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文学、ジャズ…知的映画セレクション
高崎 俊夫
フリー編集者、映画評論家
ロバート・アルトマン傑作選
23/5/26(金)~23/11/7(火)
新文芸坐
親子ほどに歳が離れているにもかかわらず、ロバート・アルトマンはつねに同時代人だったという強い想いがある。出世作『M★A★S★H』(70)以降、ほぼ全作品を封切りで見ているという自負もあり、浮沈の激しいアメリカ映画界で持てる才能を最大限に発揮し、真にインディペンデントな映画作家として生涯を全うしたという点においても尊敬に値する。 それゆえに15年前に彼の訃報が届いた際には、深く動揺したが、すぐさま、アルトマンに何度もインタビューしている川口敦子さんに翻訳をお願いし、聞き書きのメモワール『ロバート・アルトマン わが映画、わが人生』(キネマ旬報社)を編集した。この滅法、面白い回想録は、今に至るもアルトマン研究には欠かせない最も重要な一冊である。 その後、アルトマンの圧倒的な影響下にあるポール・トーマス・アンダーソンやコーエン兄弟のオフビート感覚あふれる作品も生まれたが、やはり元祖インディーズの巨匠は唯一無二の存在であり続けている。 今回、開催される特集「ロバート・アルトマン傑作選」は『雨に濡れた舗道』(69)、『イメージズ』(72)『ロング・グッドバイ』(73)というあまりに異色な三本立てである。 アルトマンは一般には、『ナッシュビル』(75)『ウェディング』(78)などの群像劇で知られるが、実は、アメリカ映画では数少ない<女性映画>の作家でもある。流麗な移動撮影とヒロインの匂い立つような官能美で知られたマックス・オフュルスとヒロインの精神の奥底にわだかまっている病理を解剖したイングマル・ベルイマンの深い影響が見られるが、とりわけベルイマンの傑作『仮面 ペルソナ』(66)にインスパイアされた『雨に濡れた舗道』と『イメージズ』『三人の女』(77)は〝神経症的女性映画三部作〟と称されている。 『雨に濡れた舗道』は、独身のサンディ・デニスが雨の日、公園で見つけた青年をマンションに引き入れ、いつしか部屋に閉じ込めるほど異様な執着を示し始める。そして青年を繋ぎとめるために娼婦をあてがおうとして悲劇が起こる。 一見、ウィリアム・ワイラーの『コレクター』(65)の女性版を思わせるが、ヒロインが抱える不穏で性的なオブセッション、そして〝妊娠〟への不可解な執心は、クリニックで女性たちが交わす避妊とセックスがらみの露骨で生々しい会話と相まって、鮮烈な印象を与える。メランコリーが滲むようなヴァンクーヴァーの街の景観をとらえたラズロ・コヴァックスのキャメラ、甘美で美しいジョニー・マンデルのスコアも忘れがたい。 『イメージズ』は、童話作家のスザンナ・ヨークが夫と数年前に亡くなった恋人が混交する悪夢に悩まされ、人里離れた別荘に移り住む。しかし、そこではさらにドッペルゲンガー現象が頻発して、間歇的なパニックと殺人衝動に苛まれるという怪異譚である。あたかもヒロインの狂気が画面からじわじわと感染してくるような不吉なリアルさ、そして異界に誘うようなアイルランドの風土と、ツトム・ヤマシタの打楽器を多用したサウンドが強烈で、そのためだろうか、『イメージズ』は、後に彼を音楽担当で起用したニコラス・ローグの『地球に落ちてきた男』(76)によく似た冷ややかでメタリックな映像の肌触りが感じられる。一瞬だけだが、撮影時に妊娠していたスザンナ・ヨークが全裸でベッドに横たわるショットが衝撃的である。 公開当時、原作者たるレイモンド・チャンドラーの熱烈なファンから総スカンを食らった『ロング・グッドバイ』は、今ではカウンター・カルチャーの時代にふさわしいハード・ボイルドのスタイルを決定づけたカルトムーヴィーとして揺るぎない地位を占めている。絶えずタバコをくゆらす、むさ苦しいエリオット・グールドこそ往年のハンフリー・ボガートよりもはるかに魅力的な私立探偵フィリップ・マーロウといえるのだ。破滅型の酔いどれ作家ロジャー・ウェイドに扮したスターリング・ヘイドンの繊細な名演もすばらしい。ネオンの荒野のような深夜のロサンゼルスの路上を追走するマーロウを振り切り、車で平然と走り去ってゆくウェイド夫人、ニーナ・ヴァン・パラントの冷酷なまでの無表情こそ、この映画でもっとも恐ろしいショットといえよう。 つねにヒロインの視点と親密に一体化するようなオフュルスやベルイマンとは対照的に、アルトマンが描き出すヒロインは、つねに謎めいた、不信感を募らせる了解不能な存在なのである。
23/5/28(日)