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映画は、演技で観る!

相田 冬二

Bleu et Rose/映画批評家

四月になれば彼女は

佐藤健には、声にならない声を発することがあり、独特の風情につながっている。作品や演じるキャラクターにかかわらず、また映画だからドラマだからということでもない。それは“佐藤健表現”と呼ぶしかないものであり、俳優を画家に置き換えれば、もはや画法と呼んでいいほどの独自性がある。 たとえヒーローを演じても、活劇から内省を感じさせる彼は、内向きの演じ手と捉えるのが妥当かもしれない。だが、役にひたすら没頭する、いわゆる成り切り型の役者とはまるで違う。むしろ、ふと内面がこぼれ落ちる、その瞬間に賭けているニュアンスが感じられる。つまり、実はかなり外向きのベクトルを有しているのではないか。 終始うつむきがちで、常に揺らいでいる青年を体現する『四月になれば彼女は』は、そんな“佐藤健表現”の秘密を垣間見せてくれるという意味でも大変興味深い。 同棲中だった婚約者が失踪。主人公の精神科医は、それを契機に、大学生時代の恋人のことを回想する。設定だけを記せば、随分めそめそした自分勝手な男性の物語だと思うかもしれない。だが、こうした文学的な内省を目に見えるかたちで示し、しかし決して説明的にはしない。これが、俳優、佐藤健の真価である。 観客が共感する、というのとは少し違う。この人物を見つめ、感じたくなるのだ。もっと言えば、見護りたくなる。すなわち、わたしたちに客観的な視点を授ける。すこやかな好奇心を付与してくれると言い換えられるかもしれない。 どこか遠慮がちで、強い態度は選ばず、むしろ控え目であることに安住しているようにも映る主人公は、周囲の確固たるキャラクターに責められるような局面がたびたびあり、基本的に“困っている”場面が多い。ここが“佐藤健表現”の見せどころである。 まばたきを微細に変化させ、瞳を潤ませ、人が途方に暮れる様にはこんなにも豊かなヴァリエーションがあることを深い領域で感じさせてくれる俳優は、他にいない。とりわけ、ハッと惹きつけられるのは、時に言いかけた言葉を呑み込み、本当の気持ちを仕舞い込み、しかし、沈黙することはせずに、ある程度の社会性を保ったまま、別な言葉を選び口にする、後ろ向きの思いやりが派生させる情感である。 振り返ってみると、佐藤健の出演作には、そのような“神聖な日常”がさり気なく埋め込まれており、彼はそのなだらかな凹凸を撫でるように映し出す名手なのだ。わたしは、それを“人間固有の恥じらい”の具現化と捉えている。恥じらいとは、見せつけるものではない。また、信念でもない。たとえ見られたくなくても、ほんのはずみで、露呈してしまうものだ。 佐藤健は、恥じらいの本質を見極め、指先で大切にはさみ、そして慎重に差し出し、それがわたしたち誰にとっても普遍の感情=状態であることを知らせてくれる、稀有なメッセンジャーである。

24/3/24(日)

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