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文学、ジャズ…知的映画セレクション

高崎 俊夫

フリー編集者、映画評論家

デトレフ・ジールクからダグラス・サークへ

ダグラス・サークといえば、今や、〈メロドラマの巨匠〉という称号がすぐさま思い浮かぶ。今回、シネマヴェーラ渋谷の特集では、27本の監督作と2本の関連作品が上映されるが、オペレッタ、フィルム・ノワール、西部劇、コメディ、ホームドラマとあらゆるジャンルを手がけたサークの多彩な才能が一望できる充実した内容となっている。 『風と共に散る』(1956)、『悲しみは空の彼方に』(1959)のようなポピュラーな代表作はあえてはずし、なかなか上映される機会の少ない、マイナーな小品を選りすぐっているのも特筆されるだろう。 その中でも、『思ひ出の曲』(1936)は、ドイツ時代の隠れた宝石のような佳品といえよう。ミュンヘンからある公国にやってきた歌手(マルタ・エガート)の生誕の秘密をめぐって、二転、三転するストーリーテリングの巧みさに思わず唸ってしまう。この映画がありふれた“貴種流離譚”とひと味違うのは、随所に、ハッとするような初々しい映像感覚が垣間見えるからである。 たとえば、冒頭近く、マルタ・エガートが大尉と連れ立って遊園地のブランコに乗るシーンがある。ここで、ヒロインの歓喜に満ちたエモーションに共振したかのように、突然、キャメラが躍動し、しばし呆然となる。見る者は、奇しくも同じ年に撮られたジャン・ルノワールの『ピクニック』(1936)で、シルヴィア・バタイユが自然の息吹に包まれ、ブランコに興じる、あの官能的なシーンを否応なく想起してしまうことになる。このブランコのシーンだけでも必見であると言っておこう。 訳アリの過去を持つ歌手のアン・シェリダンと父親スターリング・ヘイドンをくっつけようと画策する三人兄弟のドタバタが、奇跡のような大団円を迎える『私を町まで連れてって』(1953)は、ダグラス・サークのコメディ・センスが抜群であることを雄弁に物語っている。 王道のメロドラマの中で、極上の一本を選ぶとすれば、やはり『いつも明日はある』(1956)にトドメを刺す。2008年に開催されたPFF(ぴあフィルムフェスティバル)の「ダグラス・サーク特集」でもっとも魅了された映画だった。20年ぶりに再会したバーバラ・スタンウィックとフレッド・マクマレイがふたたび恋に落ちる。1950年代のアメリカ、女性の社会進出が本格化した時代を背景にした苦いメロドラマで、典型的な中流階級の専業主婦とキャリア・ウーマンとの辛辣な対比、とりわけ気丈に振る舞うスタンウィックの陰翳深い名演が忘れがたい。ふたりの思い出の曲として何度か流れるスタンダード・ナンバー『ブルー・ムーン』が心憎いまでに見事な効果をあげている。

24/12/25(水)

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