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映画のうんちく、バックボーンにも着目

植草 信和

フリー編集者(元キネマ旬報編集長)

高野豆腐店の春

映画、特に日本映画に関心がある人が「豆腐」ときいて思い出すのは、小津安二郎と中川信夫の監督名ではないだろうか。いうまでもなく小津安二郎の「私は豆腐屋のような映画監督だからトンカツを作れと言われても無理で、せいぜいガンモドキくらいだよ」はあまりにも有名(先月の上海国際映画祭で山田洋次監督が舞台挨拶でこの小津の言葉を引用していた) 。中川信夫は生涯、酒と豆腐を愛した映画監督でその命日(1984年6月17日)に行われる偲ぶ会は、「酒豆忌」と呼ばれている。 余談が長くなったのは、本作『高野豆腐店の春』(「こうや」ではなく「たかの」と読む)に出て来る豆腐が、あまりに美味そうだからだ。近場ならすぐ買いに行くのだが、残念ながら尾道(大林宣彦作品によく出てくる風景なので何となく地理はわかるような気がするのだが)なのでムリ。 愚直で職人気質の豆腐屋の父・高野辰雄(藤竜也)と、一度結婚に失敗しているが明るく気立てのいい娘・春(麻生久美子)の人生を描いた、父と娘の物語。小津の「紀子三部作」や大林の「尾道映画」を思わせる作風から、監督・脚本の三原光尋の両監督への敬愛の念が伝わってくる。 笠智衆を思わせる藤竜也の頑固だが心優しい老人ぶり、その父の行く末を心配する娘の春に扮した麻生久美子のナイーヴな演技が、三原監督の静謐な演出と融合して醸し出す生活描写が何とも心地いい(撮影は『オレンジ・ランプ』の鈴木周一郎)。 大豆と水とにがり以外化学調味料はいっさい加えない、口に含むと大豆の匂いが立ち昇ってくるような劇中のこんな豆腐を毎日食べられたら、どんなに幸せかとつくづく思う。

23/8/19(土)

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