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映画のうんちく、バックボーンにも着目

植草 信和

フリー編集者(元キネマ旬報編集長)

ポトフ 美食家と料理人

監督デビュー作『青いパパイヤの香り』(1993)でカンヌ国際映画祭カメラ・ドール(新人監督賞)、セザール賞新人監督賞を受賞、同作はアカデミー外国映画賞(現:国際長編映画賞)にもノミネートされ、その存在が広く知られるようになったフランス系ベトナム人監督トラン・アン・ユン。 奥深いエメラルドグリーンの艶やかな映像から、匂い立つベトナム人女性の優美な愛の物語を紡いだ『青いパパイヤの香り』。少女から女性へと成長していくヒロインの美しさ、そのメタファーとも思える青いパパイヤ、ベトナム家屋と庭園の静謐、亜熱帯の湿度…そのどのシーンからも伝わってくる瑞々しさは、初見から30年を経た今でも脳裏に深く刻まれている。 『エタニティ 永遠の花たちへ』から7年ぶりとなるそのユン監督の新作『ポトフ 美食家と料理人』は、「美食」も芸術のひとつとして追求されたフランスのベル・エポック時代を背景にした、料理への情熱で強く結ばれた美食家と料理人の愛の物語だ。フランスの片田舎で暮らす美食家ドダン(ブノワ・マジメル)と、天才料理人ウージェニー(ジュリエット・ビノシュ)。彼女が畑で収穫した野菜と牛肉のレシピが完成するまでの導入シーンは、リアルだが甘美、エクスタシーすら感じさせて素晴らしい。美味しいものをつくる喜び、それを食する快感は、人生を豊かにする最上の営為だと教えてくれる。 『赤い薔薇ソースの伝説』『バベットの晩餐会』『恋人たちの食卓』など、食をテーマにした名作は数多くあるが、『ポトフ』はそれらに勝るとも劣らない、「芸術としての料理と美食」を官能的に描いた佳作。ユン監督の「食の文化」に対する深い教養がうかがえる。 スクリーンを埋め尽くす垂涎の料理の数々は、ミシュラン三つ星シェフ、“厨房のピカソ”といわれるピエール・ガニェールがすべて試作したという。ちなみに「ポトフ」とは、牛肉の塊とニンジン・キャベツなどを塩味で煮こんだフランスの家庭料理のこと。日本では1981年に刊行された開高健、谷沢永一、向井敏によるブックガイド鼎談本『書斎のポ・ト・フ』という書名から、その存在が広く知られるようになったといわれている。

23/12/17(日)

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