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水先案内人のおすすめ

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注目されにくい小品佳作や、インディーズも

吉田 伊知郎

1978年生まれ 映画評論家

REVOLUTION+1

足立正生監督の最新作『REVOLUTION+1』が、神奈川のシネマ・ジャック&ベティ、大阪の第七藝術劇場、愛知のシネマスコーレで上映中である。安倍晋三を銃撃した山上徹也容疑者をモデルに、そこにいたるまでの軌跡が描かれた映画と説明すれば、今年、国葬当日にぶつけた先行上映が波紋を呼んだことを思い出す人も多いだろう。 先行上映時に予告されていたように、12月24日から公開されたのは、追加撮影を行った〈完全版〉である。しかも、これが全くの別物と言って良いほど大きく作り変えられており、このバージョンを観なければ、本作を観たことにはならない。 安倍の銃撃事件ならびに、その背景が明らかになるにつれて筆者が思ったのは、若松孝二の映画のよう──もっと言えば、足立正生が脚本を書いた若松映画のようだということだった。秋山道男が思想なきテロリストを演じ、「天誅って知っていますか?いい言葉ですよ」と嘯きながら共産党本部爆破や首相暗殺を実行する『性賊 セックスジャック』(70年)などは、まるで事件と犯人像を50年前に予感していたかのようだった。 そして、『性賊』を撮った時代の若松プロを描いた『止められるか、俺たちを』(18年)で秋山道男役を演じたタモト清嵐の主演で『REVOLUTION+1』が作られると、50年前の映画と本作が一直線に接続され、足立正生が今、この映画を作ることが必然であることが理解できる。〈予感の映画〉の作者は、現実の事件を前にして、虚構によって何を描くのか。 ごく一般的な家庭で育った川上哲也(タモト清嵐)が、父の自殺を境に家庭崩壊に追い込まれていく。病、貧困が家族を蝕み、母は統一教会に傾倒し、やがて全財産を献金してしまう。すべてを失い、失意の底にいた哲也は復讐を決意し、改造銃の作成を始める。 国葬上映バージョンを観たときは、報道の後追いに感じる部分が多かったが、30分以上の追加撮影と再編集によって、圧倒的な現実を虚構によって再構築することに成功している。観客が観たいのは、事実との整合性でも再現フィルムでもなく、足立正生の主観によって再構築された世界なのだ。 山上容疑者の父が京大時代、後にテルアビブ空港乱射事件を起こす安田安之と麻雀仲間だったことに着目することで、日本赤軍のメンバーとして中東で活動してきた足立正生にしか作れない独創的な映画へと見事に変貌している。「オリオンの三つ星になる」と呟いた日本赤軍の戦士に対して、川上は、「俺は何の星になるんだろうか?」と自問する。その彼が導き出した回答が個的闘争として安倍を撃つことにあったわけだが、その結末は誰もが知っているだけに、そのまま描いても映画的な驚きは薄い。そこに至る描写の積み重ねこそが見どころである。殊に室内を含めて象徴的に降り続ける雨の描写が素晴らしい。室内の川上の足元まで水に浸されていくが、安倍を撃つ瞬間も彼の世界には雨が降り続け、その心情を映し出す。完全版では母との関係、母への思いを深く描いており、主人公の心情を丁寧に映し出している。  もっとも、本作は都内では上映されていない。映画館の多くがテナントであるため、後難を怖れての拒絶とも言われているが、若松孝二や足立正生の特集上映をこれまで行いながら、『REVOLUTION+1』を上映する気概のない映画館など、潰れてなくなっても一向にかまわない。足立正生の新作を上映することを選んだシネマ・ジャック&ベティ、第七藝術劇場、シネマスコーレにぜひ駆けつけていただきたい。

23/1/2(月)

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