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Tak
美術ブロガー
Beautiful Japan 吉田初三郎の世界
24/5/18(土)~24/7/7(日)
府中市美術館
吉田初三郎(1884-1955)をご存知でしょうか。大正から昭和にかけて、空高く飛ぶ鳥や飛行機から見下ろした視点による鳥瞰図のスタイルで日本各都市の名所案内を描き、数千点の作品を残した絵師で、「大正の広重」とも称されました。 今の時代、グーグルマップで見知らぬ土地でもさほど迷うことなく目的の場所へ辿り着くことが出来ますが、そんな便利なツールどころか地図さえろくに無かった大正から昭和の時代に活躍した吉田初三郎。まるでドローンを操り空中から街並みや観光地を見たような鳥瞰図で一躍名を馳せた吉田初三郎の全貌に迫る展覧会が府中市美術館で開催されています。 吉田作品の魅力は、何と言っても綿密な取材に基づく精緻な描写です。100年前の日本の息吹を感じさせるテーマ全体を過不足なく入れ込む大胆な構図は、いま見ても斬新で目を奪われます。また清涼さが漲る鮮やかな緑や青の色使いはデジタルに慣れてしまった現代人の眼にとても新鮮に映るはずです。 明治17年、京都に生まれた吉田は、関西美術院で洋画家・鹿子木孟郎に学びました。鉄道沿線の名所案内などで商業美術家としての名声を獲得し、《京阪電車御案内》(大正2年)が、皇太子時代の昭和天皇から「これは奇麗で解り易い」と賞賛されたことに喜び、生涯に1600点以上もの作品を描きました。 大正から昭和初期に観光旅行(観光ブーム)が起きたことなど時代の後押しを受けて吉田は活躍の場を広げて行きました。鉄道会社や新聞社、自治体、地域の観光協会、旅館やホテルなど宿泊施設の依頼を受け、観光案内用の鳥瞰図を数多く制作しました。日本国内だけでなく台湾の案内図や、関東大震災や戦争なども描いています。今回の展覧会ではポスターなどのグラフィックや絵画作品などから吉田の画業を多面的に紹介しています。 吉田初三郎による鳥瞰図は、実際の地形を正確に表現するものではなく、変幻自在の工夫が施された画面が一番の特徴です。見えないはずのランドマークが描かれていたり、中心となる建物が極端に大きく、線路には当時走っていた鉄道の車両が、桜の名所には桜の木が、温泉には湯煙が立ち上がる様が丁寧に描き込まれています。初三郎が描いたのは、現実の景観を重ね合わせた上で生み出される、現実には存在しない風景でした。 吉田初三郎の描いた日本の風景は、見る側が見たいと望み、作る側が見せたいと願う、理想化された風景、Beautiful Japanの姿であったことを、10点以上の大型肉筆鳥瞰図をはじめ、ポスターや絵葉書、絵画作品などを通して令和の時代に生きる我々に示す意欲的な展覧会でもあります。初三郎自身が「万人が見て楽みながら解り得べきもの」と語った抜群のわかりやすさを誇る「初三郎式」と呼ばれる鳥瞰図の魅力に酔いしれましょう。
24/6/6(木)