分が所属する下町の弱小ジムの会長(三浦友和)がジムを閉じることを知ったケイコが、一戦、一戦、試合を勝ち抜く中で、彼女の内面に生起する感情の揺らぎをあざやかに掬い取っていく。    古今東西、ボクシング映画に駄作なし、と言われるほど、このジャンルには秀作がごまんとある。この映画もトレーナーと女性ボクサーという設定からクリント・イーストウッドの『ミリオンダラー・ベイビー』(04)を連想しないわけにはいかない。しかし、イーストウッドがクライマックスで、ある意味、劇的なシチュエーションを用意したのとは対照的に、この映画では、16ミリフィルムで撮られた独特の荒い粒子、質感をたたえた画面の造型も語り口においても、ドラマティックな盛り上がりを極端に回避するスタイルを取っている。この一貫した<語り過ぎない方法>によって、ケイコが抱えているであろう不断に燻り続ける寄る辺なさ、あるいは会長の表情からにじみ出る諦念や疲弊、そしてささやかな気概といったものが胸に迫ってくるのである。とりわけ重篤な病を抱えるとおぼしき会長を演じた三浦友和は、近年、稀にみる陰翳深い名演を披歴している。 一見、そっけない幕切れも、ヒロインのかけがえのない、強靭な〝再出発という思想〟を画面に刻み込んでいる。

22/12/19(月)

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